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約束の末路  作者: 翁坂 咲凪
プロローグ
1/2

1 母と娘

5歳ほどの子供に刃を向けて対峙するのは、ゾッとするほどその子供に似た女性だ。

けれどあの日、彼女は私を殺せなかった。



無理もない。

10年程度スラム暮らし一歩手前で生きていたとはいえ、1日に数人明日を迎えないような、死に近い場所で暮らしていたとはいえ…。

自分の意思で、自分の手で人1人終わらせるというのは、やはりそうそうできてしまうことではない。

ましてや平穏な生活を手にした今、何ら自分を害することのない無抵抗な命をだ。



だが私も彼女と同じくこの体は今確実に[殺しておくべきだ]と思えた。

このままこの研究所でこの体の研究進んでしまうのはあまりにも危険な気がする。



「できないなら、貸してくれ」

根拠があり、理由がある。

だが、それだけで人の命を奪えるほど人の心は機械的にはなりきれない。

少なくとも目の前にいる人間は。

ならば、できる人間がやればいい。



「え⋯?」

「私はあなたの行動に賛同しよう」



もはや切っ先が下に下がり始める短剣をこちらに渡せと手を差し出す。

だがいくら待ても彼女は剣先を微かに震わせ、困惑した顔をこちらに見せるばかりで、一向に短剣をこちらに渡す気配はない。

15秒ほどで焦れた私は、手を伸ばし彼女から短剣を奪う。



「待ってッ!!」

悲鳴のような彼女の言葉を無視し、胸の中心に短剣をあてがうと一気に貫く。



「なん、⋯何てことを」

「ふむ、駄目か⋯」

貫かれた己の体か、人間様よろしく血を流したのは一瞬で、3秒もたたないうちに血液はうごうごとうごめきだし、傷口を修復し始める。

2者2様のテンションで反応をしている間にも、血液はうごうごうごと傷口を修復しようとするが、短剣が刺さったままなのできれいに治せるはずもなくうごうごし続けている。



「うむ、心臓ならさすがに行けるかと思ったんだが⋯。啖呵を切っといて申し訳ないが、私には私を殺す方法が今のところ分からないようだ」

前半は自分に、後半は目の前にいる彼女に伝えるように彼女を見つめて話す。



だが一向に彼女から反応が返ってくることはない。

まさに呆然としているという状態だ。

無理もない。5歳ほどの子供がいきなりそんな行動をとると誰が予想できよう。



(私を殺すためにここまで侵入して来ただろうに。

なんと覚悟のない、ぬるい意思であることか⋯。ふむだが完全に彼女の細胞から分裂させて作られたクローンだというのにここまで性格に差が出るというのは何とも興味深い。

つまりは人の人格というものは細胞に遺伝子に一切関係なく、経験や知識、つまり過去に依存するということか。)



ふぅ、と溜息をついた後思考がどんどんそれた方向に進みつつある私の目の前で彼女はようやっと我に返ったようだ。

「自分の⋯」

「うん?」

「自分の命なのに。私でさえ他人のあなたの命を奪うのが恐ろしいのに。どうしてそんなに迷いなく⋯」

「あー、悪いがその問いには答えられんな」

「あなた、随分凛々しいというかなんというか。不思議なしゃべり方をするのね。そんな話し方の人ここにいたかしら」

「あー。誰から移ったんだろうな」



(なんてこった。話し方は盲点だったな。いつも言葉を求められることのないモルモットCあたりの役どころだ。意識なんて【過去】に飛ばしてるし、話し方なんて気を使ったことがなかった。どんトロくさい感じなのに、そんなとこ鋭いのか。)



研究所の私の部屋、というか実験体の監禁部屋はもちろん監視カメラがついている。

今は忍び込んできた彼女がメインの監視カメラ(監視室に1時間間隔で5分程度定期的に映像が送られている)をいじって誤情報を送らせているので今すぐこの会話が伝わることはもちろんないが、記録はばっちり残っているだろう。

もちろんこの部屋にはサブ監視カメラ(メインが壊された時用の目立たないよう設置してあるカメラ)も音声収集にたけた盗聴器も複数ついている。

今更これらを壊したところで記録されたデータは消えないし、データはここからはるか遠いところで記録されている。

つまり万事休すだ。



(あー、この場で死ぬか。できなかった場合はこのままこのままこの研究所にとどまり弱点なんかを探してもらってから出ていこうとか思っていたが、これは今すぐ逃げるべきだな。)



他に話す人がいない話し方で話す。

それは能力なしということでとても怪我の治りが早い肉体以外放置していただいてる私が、何らかの能力に目覚めているということだ。

無駄におつむの出来のいい危ない人がたくさんいる研究所だ、きっとすぐにそう思い当たるだろう。



「あー、今からここから逃げようと思うんだが一緒に来るか?」



目の前の彼女も私が能力に目覚めていることに思い至ったらしく、顔面を蒼白にし何とも言えない表情を浮かべている。

どうやら優秀なおつむも必要なく事情を知っていれば察することができてしまうようだ。

なお不味い。



「⋯できるの?」

逃がしてくれではなく、一緒に来るかと問うた私に、彼女は探るような視線を向ける。

「ああ、得意なんだ脱走。初めてするが」

どうするのかと目で問えば、彼女はコクリと頷いた。

「私はあんまり得意じゃないの。ここにたどり着けたのは半分以上奇跡だわ」

「ふむ、死も覚悟して忍び込んだ、と」

せっかく逃げ切って5年も平穏に暮らせていたというのに、思わず余計なことを口走りそうになる。

そういう会話はすべての音が映像が記録されるような部屋でするもんじゃない。

それに彼女が戻らざるを得なかったのは間違いなく私が原因だ。

正確には私に施され成功してしまった【人体補助自立思考型ナノマシン投与】実験、略して付け足して

【ジーナ】実験が成功したためだ。

私と共存し始めたジーナ1129号は間違いなく、争いの火種となりえるだろう。

忍び込むなんて大胆なことをしたくらいだ。彼女は何か【見た】のかもしれない。



「では、行きますか」

そういって彼女と自分に認識阻害の魔法をかける。

彼女は驚いた顔をして何かを言いかけ、話し込んでる場合ではないと思い至ったのか口を閉じる。

「そうね、行きましょう」

そして、私に向かってコクリとうなずくと出発を促した。

「よく見られなければバレないが、よく見られるとバレる、しっかりついてきてくれ」



そうして10分後、難なく研究所の外に出て少し離れたところで立ち止まる。

足音があまりならない程度に小走りで走り続けたことで2人とだいぶ息が上がっている。



「わ、私⋯。」

「うん?」

「忍び込むとき1時間以上かかったのに。こんなにスムーズに出れるなんて」

「あー、得意だからな脱走」

「何者なのあなた。他のどの子とも違うわ」

「ここからもう少し離れてから話すよ。あなたには話しても大丈夫だろうし、ちゃんと話すよ。」

詰め寄る勢いで質問してくる彼女をどうどうと手のひらを見せるようになだめる。

「⋯わかったわ」

私が再び小走りを始めると彼女もおとなしくついてきた。




彼女の中で私は、彼女の持つ【時の力】に目覚めず、禁忌の実験に成功した被験体ということになっているはずだ。

ところがどっこい、オリジナルである自分でも苦労した研究所の道を10分で脱走したのだ。

自分より優れた【時の力】を手に入れていると思っているのだろう。

だがそれは全くの見当違いだ。

私はただ彼女たちの力と真反対を向いた力を手に入れているだけだ。

彼女の力、未来予知の力の真反対、過去を覗く力を。

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