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第十三話




 晃明と百目鬼、そして神林は、木々が枯れ果て、植物が全く生えていない開けた平地に居た。山の中であるはずなのに、ここまで植物が存在しない場所があったのかと、晃明は辺りを見回しながら慎重に足を進めていた。

そして、その平地の真ん中には、白い蜘蛛の糸で巻かれていた大きな石が置いてあった。


「本当に、ここに居るんですか?」


「鯉の野郎が言うには、ここが住処みたいだぜ?」


「近づいてみましょうか」


 ここに、燈の恋人が居るはずだ。

歩き出す神林の後を追っていく晃明だったが、いつもより歩みが遅く、どこか緊張しているようにも感じられる百目鬼が、ずっと気に掛かっていた。


「晃明君。何か居るみたいだよ」


「え、どこですか?」


 足早に神林の隣へと並んだ晃明。神林がゆっくりと指を指したのは、石の上だった。

大きく見上げたその先には、石の上に腰かけ、仮面を付けたスーツ姿の妖怪が居た。その姿は、健を殺したと思える魔物にも、燈の言っていた恋人の特徴にも、どちらともにも完全に一致していた。


「人間と妖怪が仲良しごっこしているという話は、本当だったみたいですね」


「貴方が……土屋久門さんですね?」


「何故、僕の名を?」


 一歩前に出て、自分の名前を口にした晃明に対して、久門は表情ではなく声色で動揺を示した。


「聞いたんですよ。貴方がこの世で一番愛している女性から」


「僕が愛していた人は死んだのです。それは何かの間違いでしょう」


「貴方に会いたいという思いだけで、現世に浮遊霊としてまだ成仏出来ていないんです。何十年も貴方を待っているんです!」


 晃明の言葉に、久門は石の上から飛び降りると、力強く晃明の両腕を掴んで来た。


「燈が……まだこの世に居るのですか? 会えるのですか⁈」


「街のお店で働いています」


「会わせてください!」


 晃明に強く訴えかけてきた久門の声は、とても震えており、大きな声を急に出したせいなのか、苦しそうに咳き込み続けていた。


「もちろん――」


「その前にやるべき事があんじゃねぇのか? 弱虫野郎」


 晃明の言葉を遮り、久門を引き剥がした百目鬼は、久門の腹に容赦なく蹴りを入れた。

それは一瞬のことであり、後ろにあった大きな岩が真っ二つに割れてしまう程の衝撃であった。それはあまりにも衝撃的な事で、人間では決して出来ないことを簡単に出来てしまう妖怪の強さに、神林と晃明はただただ見つめることしか出来なかった。


 土埃が舞う中で、百目鬼は割れた石の間に仰向けで倒れていた久門を、鋭く睨みつけていた。


「百目鬼さん、何をしているんですか⁈」


「一真の気が済むまでやればいいよ。私達は、少し休んでいようか」


「え……でも」


「これは、一真がやり遂げることだからさ」


 神林に促され、晃明は少し離れた場所にあった石の上に腰を下ろした。

自分達が何をしようとも、この喧嘩の仲裁には入れない事は確かだが、魔物は妖力も体力も、怨みによって強くなるという噂を聞いていた。

不安しかなかった晃明の背中を、神林は優しく擦ってくれた。


「大丈夫。彼は強いから。思っている以上にね?」


 ずっと一緒に過ごしてきた神林が言うなら、きっと大丈夫なはず。晃明は小さく頷くと、二人を見守ることに決めた。

 まだ昼前のはずなのに、厚い黒い雲が空を覆い始め、辺りは薄暗くなっていた。


「貴方は、一体何者です……? 急に人を蹴り飛ばすなんて、常識知らずの妖怪ですね」


「妖怪に常識なんて求めんじゃねぇよ。俺は、燈の現恋人。百目鬼一真だ」


「恋人……?」


「女を見捨て、魔物になんかなりやがったお前の事なんて、一生忘れさせてやろうとしたんだが、やっぱり無理だったみたいだな」


「貴様のような野蛮な男に、燈が惚れるわけがない」


 元彼と今彼の間に散る、バチバチな見えない火花。張り詰める空気に、晃明は緊張からか無意識に唾を飲み込んだ。


「そうか。だったらお前は一生ここに居ればいい」


「貴様……!」


「嫌なら、やるべき事があんだろ?」


瞬時に起き上がった久門は、百目鬼に勢いよく殴り掛かったが、その拳は百目鬼の手の中に納まっていた。離れようとしてもビクともしない自分の拳に、久門は絶えず抵抗し続けている。


