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変化5



「何をやっているの? 灯里」


 お見舞いがてら様子見に来たらしい浩介が、灯里の側のいすに座ってそう問うた。

 問われた灯里は、ふと手を止めて答える。


「縫い物だよ。今はハンカチに鳥の刺繍をしているところ」


 二日間ほどかけて縫われている青い鳥は、今にも布から軽やかに飛び出して、空に羽ばたいていきそうな雰囲気だった。

 後は目を付けて背景を刺繍するだけだからもうすぐ完成する、と告げる灯里。


「上手だね」

「ふふ、ありがとう。シスリアの時は暇潰しを兼ねて趣味としてやってたから、これくらいなら出来るんだよ。貴族の令嬢ってホントに暇だからねー」

「そうなの? お茶会とかしているみたいだけど」


 神殿からここに来る途中も何人かのお嬢様に誘われたよ、と言う兄に、灯里は「え」と硬直した。

 引きつった笑みで訊ねる。


「さ、誘いに乗ったりとかは……?」

「してないよ。そんな時間も無いからね」


 灯里は、否定の返事を返した兄に安堵の溜息を吐いた。

 誘いに乗ったら最後、お茶会と聞いていたのに実際はお見合い席だったとか、その席を使って婚約者に仕立て上げられるは序の口。出されるお茶やお菓子の中に薬が入っていて、気が付いたら既成事実を作られていたという怖い話もある。これらはシスリア時代に小耳に挟んだ実話だ。


「ちなみに、含まれている薬が毒薬って場合もあるので、お気をつけください」

「………そうだね」


 男爵令嬢だった時に仕入れた情報を伝えると、兄は引きつった表情を浮かべた。

 灯里は気にせず追加情報を与える。


「ついでに言っておくと、ほとんどの件において被害者は男性です。…女性にそうするのは非道だという考えがあるから、らしいけど」


 だから、美女は得なのである。

 そういうものの餌食になることはないというのに、一方で玉の輿を狙えるのだから。


「と言っても、薬はないと思うよ。精々親睦を深めようとかする程度じゃないかな。伝説モノの勇者にそんな馬鹿な行為する奴なんていないって。だって、それは王家への反逆を意味するんだから」

「何で、僕らへの行為が反逆になるの?」

「私たち勇者は、召還した王家の庇護の元で暮らしているんだよ。警備や衣食住の世話も、その王家が受け持つことになる。いくら最強の勇者だと言えども、それらがなければ生きていけないからね。もっとも、警備云々は召還した国の義務でもあるんだけどさ。

 ──何て言うか、勇者は“その国の王家の大切な客人”っていう立場なわけ。だから、その大切な客人を傷付ける行為イコール王家に牙を剥いたという認識になるんだよ」

「つまり、僕らは王家の者と同じ扱いというわけだね?」

「そうそう!」


 灯里は、最後きれいにまとめてくれた兄に、内心で拍手を送る。

 知識としては知っているのだけれども、それを他の人に説明するとなると、中々大変なのだ。


「それだと、王家に負担をかけてばかりな気がするけど…」


 首を傾げて納得いかないといった表情の浩介の呟きに、灯里も首を傾ける。


「そう?」

「…だって、召還したのはルースラッド国だけど、魔王討伐はこの世界の国々全ての総意であり、願いだろう? それを受けて、僕らをルースラッド国が召還しただけだ。なのに、その国だけに経費を負担させるっていうのは、割に合わないと思うんだけど…?」

「あぁ、そういうことか! それなら大丈夫だよ」


 勇者を政治的な思惑で動かすことは禁じられているけど、勇者を召還した国というだけで他の国々から羨望を浴びるし、勇者は、自分を召還した国を優先に魔物の手から守ることになる。


