変化
『女性に一番言ってはならないことを…っ!』
勢いよくドアを開けた兄弟たちが部屋に入った瞬間に見たのは、憤慨している灯里と、そこから発せられる禍々しいオーラだった。
「一体何があったの、灯里!?」
咲が妹の只ならぬ気配に慌てて声をかけると、ゆっくりと妹がこちらを向いた。
……長い髪が俯いた横顔にかかっていて、ちょっとしたホラーである。本能的に怯んだとしても仕方がないと言えよう。
『……私、年増?』
「…え?」
『年増なのかなやっぱり!?』
聞き返しただけで泣きそうになる灯里に、咲は慌てた。
けれど、彼女がなんと言っているのか分からないのだから、慰めようもない。
「灯里、日本語で喋ってくれるかな。じゃないと解らないよ?」
兄弟の中で一番落ち着いている兄の言葉で、ようやく灯里の暴走が停止した。
『え? …あぁ、本当だ」
それで通じなかったのかと納得する灯里の傍らで、所在なさげに立っている男性がいる。
部屋に入った時からそれを認識していたらしい海が、タイミングを計って誰何した。
「オズウェル・ルーデルと申します」
此方は此方で放心状態にあっていたらしい青年は、ハッとしたように表情を改めると、そう名乗った。
「灯里お姉ちゃん、誰それ?」
こうなった原因はコイツしかいない、と断定したらしい蛍が、気を取り戻した灯里に問うた。
尋ねられた灯里は、まさかコイツが元凶ですとも言えず、暫し黙り込む。
「……私の…っていうかシスリアの、実弟であられるオズウェル・ルーデルさん。歳は十八、性別は男。小さい頃から神童って言われてたし、多分今でも天才の部類に入るんじゃないかなぁ」
「何でそんなに他人礼儀なんですか」
「いやー…だって、私はもうシスリアじゃないわけだし。」
「べつに、私は他人礼儀にしろなんて言ってないでしょう。…それとも、また自己完結なんてふざけたことしてるんですか? 何とかは死んでも治らないって本当ですね」
「……元々毒舌な子だけど、前はここまでじゃなかったんだよ。…なんか悪化してるんだけど。どうしよう」
兄弟たちに誤解しないようにと注釈を付けて説明を付け足し、最後は独白じみた嘆きを呟く。
そりゃあ前よりボキャブラリーも増えているだろうし、知識も豊富になっているだろうから、悪態がそうポンポン出てきてもおかしくはないんだけどさ。
十八歳はもう成人なんだから、こう…周りへの配慮とかさぁ、考えても良い年なんじゃないかなーとお姉ちゃんは思います。
そういえば、道徳の教育ってされないっけ?
…あぁ、それは紳士淑女のマナー教育に入ってるんだった。じゃあやっているはずなんだけど、このデリカシーの無さは何なんだろう。……反抗期? まさかまだ反抗期なの?
いや、でもオズウェルも最初(私がシスリアだと認めなかった当初)はすごく言葉を選んでいた感じだったから、ちゃんと表の顔と裏の顔を分けられてはいるんだろう。…これを世の中の人々は腹黒いと言いますが、それはまぁ置いといて。
だということは、彼の中で、私は毒舌の対象にして良いという認識になったのだろうか?
ならば止めていただきたい。
シスリア時代もそこまでメンタル強くは無かったけど、今の方がもっと無いからキツいんだよ。…いや、これも個性だと思えば耐えられるか。
「そういや、オズウェルは今何してるの?」
「…何って、貴方の説得をするために遣わされていますが」
「そうじゃなくて職業だよ。さっき言ってた役人って括りは大ざっぱ過ぎる」
「あぁ…第二王子の筆頭秘書をしています。といっても、している事はほとんどが王子の体調管理でしたけど」
「それはそれはお疲れ様です。………じゃあ、レオナール様は今何をしているの?」
「薬で眠らせています。明後日には起きると思いますけど」
「……ん? え、今何て」
「薬で眠らせています。明後日には起きると…」
「はっ!?」
薬で眠らせてるって、一体どういう状況ですか!?
「……。いや、ちょっとうるさかったので、黙らせるために昏倒させてきたと言いますか…」
「ほぼ毒なんじゃないの、それ!? っていうか王族は敬え!」
「…大丈夫ですよ。こんなんで処刑はされませんから」
「大胆不敵、油断大敵!」
なんでそんなに平然としていらっしゃるんでしょうか。むしろ私の血の気が引いていくんだけど…!
「灯里っ!?」
「あぁうん、大丈夫。いや、ちょっと眩暈が…」
ふらりとベッドに倒れ込むと、兄弟たちから一斉に、大丈夫かと心配する声が飛んできた。
それにへらへらと笑って(もう笑うしかない)、大丈夫だと片手を振る。
「──最後に食べたのは?」
「……うん?」
不意に弟から質問されて、とっさに意味が分からずに聞き返した。
最後に食べたって何が?
「食事。まさか、この一週間ずっと何も食べていないとか言わねぇよな?」
「……あはは」
何でバレたんでしょうかねー。
ご名答、ドンピシャなので笑うしかない。
ベッドに寝っ転がったままにさっと視線をあらぬ方向に向けると、嘆息が何人かから漏れた。
「だって……いや何でもないです、すいませんでした」
オズウェルが口を開きかけたので、先手必勝だとばかりに、何か言われる前に謝っておいた。
思惑通り、オズウェルは何か言いたげだったが言葉を発することはなく、鋭い視線を投げかけてくるだけに留まってくれた。良かった。
そんな会話をしていて、ふと気が付く。
──なんか、身体が怠い。
「灯里お姉ちゃん……?」
それを自覚した途端、重い石が入っているような鈍痛から、ガンガンとした、耳鳴りまでしてきそうな頭痛に変わっていく。
「…灯里?」
「どうしたの、大丈夫!?」
大丈夫大丈夫ーと頭の中では軽い返事が出来るのに、実際に声に出すのは酷く億劫で、閉口する。
目を閉じているのは、開けていると頭痛が酷くなりそうだと思ったからで、ぐったりしているように見えるのは身体の力を抜いているだけだから。あとは、起き上がる気力がないからなんだけど……うん、なんか眠くなってきた。
現世の兄弟たちや前世の弟の、焦った声や呼びかけ、名前を呼ぶ声を聞きながら、灯里はゆっくりと襲ってきた眠りの波に身を委ねたのだった。




