第9話 残されたメラニー 生きる縁(よすが)
私が、次にサラ様を迎えに行ったとき、サラ様は赤く染まったお風呂の中で、静かに目を閉じて、こと切れていた。
私は、半ば予想していたので、驚いたりはしない。
近づいて浴槽に手をかけ、斜め上から、もう死んでしまった女を眺める。
手首を食いちぎったのか、顔中血だらけだったけれど、穏やかに微笑んで、まるで寝ているようなその白い顔は、死んでなお美しかった。柔らかな頬に醜い4本の傷が入ってもなお、気高かった。
だけど……、肉に突き立てたナイフが、そのまま残されている。
せっかく用意したのに、使わなかったのね。
私に殺されるのが嫌で、自ら死を選んだって言いたかった?
それとも‥‥‥私に王妃殺しの疑いが向くのを避けたかった? 深く傷つけた私に対する思いやりってこと?
だとしたら、サラ、あんた、最後まで嫌味な女ね。
本当に、怖気を奮うほど綺麗な、慈悲深い、あんたの心。それがいちいち私を突き刺す。夜叉になり果てた私を苛む。
むしろ、あけすけに叫んで罵倒してくれれば、あんたも傷ついてるって、まだ気持ちの収めようがあったのに。
‥‥‥でも、さすがに、これで一段落。
私のしでかしたことは、その因果の流れは、ここで一旦終焉を迎えた。
でも、私が望んだことなのに、終わってみると、空疎なものね。
私が愛した、そして私を狂わせた二人が、ともに死んでしまい、私だけが残された。
これからどうすればいい? この、大きな赤黒い汚物を、胸の中に抱えたまま、ずっと生きて行くの? それとも、耐え切れずに二人の後を追う?
私は、眼をつぶって、そして大きく息を一つ吐いた。どうしよう?
‥‥‥だけど、そうね、迷っているのなら、一応しばらくは生きてみようかな。死ぬのはいつでもできるものね。
私は、そう決心して、最後にちらっとサラ様に眼をやり、「じゃあね。私もう行くから。私の人生はまだ続くから」と、あえて素っ気なくお別れを告げた。
鉄格子を開け、牢番に「お妃さまが亡くなったわ。お父様に報告してくる」と言い残し、螺旋階段を降りる。しばらくしたら、搭の上から、牢番の悲鳴が聞こえた。
塔を出て、一人、月明かりが照らす海上の回廊を歩く。
ひっつめ髪をほどき、長い亜麻色の髪を海風になびかせる。もう、仕える人がいないんだものね。私は、頑張って私を取り戻す。出来るかは分からないけど。
そう思いながら、最後に振り返り、搭の上に光る満月を見上げた時、珍しい白い小鳥が、塔を離れ、海へと羽ばたいていったのが、確かに見えた。
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心から愛していた王妃を失った王様は、毎日悲嘆に暮れ、端で見ていても、本当に気の毒なくらいだった。全く食欲がなくなり、あれほど恰幅が良く、堂々としていた体躯も、見る間に痩せてしまわれた。痩せたというより、萎んで、小さくなってしまわれた。
公務も1か月以上お休みにして、大臣らに任せていた。
でも、王様は、エリトニー国民全員の父親。いつまでも悲しみに沈んでいるわけにはいかない。2か月がたち、喪が明けた頃から公務に復帰し、まるでサラ様のことを忘れようとしているかのように、毎日朝から夜遅くまで、一心不乱に国家の運営に精力を注ぎ始めた。
けれど、この稀代の英傑も、もう48歳。彼に残された時間は、そう長くはない。頭と身体が十分に動くうちに国家体制を盤石にし、そして後継者を育てなければいけない。
お城でも、次のお相手を娶って頂こうという動きが活発になり、実際に、大臣の娘や、周辺国の貴族の娘などの名が取りざたされるようになった。
だけど、その方がいいわよね。いつまでもサラ様に恋々としていても、次に進めないものね。
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そうして、ひと月くらい経ったある日、女中部屋にいた私に、お父様が、