 衣食住のうち、食べ物関係は召還した国が出す事になっているけれど、衣と住に関しては、国費にゆとりのある国が召還することになっているから大丈夫。

 ルースラッドはそんなに魔物の被害があったわけじゃないけど、それなりに豊かだし、召還陣についての技術も秀でている。だから白羽の矢が立ったのだろう。


 それに、魔王討伐が完遂されれば、全ての国々から勇者召還をしてくれた謝礼としてそれなりの金額がルースラッド国に納められる。

 一説によると、各国から納められる謝礼の全金額は、少なくとも、魔王討伐関連にかかる金額と同等になるらしい。

 金額については、1.5倍だの二倍になるとも言われているが──とにかく、かかった費用の元は充分に取れる計算である。


 ───といったことを、シスリアだった頃の書物の記憶を掘り出しつつ述べた灯里は、説明に納得したらしい兄に「だから大丈夫なんだよー」と笑った。

 そうしてから、ふと思い出したらしく、兄に質問する。


「そういえばさ、完全に魔王討伐は終わったんだよね? いつ帰る予定なの?」

「もう終わったからいつでも良いらしいよ。灯里がある程度まで回復したら帰る予定だったけど……。明日、彼と会う予定なんだよね?」

「…うん」


 灯里は微笑を浮かべて頷いた。

 会えるのは嬉しいのだけれど、手放しに喜べない。

 複雑そうな表情で口ごもった灯里は、視線を逸らした。


「皆は最近何をしてるの? 魔王討伐が終わったんだから、暇でしょう」

「咲は討伐の詳しい話を聞かせて欲しいと依頼されたから神殿に行ってるし、蛍と海は魔法を開発してるよ。蛍が、新しい魔法を開発したいと意気込んでる。…海は蛍に強制連行されているって感じだけどね。

 たしかに魔王は倒し終えたけど、ただ飯を食らうというのも落ち着かないからね」


 妹のやや強引な話題転換に文句一つ無く応じた浩介は、そう言って微苦笑を零した。


「そう…だね」


 ただ飯食らいどころか病人同然の灯里は、居たたまれない。

 刺繍なんかより、もっと役に立つ何かをするべきだろうか、と本気で悩んでしまった。


「……魔王討伐に関することを記録するのは神殿の役目だからね。お姉ちゃんがそっちに行ったのは妥当だと思うよ」


 蛍は、なにせ「魔王ってどんなやつだった?」という質問に「大きくて黒かった! あともやもやしてたよ」という何とも感覚的な答えを返してきたほど、表現力に乏しい。…表現力ボキャブラリーを養わせるために、本を読ませるべきだろうか。

 海はその点は大丈夫だろうけど、神殿で見知らぬ人々に囲まれて聴取されるのに耐えられるほどの精神力はないと思う。普通の未社会人にそんなのを求める方がおかしいのだが。

 姉であれば語彙力も豊富だし、適切な表現をしてくれるだろうし、そんなのでは動じない精神力もあるので、適任だろう。

 そうなると兄も適任ということになるのだけど、と灯里は浩介を見上げた。


「お兄ちゃんは日中何をしてるの?」

「専ら、言語についての研究かな。…こっち《ルースラッド》の言語は地球上のどこの国の言語に一番似ているのか、とかね。灯里が自動翻訳機能は意識すれば外れると助言してくれたからこそ出来ているんだけど。

 ちなみに今分かっているところだと、文法は英語と似ているけど、発音の仕方はフランスとイタリアを混ぜた感じだね。文法は英語と似ているってだけで、所々違うけど。でも、日本語には全く似てないというわけじゃなくて、表現方法の多さには似通ったものがあるね」

「……よくこの一、二週間の間にそれだけ解るね…」


 アーカイスの言語なんて、その気になれば一週間もあれば拾得してしまうんじゃ無かろうか。

 リアル言語チートがいる、と内心おののきつつ、灯里は感心した声をもらした。

 確かにそれは、四人の中でも兄にしか出来ないことである。


 では、私に出来ることは何だろう。

 迷惑ばかりかけている自覚があるので、これ以上手を煩わせる結果になるのは避けたい。

 となると、刺繍をここで止めるのは、逆にいけない事だと思う。この布と刺繍道具を調達するのも只ではないのだ。

 それに、勇者に娯楽を与えるのは国の義務ではない。完全なる厚意だ。ここで止めるのは、それを無碍にするという風にもとれるので、気が引ける。


 勇者として何も働いていないというのに、その上遊んで暮らし、ただ国庫を圧迫させる元凶になっているだけである。

 歴代勇者ほどの魔力は無くとも、せめて雀の涙ほどでも魔力があれば、弟妹の手伝いを出来るのに。

 兄弟達が魔王討伐をしている間、私は惰眠を貪っていたということになるわけで───


「(何をしていたんだろう、自分)」


 一言で言えば落ち込んでいたのだ。

 言い訳をさせてもらえるのであれば、あの時は周りの状況が目に入らない精神状態であり、何もする気が起きなかったと弁解させてもらう。


「(……まぁ、今とやかく言っても仕方がないんだけど)」


 灯里は内心で深い溜め息を吐くと、自責の念に駆られる思考を一旦隅に追いやった。

 そうしてから、目の前にいる兄の「どうかしたの、灯里?」という問いかけに「何もないよ」ひらひらと手を振り、答えたのだった。







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