0ー2 プロローグ RN№8
あの研究所にとって私はいま最も熱い研究対象だった。
一日2・3人が2・3時間私の研究に時間を割いていたくらいだ。
私がいないことはすぐバレる。
つまり追手はすぐかかる、というか今まさにバレたところのようだ。
「私が居ないのに気が付かれたみたいだ、もう少し移動できるか?」
「あ、あなた。子供で、研究所、から、出たこと、なんて、な、い、はずでしょ。なんで疲れ、ない、のよ」
「あー、仕様だ」
どうやら研究所から一歩も、自分の部屋からもなかなか出ない(出る自由はない)ガキが自分より体力があることに物申したいようである。
私のわかりやすい説明に不満そうな顔をする彼女に苦笑してもう一度答える。
「疲れも、痛みも感じないようにできるんだ。便利だからな、だいたい疲れは切ってる。この体は眠らなくていいし、食べなくてもいい。生存に必要なのは水分摂取くらいか」
「…、貴女の研究についての結果を覗いたけど、エネルギーを産み出すなんて能力は無かったはずだわ。口径でのエネルギー摂取、つまり食べなくていいという能力はないと思ったけど?」
「【コイツら】はとってもお利口さんでな。
毛も爪も老廃物も身体に必要なくなった時点で食べちまうんだ。
おかげでトイレから解放されたし、爪も髪も一定だ。
必要不必要もある程度学習してくれる。
増えた筋肉なんかは3日くらいは消化されたが、その後はしっかり身に付いた。筋トレも無駄にならん。
ある程度私の感情の信号もくみ取ってくれるみたいでな、髪なんかは何度切られても、もとに戻った。
まぁ、私が把握してるのはこのくらいで、他は研究資料の方が優秀だ。」
「学習機能?そんな報告書いてなかったと思うけど?」
「まぁ、私は報告してないし、筋肉の増減まで管理するなんて思い至っていないんだろう。一人が毎日研究できてりゃ別だが、何人もが数時間の研究時間を順番待ちだ。捗るもんも捗らんだろう。自頭の良さで何とかしてるが、皆で足を引っ張りあって、私の研究は思いのほか進んでない。良い事だな。」
肩をすくめて真顔で皮肉を言う彼女は、研究資料のように【実験の影響で思考能力に難あり】とは思えなかった。
「とりあえずここから離れよう。」
二人で手に手を取りした大脱走。
もう5年も前の話だ。
******
まさにぬるま湯につかるような日々だった。
オリジナルは、母は己の結婚相手に自分の過去を話しており、話の通り母に瓜二つの私を疑いもなく娘として受け入れた。
周りには母の姉の子供を引き取ったと説明した。
母の幸運か、父の人徳か、周りは疑うことも無く母の双子の実子と同じように私も可愛がった。
早くに母を亡くしたことを憐れむ者すらいた。
父の両親は今の父と同じく討伐者で父が若いころに亡くなったらしい。
そんなところも丁度よかったのかもしれない。
若くして一人ぼっちになった父に続々と家族が増えていく様を、周りは穏やかに見守ってくれた。
5年、長いようで短い日々、まるで普通の子供のように育っていった。
双子は8つになり、私は10になった。
父も母も私が離れていくことも、過去に潜ることも許さなかった。
もういいのだと、もう十分なのだと、普通から外れた私を普通に引き戻そうとした。
いいのだろうかと。
この限られた時間を、ただこのやさしいぬるま湯に浸かっていていいのだろうかと、思い始めた矢先だった。
許そうとしてくれた両親も、5年過ごした家も炎に包まれたのは。
「逃げなさいっ」
燃え盛る家に飛びこむと、そこは想像と全く違った。
熱など感じない、炎など欠片も無い。
ただ母の悲鳴のような声と、衝撃が全身に走り意識が途切れかけた。
「思ったより、弱いな。」
眠りも忘れたこの体の意識が衝撃程度で途切れそうになるなんて、あきらかに異常だった。
予想道理研究所の人間なのだろう。
【ジーナ】の制御を乱す方法が見つかったのだろうか、だが。
「舐めるなっ」
痛みは切ってある、体は動く、傷つこうがすぐに治すこの体に人体の限界はない。
筋肉が負荷で切れるのを無視して、出せる最高速度で黒衣の敵に躍りかかる。
私の強みは限界を無視した無尽蔵な体力と、頭が吹き飛ぼうが時間がたてば戻る不死性だ。
母が逃げる時間を稼ぐ能力は十分にある。
父への手助けがもう不可能なのは、家に入った瞬間のむせ返るような血の匂いと、体から切り離された頭とですぐに理解した。
「ほんと弱いな」
実力差は圧倒的だった。
父にもまだ敵わない私が倒せる敵ではないのはわかっていた。
だが私は不死だ、未だにこの体の殺し方は見つかっていない。
どんなに体が壊れようと母さえ逃がせれば私の勝ちだ。
「オリジナル、この程度の化け物では何も変えられん。わかっているんだろう?」
「母さま、早く逃げて。」
必死に攻撃してもかすりもしない攻撃を避けながら、黒衣は母に話しかけ始めた。
未だに最初に見た状態から一歩も動いていない母に叫ぶ。
だが母は、こちらを苦しそうな顔で見つめるばかりで動こうとはしなかった。
「エイト、守りたいか?救いたいか?だが弱いお前には何もできん。何物にもなれん。人間にも、化け物にすらな。現にそこの男はお前の手から零れ落ちたぞ」
余裕そうに顎で父の亡骸をしゃくって見せた黒衣に、殺意が大きくなっていく。
ただ、研究所では【ジーナ】唯一の生存者としてジーナと呼ばれていた私に、その呼び方はひどく懐かしかった、嬉しくはないが。
「黙れや、くそ野郎がっ」
「口ばかりで泣けてくるほど弱いな。オリジナル、これがお前の最善か?お前は見たはずだ、知ったはずだ。なのに捨て駒すら腐らせるか。」
「わ、私は…。この子は駒なんかじゃないわっ、私の私たちの娘だものっ。」
どれだけ最速の攻撃を繰り出しても、どれだけ手を足を伸ばしても届かない、届く気配すらない。
「」