「魔物を燈に会わせるわけにはいかねぇんだよ‼」


 百目鬼の怒号と共に、久門の身体は地面へと叩きつけられた。

映画やアニメなどでしか見たことがない程の威力に、地面の広範囲に亀裂が走った。晃明達が座っていた場所までにも届くほどの、強大な威力だ。

これが、百目鬼の中に秘められていた強さであった。


「百目鬼さん! 流石にやりすぎです!」


 久門が心配になった晃明は我慢の限界を迎え、すぐさま二人のもとへと、駆け寄って行った。


「久門さん⁈ 大丈夫ですか?」


 陥没した地面の真ん中には、久門がうつ伏せで倒れていた。

しかし、晃明の不安とは裏腹に、久門の身体には傷一つ無く、しっかりとした足取りで立ち上がったのだった。

目の前に立つ久門の姿を、自らの目できちんと捉えた時、晃明はある疑問が思い浮かんだ。

今まで見た魔物達は皆、身体から真っ黒な気味の悪い煙を発生させていた。しかし、久門だけにはその煙は見えず、心の声さえも聞こえてはこなかった。

妖力も体力も、いくら百目鬼が強いとは言え、魔物にしては少し弱すぎではないか。

もしかすると、攻撃ではない何処かに妖力を注いでいるのか。

晃明は、頭の中に並んだ疑問を一つの線で繋ぎ合わせ、答えを導き出すと、そっと自分のハンカチを久門へと差し出した。


「貴方は、魔物ではありませんね?」


「はい……?」


「どうして魔物なんかのふりを?」


 ハンカチを律儀に受け取った久門は、スーツに付いた砂埃を払った。そして、ゆっくりと顔を隠していた黒い仮面を外した。

すると、彼の左頬に茶色の縞模様が現れた。


「人間が魔物と妖怪の正体を見抜けるとは、驚きですね」


「貴方が勧誘のボスと呼ばれ、沢山の妖怪を騙せたのは、貴方自身が妖怪だから。魔物から身を守れる方法があると嘘をついて誘拐すれば、人間に怨みのない妖怪達ですらも、貴方を不審がらずに着いて行く」


「なるほど。だから我々は、彼に辿り着けなかった」


「百目鬼さんも、落ち着いてちゃんと彼を見ていれば、魔物ではないことに気づけたはずです」


 晃明の指摘に、百目鬼は悔しそうに舌打ちを落とした。


「それにしても、土屋さん。一真の攻撃に無傷で耐えるとは、凄い力をお持ちなのではありませんか?」


「話をすれば、僕を燈に会わせてくれるのですか?」


「ちゃんと答えれば。の話だがな」


 イラつく百目鬼を宥めるように肩を叩いた神林は、晃明に任せたと訴えているような視線を向けた。

その視線を受け取った晃明は、相手に敬意を払うように身だしなみをきちんと正すと、久門を見上げるように視線を戻した。


「久門さんはとても綺麗好きで、何よりも汚れることが大嫌い。それに、そのスーツは燈さんから貰った物。だからこそ、汚すわけにはいかなかった。そのスーツを守るために、自分の力を攻撃に注ぐのではなく、防御に全ての力を注いだ」


「素晴らしい推察力ですね」


「昔、あの岩に封印されていた程にまで恐れられていた妖怪が、それほどまで強力な力を持っている貴方が、スーツの為だけに全ての力を防御に注ぐなんて、少しおかしいと思ったんです」


「愛した人から貰ったスーツが、それほどまでに大切な物だからじゃないのかい?」


「それにしてもなんですよ。いくら大切であったとしても、攻撃に力を注がない限り、あの喧嘩は終わらない。でも、久門さんにはそれが出来なかった」


 晃明はリュックを下ろすと、いつも持ち歩いている妖怪辞典を取り出した。付箋を貼っていたページを開くと、晃明は神林さんに手渡した。


「土蜘蛛の糸は、絶対に切れない鋼の糸と言われているんです」


「この辞典が正しいとするのなら、あの岩の説明はどうするんだい?」


「きっと、あの岩に吹き飛ばされた瞬間に自分で糸を解いた」


「何故?」


「それは、神林さんがさっき言っていたようにも、スーツに傷が付くからです」


「ただ喧嘩が弱いから防御するしかなかったんだろ?」


 嫌味のように放った百目鬼の言葉に晃明は大きく頷くと、久門の隣へと並び、紹介するかのように手を久門の前に出した。


「それこそ、土蜘蛛が恐れられていた最大の理由なんです」


「防御力かい?」


「土蜘蛛の力は、『触れたものに傷一つ付けない完璧な防御力を与える』ことです。ですから、このスーツを着ている限り、百目鬼さんは久門さんに傷一つ与えることは出来ない。つまり、二人の喧嘩に勝敗が付くことは、無いという事になる」