「メラニー、ちょっといいかい? いいお知らせがあるんだ」と、声をかけてきた。
「メラニーは今、誰のお付きもしていないんだよね」って、笑顔で聞いてくる。
「はい、せんだってサラ様がお亡くなりになりましたし、後継のお妃さまも今のところいらっしゃいませんので」
「それではさぞ手持無沙汰で退屈な毎日だろう?」
「いえ、そんなことはないです。女中頭ですから、お付きの当番の時間割りを決めたり、若い子の躾をしたり、やることはいくらもありますよ」
「そうか、それじゃ安請負して悪かったかなあ?」
そう言いながら、お父様はなんだか嬉しそうに、ニコニコしている。勿体をつけるなあ。
なので、私が、「それで、いいお知らせって、なんでしょう?」って、先を促すと、お父様から、意外な一言が発せられた。
「うん、驚かないでおくれ。今日、王様が、お前をそばに置きたいとおっしゃって下さったんだ」
「!」 私は予想もしなかった展開に言葉を失う。
「亡くなったサラ様が、いつも寝屋で王様に、お前のことを褒めていたらしいんだ。『私のお付きのメラニーは、穏やかで、優しくて、よく気が付いて、それに私よりも綺麗なくらいですよ』ってね」
「‥‥‥」
「王様も、ようやく少し落ち着いて、その話を思い出されて、サラ様がそこまで言う娘であれば、まずはそばにおいてみたい、ということだったよ」
「‥‥‥それは、お付きのお仕事だけではなくて、その先も見据えたお話しなのでしょうか?」
「もちろんそのおつもりなんだろう。お眼鏡に適うかは分からないけどね。もしそうなったら、私も鼻が高いよ」
「‥‥‥」
「侍従長の娘と王様ならお似合いだし、それがひいては、お前と、私と、そしてエリトニーの人民の幸せに繋がるんだ。とても名誉なことだし、引き受けてくれるだろう?」
ああ、これはもう断れないんだな。そう、断れるはずがない。侍従長の娘が、王様を嫌って、お付きを断るなんて許されない。あり得ない。
「‥‥‥分かりました。今やっている女中頭のお仕事を、割り振って引き継ぎする必要がありますから、少しお時間を下さい。来週頭から王様の元に出仕致します」 私は、そう苦し気に声を絞り出すほかなかった。
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お父様が帰ったあと、私は、椅子に深く腰掛け、目を瞑って天井を仰ぐ。
ああ、やられた‥‥‥。サラ、あんた、なんてことしてくれたのよ……。
ずいぶん前からだろうから、これが復讐じゃないのは分かってる。
分かってるけど‥‥‥これだから、私、あんたが大っ嫌いだったのよ。
綺麗な心、無垢な善意。それが時に人を傷つけ、不幸に陥れることを分かっていない。全然気付いていない。そういうところ。
でも……、結局これも私が招いたこと?
そうね、サラ様が生きていたらこうなってないものね。因果は巡って最後に自分に返って来るものなのね。
私は、深い諦観とともに、ため息を漏らす。
この先の人生を全うすることが、私の贖罪ってことなのかしら。
読者のみなさま。いつも拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
昨日、どなたかが、ブックマークをして下さいまして、初のポイントが入りました(笑)。ありがとうございました。
わたくしは、なろうでは、ものすごく厳しい戦いを強いられており、本作も第7話まで0ポイントで、「あー、オール0の通知表が眼に眩しいぜ」と思っていたところです。
なんでか、他のサイトでは全然人気なかったテニス編は、なろうで266ポイント頂けたのが不思議ではあります。
いずれにしても、ごく少数ですが読者の方が読んで下さっているわけですから、エタらずに、最後までアップを続けたいと思います。また宜しくお願い致します。




