エピローグ2 石牢の王妃メラニー そして宴は続く
英雄王ウォレムの治世22年めの春の夜。
エリトニー城内の謁見の間では、ホランドをはじめとした近隣諸国から、王族や貴族の子女が招かれ、華やかな舞踏会が開かれている。
楽隊が奏でる、心躍る演奏に乗って、着飾った大勢の美男と美女がフロアを優雅に舞う。
誰もが満ち足りた笑顔で平和な春を謳歌している。
手を取り合って舞いながら、じっと相手を見定めた男と女は、そっと示しあって喧噪から離れる。
夜陰に紛れて、つかの間の逢瀬を楽しむ。
密やかな営み。生命の始まり。
英雄王は、満足気な様子で皆を見守り、一曲終わったところで『そろそろ頃合い』と、あとは皆に任せて、手を挙げて退出する。その背中を、大きな歓声と拍手が包み込む。
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私は、搭の窓から海を見下ろしている。
空には不穏な黒い雲が広がり、だが、雨も風もなく、穏やかで、油を流したように滑らかな凪ぎが広がるばかり。
視界の果てでは、青い光が明滅している。だけど、音は聞こえてこない。遥か遠くから、雷鳴の予感が伝わってくるだけ。
と、そこに、お付きの少女が迎えに来る。私が女中頭だったころ、厳しく躾をした、あの子だ。
「メラニー様。王様が舞踏会から退出されました。そろそろご用意を」って、まるで大人みたいに、何もかも知り尽くした顔で、しれっと声をかけてくる。
「‥‥‥そうね。もうそんな時間だったのね。じゃあ、今日も宜しくね」 私は力なくそう答え、夜着を脱いで、お湯を張った浴槽に身を浸す。すかさず、女の子が、シルクで、顔から胸から、私の全てを綺麗に清めてくれる。
王様はお優しい。夜伽もお上手だ。
私は、毎日のように王様に愛されて、つい溺れそうなるけれど、でも、今もお顔を見ることができない。
だから、私は、王様に抱かれながら、目をつぶり、頭の中ではジュリアン様に思いを馳せている。私は、毎日、ジュリアン様の首に掻き付き、足をきつく巻き付け、悦びに打ち震えている。
そして、最後に、強く、深く口づけながら、私の中にジュリアン様の全てを受け入れる。
もっと、もっと、私の中に、注ぎ込んで……。
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湯浴みで身体を綺麗にしたあと、私は女の子の後について、青い鉄格子を開け、搭の螺旋階段を降り、お城に続く回廊を渡りながら考えを巡らす。
私は王妃になんかなりたくなかった。例え、それが国中の女のあこがれであったとしても、私は自由でいたかった。
どうしてこうなった? どこで間違えた? こんなの嫌。
お願い、誰か、私を助けて。ここから出して。
……だけど、きっと、私には、青い鳥は来てくれない。
なにも不自由のない、豊かな墓場に身を沈めたまま、人生を過ごしていく。時間は流れていく。
それが私の償い。
サラ、ジュリアン、きっと、そう遠い先の話じゃない。また会いましょうね。
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外では、強い雨が降り出し、青い稲光が走る。空が割れるような雷鳴が鳴り響く。
謁見の間では、まだ舞踏会が続いている。
華やかな音楽。集う男女のさざめき。艶やかに回るドレス。
だが、そこに王妃が混じることは、決してない。
それがこの国の王妃の運命。
ドレスは回り続ける。時は流れ続ける。
漂うのは、誰にも届かない、叶うことのない、王妃の祈り。
~閉じ込められた、美しく、聡明な、王妃の祈り(了)~
みなさま。「閉じ込められた、美しく、聡明な、王妃の祈り」を読了頂きありがとうございました。
本編は一応これで終わりですが、明日、第二部に繋がる、「付録 エリトニー興亡記 メラニー王妃その後」をアップして完結にしたいと思っております。メラニーのその後、意外な展開になっておりますので、是非ご覧ください。
それではまた。