「僕が話すことなど無いのでは? 全て、貴方の言う通りです」


 久門は差し出された晃明の手にハンカチを置くと、仮面を胸ポケットへしまった。


「いえ、まだ貴方には聞きたいことがあります」


「残念ですが、僕は魔物に関しての事は何も知りません」


「んなわけねぇだろ。魔物の勧誘担当であるお前が、何も知らないわけがねぇ」


「いつの間にかそう呼ばれていただけです。勧誘した妖怪達は、確かにこの場所へと連れて来ましたが、その後の事は何も」


 何も知らないことなどあり得ないのではないかと思ったが、久門の表情といい、彼が嘘をついているとは思えなかった。


「じゃあどうして、魔物を増やすことを始めたんですか?」


「人間を滅ぼせると聞いたので」


「自分自身は魔物にならずに? 人間への深い怨みがあれば、貴方も魔物になれるはずです」


「それは……いつかまた燈に会えるのではないかと、心のどこかで思っていたからです。一度は、人間に恋をしてしまった妖怪です。魔物になど変化できるはずがない。それでも、燈を殺したのは、人間です。だからこそ、魔物を増やす手伝いをしようと決めたのです」


 久門の話には嘘はなかった。

晃明は久門の話を信じる事に決めると、続けて質問した。


「この場所に、貴方が封印されていることを知っていたのは、燈さんと、もう一人居ますよね?」


「噂程度なら、この山に潜んでいる妖怪であれば、誰でも知っていると思いますが?」


「噂ではなく、確実に。妖怪を封印する事が出来る妖怪は、ただ一人ですからね」


 はっきりと述べた晃明の言葉に、神林と百目鬼は目を丸くして顔を見合わせた。


「雲外鏡を知っていますよね? 彼との間に何があったんですか?」


「一体、どこまで僕の事をお調べになったのですか? 確かに、僕は雲外鏡によってこの場所に――」


 そこまで言いかけた久門の言葉が、急に止まってしまった。

何かを思い出したのか、それとも何かに気づいたのか、久門の表情は分かりやすく段々と曇っていき、晃明に視線を落とした。


「この場所に妖怪を連れてこいと指示してきたのは、彼です。それを伝える手紙も、この場所に置いてありました」


「いやいや、流石にそれだけで決めつけるのは駄目だろ……」


「そうですね。だからこそ、俺達は雲外さんとちゃんと話をしないといけません」


 雲外が本当に魔物グループのボスなのかどうか、晃明達を裏切っていたのかどうかを、きちんと確かめなければならない。

晃明の身体の中に眠る冬馬を助けるためにも、神林の父親代わりであった亮さんや健さんを解放するためにも、全ての鍵を握っている雲外に会わなければ。


「そろそろ、燈に会わせてもらってもいいでしょうか?」


 久門の問いかけに、晃明は視線を百目鬼へと向けた。

 燈を成仏させたい気持ちは確かにあるが、今までずっと共に過ごし、恋人となった百目鬼の気持ちも大切にしなければならない。

今更、会わせないということは無いだろうが、やはり、ここからは百目鬼が案内するべきだと晃明は思った。


「……燈をどうして死なせた。お前のその力があったのなら、燈を守れたんじゃねぇのか?」


 百目鬼は久門に背を向けると、ゆっくり歩き出した。


「人間には使えない」


「そうかよ……」


 一人の女性に恋をした二人。妖怪が人間に恋をするなんて事は、聞いたことがないし、あり得ない事だと思っていた。

晃明が幼い頃から、妖怪はすぐそばに居て、共に暮らしてきた存在。人間に変化出来るのだから、人間と妖怪が恋に落ちるなんて当然あることなのかもしれない。

だとしても、忌み嫌い合って来た二つの種族の間で生まれる恋という感情は、普通の恋とは違い、険しく、辛いものなのだろう。

なんて、恋なんてものから一番遠い場所に居る自分が、言えることではなかった。


 ただ、隣に居る神林には勝っているはずだ。きっと。







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