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再会2




 目の前が霞んでいて、彼の表情は見えない。


『──そういえば、お前は下町の生まれなのか?』

『……え?』


 いきなり掛けられた疑問の言葉に、訊ねられた本人も首を傾げた。

 首をことりと動かした拍子に涙が頬を伝い、慌てて拭う。何度かぱちぱちと目をしばたかせて残りの涙を除けると、きょとんとした表情で彼を見上げた。

 その彼はこちらを向いておらず、窓の方を見つめている。


『した、まち…?』

『それほど貧困な生活をしているわけではないようだが、言葉遣いが……っ』


 此方を何気なく振り向いた彼は、ぎょっとしたように目を見開いた。

 対する灯里は、何でそんな表情をするのかと、不思議そうな顔である。

 というか…。灯里は、窓の方を向いている彼の横顔に見とれていたというか、懐かしさがこみ上げてきたというか、前より表情が乏しくなっているなぁとか考えていたのだが。


『?』

『……泣いているのか?』


 恐る恐るといった感じでそう問われ、灯里はまばたきを一つ、二つ。

 ようやく、あぁ、と合点が言ったようで、口を開く。


『何でもありません』

『………』


 瞳は潤み、目の縁がほんのりと赤い状態で何でもありませんと言われても説得力がないのだが、あまりにもきっぱりと言ってきたので沈黙せざるを得なかった。


『ところで、下町言葉とはどういう事ですか?』

『…今はいいが、先ほどは下町の言葉を使っていただろう』

『………。…あぁ!』


 漸く思い当たったようでポンと手を叩く灯里に、物言いたげな視線を送る彼。


『確かに先ほどはそうでしたね、申し訳ございません。あれは──いわば、昔の名残でして…ふとした拍子に口をついて出てしまうと言いますか……』


 ふとした拍子、というのが、怒った(キレた)時だというのは余談にしておく。


『……あの、』


 私帰っても良いですか、と言おうと口を開いたと同時。


『──レオナール殿下』


 ドアが音もなく開いて、騎士が入ってきた。一度も見覚えがないし、新人なのだろう。


『………』


 此方を見て、唖然としたように口を半開きにさせたのには内心で首を傾げたが。


『何だ?』

『…あっ、ハイ! ルースラッド国王夫妻がお帰りになられましたっ』

『……良い、通せ』


 その新人騎士も、彼の声で我に返ったようだった。

 そして、入ってきた国王夫妻はというと、


「あ、シスリア起きたんだ」

「あら、おはよう。意外と早かったわね」

『………。君ら、ちょっとここに正座しようか?』


 にっこりと笑って言えば、エルヴァが頬をひきつらせてきた。


「……えぇっと、シスリア? 目が笑ってな…って、何でそんなに怒ってるのさ!?」

『私、何も聞かされてないんだけど? 起きたら真っ暗闇の箱の中で、起きたらレオナールって、何この状況!』

「伝言にそう書いてあったよ? ほら──‘エレナからレオナールへ渡したい物があるようだから’って」

『それだけで分かるかっ!!』

「ちなみに、分かっているだろうとは思うけど、渡したいプレゼントというのは貴方のことよ」

『サプライズ!? これ、サプライズだったのっ? 嫌がらせじゃなく?』

「嫌がらせなわけないじゃないの。そうそう、それよりもどうだった? 久しぶりに会えたのでしょう?」


 エルヴァの言葉を引き継いで、悪びれもせず(実際悪気はない)淡々と受け答えをするエレナ。

 最後の、好奇心がない交ぜになっている質問に、灯里は言葉を詰まらせた。

 気遣いが斜め上であったとはいえ、彼女にとっては良かれと思ってしたことである。ここで、余計なお世話だったと言うのは簡単だが、彼女の性格を知っているシスリアがそんな事をするわけがない。

 日本人独特の曖昧な笑みを浮かべて『ありがとう』と言っておく。するとエレナがぱっと笑みを浮かべて、うんっと大きく頷いた。反応が犬である。…そんな感想を口に出すなんて事はせず、心の中に留めておいたが。

 これでも恩着せがましくしないのがエレナの良いところの一つだとしみじみと考えていると、いつの間にかあっち《・・・》の答弁がヒートアップしていた。


『……で、あれは結局何なんだ?』

「だから、シスリアだって。転生って概念はこの国にもあるだろう?」

『本気にしている奴はいない。本気で言っている奴なんて、頭が可笑しいと思われるのがオチだ』


 ‘あれ’呼ばわりされている灯里は膨れっ面である。

 というか、頭が可笑しいとはどういうことだ。その際にこちらをちらりと見た意味って一体? ……考え始めると怒りが再燃しそうなので、この辺で止めておくことにした。


『そもそもあれがシスリアであるはずがないだろう。……彼女は、あんな汚い言葉遣いはしない』

『──っ!!』


 冷めた目で見つめてくる彼を前に、灯里は拳を握りしめる。

 爪が柔らかな手のひらに食い込んで痛かったが、そうしていないととても平静を装うことができそうもなかった。

 下を向いた灯里を気遣わしげに見つめてくる親友たちの視線を感じつつも、灯里は顔を上げない。


「し、シスリア…っ」


 すぐさま傍らに寄り添ってくれるエレナに小声で「大丈夫」と伝えた後、灯里は顔を上げた。


『もう結構ですわ。──私がシスリアだと信じられないのも無理はありませんし、強制なんて致しません。

…貴方も、自分がシスリアだと戯れ言を吐いた私の顔なんて見るのは不快でしょうから──金輪際関わらない事にいたします。

 それではご機嫌よう、レオナール様』

「え? ……ちょっと、シスリア!」


 何がなんだか分からないものの、さすがにこれは大変だと慌てたエレナが、踵を返して立ち去ろうとした灯里の腕を掴む。

 さすがに物理的に引き止められては、背中への声を無視して立ち去ることはできない。

 灯里は深く溜め息を吐くと、彼を視界に入れないようにして、エレナへと向き直った。

 エレナが腕の拘束を解くのを待ってから、応答する。


「…何?」

「レオナールに、自分はシスリアだと認めさせるのではないの?」

「もう良い。ここまで貶されて復縁なんて出来るとでも? 彼はエルヴァと違って頑なだし、私はエレナと違ってそれを赦せるほど優しくないんだよ。……そりゃあ、()のことは好きだよ? 何をされても、絶対に嫌いになんてなれない」



 ──嫌いになれるわけないのだ。

 例え、彼に激情のままに無惨に殺されたとしても、最期の最期まで彼を憎むことは出来ない。

 これは確信だ。一度死んだことのある自分だからこそ、この例えを現実味を帯びて伝えられる。


 灯里──シスリアは、微かに俯いた。

 目を伏せ、床を見つめる。

 哀しげな微笑と共にその口から出てきたのは、日本語だった。


「──もしかしたら、転生したときに大切な何かを喪ってしまったのかもしれないね…」


 ‘何か’が何であるかは分からないけれど。

 灯里はそう自嘲気味に呟くと、此方を三者三様の表情で見つめてくる彼らに、深く一礼をした。

 それは、アーカイス国の様式でも、ルースラッド国の様式でもなく──……


  日本の、深々としたお辞儀だった。




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