真剣な大人の会話 三個め
「こないだ、あの猿にやられた時、一瞬思いそうになったんだ」
「意識が薄れていくとき、つい『ああ、これで楽になれる…』なんてね」
「―でも、アタシは、アタシ自身の考えに、自分で驚いちゃったね。―なんだよ『楽になれる』って!」
「じゃあ、アタシの今までは、『苦しみ』だったのか?、違う!!」
思わず立ち上がる姿、しかしはっと気づいたように、腰を下ろす。
短くなった煙草にふと気づき、灰皿に押し付けると、バッグから次の煙草を取り出す。
カチン、と鳴るライター。一息吸い込み、ふーっと男に吹きかける。しかし視線は反らしたまま…
『アタシは、アタシの中で、すべての始末をつけねばならない、たとえそれが、何十年、いや何百年かかろうとも…』
「いつ思ったのか、それとも、誰かに言われたのか忘れちゃったけど、何故かその言葉がずっと心に、あるんだ…」
煙草を灰皿に放り投げる。
「だから、ゴメン…さよなら、だよ、アンタ…」
立ち上がり背を向けるママ。
「アタシはまた流離い、続けるさ…」
「まあまあ」
その前に立ちふさがる男。
チッ、とママの舌打ち。
「なに? 野暮な男ねえ、場を察しなさいよ」
「野暮と言われようが、ここは引けませんね」
無視して過ぎようとするママに声をかける。
「残念ながら、穏やかに流離う事は、おそらくもう、できませんよ、ママ…」
「…はあ?」
「狙われていますよ、ママ、いえ『九尾狐』はね」
振り返り、つい男の話に応えてしまうママ。
「フン、今回のお猿さんの件、ちょっかい出した『組織』とやらはポシャッたんだろ?」
「…ええ、でもあのドローンの録画データはおそらく、いえ確実に闇から闇へと出まわっています」
「つまり、妖が、他の生命力を取り込んで、異様な力を発揮できる、その確証の一つとなっているのです」
「だからアタシが狙われている? フン、今までもそんな事はあったさ。むかし大名とか大金持ちとかがアタシを狩ろうなんてね」
「ふむ、しかしそれは、個人の興味や執着、その範囲。決して大きな団体やましてや国家レベルではなかったはず…、しかし今やそんなレベルを超えている、何故だと思います?」
「…そんな事、分からないわ!」
「霊や妖怪などはありえない、空想、非実在、まぼろし、おとぎ話、という認識は人の世に長く根付いていました、だから本気にするものはごく少数だった―」
「でも、この十数年で事態は大きく変わっています」
にやけていた男の口が閉じる。見た事もない真剣な表情。
「実例、が出てきているのです」
「何よ、それ」
「数は少なく、またその条件も多くは確定していないのですが…」
「人の中でも、明らかに『異能』を現わすものが出てきている―、わずかですが、呪殺や念動力、精神干渉、千里眼、としか思えない能力をね…」
「人が―、そんなモノを?」
「そしてその能力発現には、コンピューター、SNSなどいわゆる『電脳空間』が多く関わっているとの分析が出ています」
「『人』でも条件次第では、妖のような異能が使える、ならば…」
男は言葉を切り、息を吸い込む。
「いにしえの霊や妖怪を捕らえて、その能力を『分析』し、それを、仮想空間やAIに取り込めば―」
「その能力を、自由自在にできる、そして莫大な富と権力を得られる!」
「…と考えるヤツがいる、いうコトです」
「この『分析』が何を現わすか、あのお猿さんの件でよくお分かりでしょう?」
「…」




