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微睡み



 それからの一週間は、色のない世界だった。生きていたくないとまでは思わないけれど、全然愉しくない。

 いっそのこと、彼になんて会わなければ良かったと思う。

 転生した先はシスリアと何ら関係のない日本だったのだし、召還先もアーカイスではなかったのだから、彼に関わらない方法などいくらでもあった。

 王とは親友だったけれどもそれはシスリア時代の話であるし、こちらからあんな行動を起こさなければ自分がシスリアだと認識されることもなかっただろう。…そりゃあ転生という考えはあるけれど、所詮は戯れおとぎばなしだし?

 まぁ、周りに言われているように、前世とは容姿も違うし、性格だって瓜二つではないから、かつての親友たちにシスリアだと疑われてもしらを切り通せるだろう。

 自分の感情が恨めしい。

 死んだときは凄く後悔したし、ここで死ぬだなんて…とやるせない気持ちだったし、遺される人々──私を色々な形で愛してくれた人たち──の事を思って胸が締め付けられる思いだった。

 …あぁ、親はその対象ではないけどね。生んでくれたことに感謝はしないといけないとは思うけど、私たちの間には愛情なんて無かったんだから、そこで彼らを思うのは間違っている。そもそも、死ぬ前はそこまで深く考えている余裕が無かったから、『想い』の強い人たちの顔が走馬燈のように頭を巡るのは道理だろうし。

 ……嗚呼、どれだけ私は彼に未練があったというのだろう。

 もし私が──前世は前世だと割り切ることが出来たのならば、転生してからも、ふとした瞬間に彼を思い出すことは無かっただろうし、新しい恋も出来ていたように思う。

 そう、どうせならば、シスリアの時の記憶を消して転生させてくれれば良かったのに。

 それなら素直に人生を楽しめただろうし、もしかしたら兄弟たちも自分も召還されることなど無かったと思う。

 ──私には、シスリア時代の記憶を持って転生したことも、幸せな暖かい家庭に生を受けたことも、親から無償の愛を受け兄弟たちと何のしがらみもなく顔を合わせることができるのも、そして愛する彼らとともに召還されてしまったことも──全てが、私の執着心の結果ではないかと思うのだ。

 シスリアでは得られなかったもの、そして前世で遣り残した事を、今世で手に入れ、やり遂げ、償おうとしている──そうとしか思えない。

 私の未練が全てを狂わせているのではないか。

 私に前世への未練がなければ、大好きな兄弟たちが命の危険があるような羽目に陥る事も無かっただろう。

 此方の世界にいる、私が遺してきた人々も──時間が経つにつれて思い出なんて風化して、それと同時にシスリアの死んだ哀しみも凪いでいく。

 それは時間がかかったことかもしれないけれど、それなりに安らぎを得てくれればいいと思う。


 私は、その安寧を、引っ掻き回しただけではないだろうか。

 六年もあればどうやっても記憶は薄れるし、それに伴って哀しみも癒える。

 …そうしてようやく彼らは安定してきたところだったのに、それをかき乱しただけではないか。

 私がシスリア・ルーデルだと宣言して、漸くこの世界に戻ってこれたと笑って。──還って来れたと喜んで、心の底から笑っていたのは、私だけではないのか?

 私は…───




 灯里は、身体ごと横を向いて、目の前にある物をぼーっと見つめる。


「………」


 痛みをこらえるように小さく眉をしかめた後、やがてゆっくりと目を伏せた。

 そして、再びベッドの中で寝返りを打つと、肩までかけていた羽毛布団を頭の上まで引っ張り上げた。




 ───私は、彼らにとっての亡霊なのだ。死んだら二度と会えないのが普通なのだから、それならば納得もできよう。

 嗚呼、私が、彼らを混乱させる言など吐かなければ…




「(………)」


 灯里は、だるい身体を動かして机の上を一瞥した。

 そこには、卵のスープと柔らかいパンのフレンチトーストが一切れ、置かれていた。

 これらが持ってこられたのは随分と前らしく、浅いお皿によそわれたスープは冷めていた。保温の魔術も切れているらしい。

 お腹は鳴るし空いているけれど、食べたくはない。こんな生活を一週間も続けているのだから、もし口に運んだとしても身体が受け付けないかもしれないが。


「………ごめん、悪いね…」


 この食事を運んできてくれた侍女に感謝と、己を心配しているであろう兄弟たちに謝罪を。

 兄弟たちには、環境が急激に変わったことにより体調を崩したと伝えてもらった。

 前世シスリアの故郷だから慣れぬ環境ではないだろうと兄辺りが訝しんだら、詳しい説明──最愛の人に会えたことによってテンションが急上昇しすぎてぶっ倒れて、それに風邪が重なって高熱が出ているから部屋への出入り等の接触は禁止、と伝えてほしいと言ってある。

 少なくとも前半は灯里の性格からしてあり得そうなことだから、納得してくれるだろう。


「……」


 まわらぬ頭で、スープに保温の魔術をかけたのは侍女あたりだろう、と推測する。

 あの後、あの場にいた人以外には決して伝えないでほしいと箝口令をしいておいたから、侍女たちも風邪だと認知してくれているに違いない。だから、目が覚めたときに食べるようにと保温時間を設定しておいたのだろう。


「(具合が悪くて食欲がない、で通じるかな)」


 誰かが部屋には行ってきたときは寝ているか若しくは寝たふりをしているから、この一週間誰とも言葉を交わすことがなかった。

 親切にしてくれている侍女たちには悪いが、何も食べる気にはなれなかった。

 此処の最高権力者である王とそれに次ぐ権力者である王妃が事情を知ってくれているから、そこら辺はどうにか誤魔化してくれるだろう。そこらへんの、兄弟たちへの面倒な説明は丸投げするつもりである。


 灯里は、筋力と体力の衰えを実感しながら、ベッドの上でだらりと脱力した。

 立派な病人生活である。

 たかが心の病だと侮ってはならない。…鬱病になりたくはないが、そうなりかけている自覚はある。

 周囲に、多大なる迷惑と心配をかけている自覚はあるが、こればっかりはどうしようもない。自分の気持ちだけでどうにかなるのなら、精神科医はいらないのだ。というか、そういう罪悪感によって思考も鈍くなるという悪循環である。

 ぶっちゃけ、実際既に難しいことは考えられないほどに頭の動きが鈍くなっているので、そうなるのも時間の問題だと思われるのだが…。


 シスリアとして生きていたときの経験も含めて、ここまで沈んだことはない。凹むことは結構あったが、周りの支えもあって、そこまで深刻にはならなかった。

 ちなみに、家庭環境は悪かったがそれはもう諦めていたので、論外ということで。


 …執着しているからこそ、こんなに彼のことで思い悩むのだろうか。


「(……もう一眠りしようっと)」


 ここ数日は、昏睡状態にも似た眠りに落ちることがある。

 ──その状態だと夢を見ることがないから、今の灯里には有り難かった。



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