第一四話
「他の人達は無事ですか?」
「ああ、アチザリットを囮にして上手く撃ち合って前線を保ってる。それより回り込もうとして敵が何人かこちらに走らせてる」
「じゃあ私達がすることは」
「そいつらの迎撃と、遊撃だ。俺たちは横からあいつらを崩す」
一軒家には幸い、キッチンに裏口があった。矢口に連れられて走る。
黒人たちは雑多な銃火器で武装していた。装備に統率がないことが、遠乃の素人目にもわかった。
矢口は明らかに戦闘にこなれた様子だった。前を行く矢口は目の前に突如として現れる黒人を撃ち殺す。
刹那、爆発音が響いた。
「奴らまだ対戦車ロケットを持っていやがる」
矢口が悪態をついた。
「見えました」
遠乃の目には一瞬だけ立ち上がる対戦車ロケットのバックブラスト――発砲煙が見えていた。
瞬時に自分のするべきことを理解した矢口は遠乃の銃撃を援護するべくフル・オートで弾丸をばらまいた。
戦闘の中で自分がやけに冷静なのが妙に不思議だった。
遠乃は迷わず一点に照準を合わせた。
一軒の家屋の屋根の上に、対戦車ロケットRPG-7を持った人影が見えた。二倍率の光学照準器で狙えるギリギリの距離だ。引き金を連続して絞る。
「やったか?」
「はい」
遠乃の銃撃で、場所がバレた。ちょうど家屋から飛び出して裏路地に出たところを狙われたわけだ。
刹那、凄まじい銃声とともに地面のコンクリートが削られた。
機銃を搭載したピックアップトラック――テクニカルからの銃撃だった。
――まずい
たかが歩兵の火力では相手できない。不覚にも矢口と分断される形になったが、辛くも裏路地のコンクリート壁に身を隠した。。
敵のど真ん中に取り込まれてしまったらしい。黒人たちの話す謎の言語が、叫び声が、全方向から聞こえる。
銃を持った黒人が眼の前に飛び出してきた。遠乃は慌ててフル・オートで撃った。
八発近く連続して撃ち出された弾丸が、男の腹から胸にかけて蛇のような血の筋を刻んだ。
「矢口さん!藤崎さん!」
助けを呼んだが、敵に場所を教えたも同然になってしまった。遠乃は舌打ちした――これじゃ逆効果だ。
このまま隠れていてもジリ貧だ――遠乃は裏路地を駆け出す。
弾丸が、遠乃を追ってくる。自分を殺すために吐き出された無数の弾丸が遠乃を追い詰める。
どうせ殺されるなら、大きい相手を仕留めたほうがいい。遠乃は思い切った。
耳を澄ます。銃声で馬鹿になった耳で、必死にひときわ凶悪な銃声――12.7ミリ口径の銃声を拾おうとする。大体の目安をつけ、遠乃は駆け出す。
銃撃でガラスを割って家屋に逃げ込み、また飛び出す。そうやって敵の照準を逸らす――だれに学んだわけでもないのに、身体が勝手に動いた。弾倉を交換する。
エンジン音だ。気付くより早く遠乃の身体が動いた。
トラックが家から飛び出した遠乃眼の前にあった。
巨大な機銃を向けられるより疾く、遠乃のSCARが機銃手を撃ち抜いた。
機銃手の後ろに控えていた黒人が気づいた遠乃に銃口を向ける。
間に合うまい――そう思いながら最期の抵抗をと銃口を振り向けようとする。
瞬間、黒人兵が撃たれた。背後からの銃撃に黒人はもんどり打って倒れる。
「馬鹿!何やってる!」
矢口の声。
遠乃は全方向から狙われていた。遅かれ早かれ死ぬだろう――それでも自分が命にしがみついていることが不思議だった。
無人のテクニカルの影に飛び込んで、SCARを撃った。こちらの銃を向けていた男を撃つ。一瞬で片付けて姿勢を低く保つ。
背中のトラックに、無数の弾丸が着弾したのが背中越しでもわかった。金属音で頭が痛くなってくる。
装軌車両の金属製キャタピラがコンクリートを踏みしめる耳障りな音。
アチザリットと戦線を張っていた学生たちが間に合ったのだ。7.62ミリ機銃に援護された学生たちの銃撃が次々に黒人を打倒していく。
敵の勢いが弱まったのをみて、遠乃も負けじと撃ち返した。肉薄してきた黒人を撃つ。頭蓋に命中した弾丸が、脳梁を外に引きずり出した。
「小桜」
気がつくと、銃声がやんでいた。立っているのはリーダーの藤崎だ。
「敵はあらかた殲滅した――お前が別働隊を引き受けていたんだ。よくやった」
戦闘が終わったことに、藤崎の姿をみてようやくわかった。遠乃は長い溜息をついた。