和解
密室で男女が二人っきり。
ドアの側には護衛ら数人が控えているが、入ってくる気配はない。
視線を交わしあう男女は、どちらも相当な美形であった。
その女の方、可愛らしさのある整った容姿をした黒髪の少女が、そっと口を開く。
『お久しぶりでございます、レオナール・アーカイス殿下。このような格好であることをお許しください』
『……それは別に構わないが』
『ありがとうございます。それで、今回はどのようなご用件で?』
『──すまなかった』
無表情で、底冷えのする声と冷たい瞳を男性に向ける少女。身じろぎ一つしない彼女が声を発するごとに、部屋の温度が少しずつ下がっていく気がする。
その瞳に射抜かれて居心地悪そうにしていた男性だったが、彼女の問いかけに逡巡することなく謝罪を口にする。それと同時に頭を下げる彼に、少女は無表情を崩した。
『殿下ともあろうお方がそう易々と頭を下げては、アーカイスの面目が立ちませんよ』
眉根を寄せる、という、好意とは程遠い変化だったが。
『……私も悪うございました。こちらこそ謝罪をしなければなりません』
体調が優れないので立ち上がることは出来ませんが、と前置きの後、椅子に座ったままで此方も頭を下げた。
『…身体はそんなに悪いのか…?』
『ご心配ありがとうございます。体調は良好ですわ。長時間立っていることが出来ないというだけですから、お気になさらず』
心配そうな声音で怖ず怖ずと問いかけられる質問に、少女は淑女の微笑を浮かべてそう返した。
そして、また沈黙が降りる。
そんな重苦しい空気の中で、少女がゆっくりと口を開く。
『謝罪のためにわざわざお越しいただき、恐縮ですわ。こんな小娘に一国の王弟が頭を下げるなんて思いませんでしたが、誠意として受け取っておきます。……さて、もう話すことはおありにならないようですので、お帰りなさいますか?』
出口はあちらです、と白々しい笑顔で告げる灯里に、レオナールはもう一度頭を下げた。
『すまなかった』
『………。頭をお上げになってください』
此方が許すまで頭を上げる気配のない青年に、溜息混じりでそう告げた少女は、そのまま青年が口を開くのを待たずに言葉を紡ぐ。
『概要は側近の方から聞きましたが』
『…シスリアを傷付けて悪かった』
『殿下、私は灯里ですが』
『……前世はシスリアなのだろう?』
『前世はたしかにシスリア・ルーデルですけど、今は笹川灯里です。だから、シスリアに謝るのはおかしいと思いますが?』
『………君は、シスリアとして扱って欲しいんじゃないのか?』
灯里だと訂正を入れる彼女に、レオナールは困惑した表情を浮かべる。
『今は灯里です。シスリアとして扱って欲しくないと言えば嘘になりますが、それでも傷ついたのは灯里です。…私はシスリア・ルーデルであり、笹川灯里でもあります。ですから、シスリア限定で謝るのはどうかと申し上げているのです。──私が怒っているのは、シスリアとして見抜けなかった貴方に対してです。貴方はシスリアの外見だけを愛していたということでよろしいでしょうか?』
『それは断じて無いっ! シスリアよりも外見の見てくれがいい女なんていくらでもいる』
『………左様ですか』
たしかにそれは否定しないけれども。
目の前の王子は私に喧嘩を売っているのだろうか?
『……まぁ、人はどうやっても外見から人を判断しに入りますし、外見が違えば中身が同じでも他人と判断する事だってあります。化粧をした女性と素肌の女性をまったくの別人だと判断した男性の話もありますから、遺伝子レベルまで外見が違う私とシスリアを判別しろというのは酷かもしれませんね。育ってきた環境によってか、シスリアとは性格も多少違いますし。──ですが、レオナール様。他の方と比べる訳ではありませんが、エルヴァ様とエレナ様は私の事をシスリアだと解ってくださいましたよ?』
尤も、彼らとは穏便に話し合いができたという利点はあったが。
『……返す言葉もない』
『でしょうね。ところでレオナール様、私が死んでからの六年間、お付き合いなさった女性はいますか? もしくは好意を寄せている方とか』
『は? いや、居ないが…』
急に問われた脈絡のない質問に訝しげな表情を作りつつも、首を振る。
『あら、そうですか』
『……もし仮に居たらどうなってたんだ?』
『身を引こうかと。いや、別にレオナール様の事を嫌いになったわけじゃないんですよ。むしろ好きです。今でも愛しています。…けど、今回の件でちょっと思ったんです──私たちは近付きすぎている、と』
『近付きすぎている…だと?』
ますます意味が分からないと眉根を寄せるレオナールに、灯里は説明をし始めた。
『はい。といっても、物理的なものではなく。
──私はレオナールに執着しすぎていて、状況判断ができなくなっていたため、今回の騒動を誘発してしまった。…シスリアだと解れという一方で私は灯里だと言う事の矛盾は分かってます。貴方が、死んだシスリアに囚われて欲しくは無いですけど、シスリアを今でも想ってくれている事は純粋に嬉しいと感じます。
──今の私……笹川灯里に恋をして欲しいというのは無理な話でしょうか?
外見だけを愛していたのかという問いに頷く、或いは、他に好きな人が居るというのであれば手を引こうかと思ってました。私は今でもレオナール様を想ってますが、私がシスリアであるからという理由で束縛するのはいかがなものかと思いまして』
今までの“自分をシスリアだと認めさせる”という態度から一気に方向転換する。
これは、寝込んでいた間に灯里自身の中では整理が付いたものであるから、こうやってすんなりと話すことができるのだ。
端から見れば矛盾したことを言っているのかもしれない。
けれど、これは自分の本心だ。
恋する女性は我が儘なんですよ、と責任転嫁をするつもりはないけれども、それに近い開き直りはしている。
自分の気持ちであるけれど、全てを言葉に出して説明できるというわけではないので、全てを受け入れろとも言えない。
言葉が足りていない部分は当然あるだろう。
言わなくても察してよ、というのはこちら側の無茶ぶりだし、そもそもぶっちゃけ、レオナール様にそこまで期待はしてない。
そこまで女心の機微を解るのは女の扱いに長けた男性くらいだろう、と灯里は心の中で推測している。
よって、そこまで解ったら逆にひく。イコール、女遊びに長けてるということになるからだ。
『つまり、お前はシスリアではなく灯里であると?』
『そのように扱っていただければ嬉しいです』
灯里の肯定の返事を聞いたレオナールは何やら考え事をするように口を閉じた。
暫くして、一言一言言葉を選ぶように、
『俺は──…シスリア・ルーデルの事はそれなりに知っているが、笹川灯里の事はよく知らない。だから、好きとも言えないし、嫌いだとも言えない』
そこで言葉を切って、その言葉を聞き漏らすまいと微動だにしない灯里に視線を向ける。
『どうなるのかは分からないが──…努力はする』
何に対しての努力なのかは、言わなくても彼女に伝わったようだった。
真摯な言葉を受けた灯里は、そこで初めて笑顔を見せたのだった。




