獣王襲来 【亜人種強制収容所編】 その6
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…………俺以外、眼中に無し、か。
真っすぐにこちらを見据えながら、獣王レオニダスが悠然と歩いてくる。
『自分の肉体そのものが最強の鎧である』と言わんばかりの、腰巻だけの装束。
実際、あの獣人族の肉体を上回る防具なんて、神具級の超レアアイテムぐらいだろう。
しかも…………
残り30メートルくらいの距離に近づいた時点で、一瞬で間合いを詰めてきた。
蜃気楼みたいに揺らめいて消えたかと思うと、
音も無く目の前に迫っている。
鎧を身に着けていない事によって、これ以上無いぐらいにしなやかな身のこなし、野生の獣そのものの、流れるような動作を実現していた。
《どれだけ軽くて性能の良い鎧であっても、動きは制限されてしまう。
腰巻ひとつの裸体である事によって、獣人族の運動性能の全てを、余すところなく発揮できる》
《《無音で敵に迫る》》という【ステルス性能】も、防具を脱ぎ捨てているからこそ得られる特典……………
俺は相手の動きを先読みして、
《《まだ》》何も無い空間に左フックをねじ込んでいた。
一見すると、ただの当てずっぽうの一振り。
だが、未来予測的に放った一撃なので、
もしもこちらの先読みが的中して、
敵がその空間に移動してしまえば……………
決して避け切れない必殺のタイミングの一撃となる。
高度な技術をもった世界レベルのプロボクサーがときおり見せるテクニックだ。
そして、こちらの未来予測は見事に的中、
獣王はその空間に現れていた。
避け切れないタイミングで、左フックが直撃される……………
ぬるぅううううう……………ん
水のなかを泳ぐウナギに包丁でも刺しにいったような手ごたえ。
獣王は、異常な上体のしなやかさで、皮一枚、俺の左拳を避けていた。
……………これが、ノー鎧ノー防具
ヌーディスト戦法の効用か。
《皮膚を、ナマで死線に晒しているからこそ生まれる、超繊細な感覚。
まるで、素手でバットを握ることによって職人的なミート感覚を実現していた昭和の三冠王、落合博満のような》
また喩えが古いッスな。
紙みたいに肉体を引き裂く、獣王の爪が振るわれる。
ミリ、どころかマイクロメートル単位で空間認知しながら、爪を空過させた。
俺の超常感覚からすれば、5メートル先を通過するベビーカーみたいなモノだった。
光ケーブル内を行き交う通信データのやり取りみたいな速力で、超高速の連撃が繰り広げられる。
あらゆる無駄が削ぎ落とされた、洗練を極めた体術。これ以上無いくらい滑らかな連撃。
その全てを避け切っていく。
拳法の師範代的なポーズをとりながら、いなし切る。
…………なるほど、こりゃ史上最強の獣人族だわ。
生物の域を超えた神速だ。
《言ってる事とやってる事が違いすぎますが?
『マトリックス』のネオですか?あなたは》
「…………【魅力の鉄拳】」
一瞬だけ、微かに生まれた隙。
どれだけ体術を極めていても、攻めに重点を置いている以上、必ず隙は生まれる。
獣王の脇腹が、がら空きになっていた。
魅力値を攻撃力に変換した超絶パワー。
それを、拳に一点集中して乗せる新技だった。
右の後方にねじり込んだ俺の右拳が、ピンク色の太陽みたいに光り輝いてバチバチと強烈に帯電していた。
ごぼぉあっ!!!!!!!!!!!
【魅力の鉄拳】による右リバーブロー。
獣王の左の脇腹を直撃していた。
ベキャベキャと、骨を粉砕する感覚が右拳に伝わってきた。
軍手越しに、ガラス細工でも押し砕いたみたいな感触だった。
今度は、獣王のほうが脱線したリニアモーターカーのように盛大に吹き飛んでいく番だった。
……………が、俺の目は、その光景を見てはいなかった。
レオニダス王の身体に拳が着弾した瞬間、
その身体に触れた瞬間……………
俺のなかに得体の知れない情景が流れ込んできていた。
視界いっぱいに広がる、
美しい亜人種の女性の顔。
{……………レオニダス}
ネコ科の、美しい獣人族だった。白っぽい桃色の毛並みをした女性。
彼女の体毛の、紅茶じみた甘い香りまで鼻腔に感じた。
{……………レオニダス}
男たちが、人生のすべてを犠牲にしてでも手に入れたくなるような女の甘い声。
《…………大魔王の精神感応ですか。
レオニダスの精神と、共振してしまった》




