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準備



「はぁ…」


 初っ端からため息を吐いた灯里は、高級品である羽ペンと上質な便箋を目の前に、机の上になだれた。

 可愛らしい、というよりも上品な花柄があしらわれた便箋には、未だ一行だけしか書かれていなかった。


 ──『親愛なるレオナール様へ』


 ここまで書いてから、早一刻が経とうとしていた。

 その間の灯里は、頭を抱えて唸ったり背もたれにもたれ掛かるだけ。四季の挨拶を冒頭に、という基本事項すら忘れて、どうしたものかと唸る。


「………どうすれば…」


 羽ペンを一瞬手に持つものの、次の瞬間には眉をしかめて思案に浸る。

 この光景が何十回と繰り広げられた頃、ふいに部屋(ルースラッド国国賓用の部屋)のドアがノックされた。

 途端に灯里は唸るのを止め、ややあってから小さく「…どうぞ」と許可を出した。


「シスリア、お邪魔するよ」

「エルヴァ様…じゃなかった、ルースラッド国王様、何かご用ですか?」

「……どうして敬語?」

「いや、一応王様だから、今世庶民の私が軽々しく接してはいけないかなぁと」

「(今更だね…)シスリアは国賓なんだよ? 僕と同等な立場じゃないか」

「…そう?」


 そこでようやく手紙から視線を外し、灯里は首を傾げた。

 国賓だからといって、王と同等な立場だというわけではないはずだ。

 その動作から灯里の疑問を読みとったのか、それとも偶然なのか、エルヴァは微苦笑を浮かべた。


「大体、君から国王なんて呼ばれるのはどうも、ね」

「……? じゃあ、敬語はどうすれば?」

「まあ、他人の前では敬語で接してもらうけど──シスリア(・・・・)は、元々、僕らに敬語じゃなかっただろう?」

「……ええ、まあ。時と場合を弁えてはおりましたが」


 肯いてから、灯里はさっきからエルヴァに『灯里』ではなく『シスリア』と呼ばれていることに気が付いた。

 本当に何も違和感も感じず、それどころか、に戻ったようで心地よくすらあった。


「それで良いんだよ、別に。君は……外見はだいぶ変わったけど、シスリアだということに変わりはないんだから」

「…普通、少しは疑うものだよ?」

「有り得ないよ。僕に向かってあの言動ができるのは、君くらいだからね」

「あの言動?」


 なにか特別なことをしただろうかと訊ねると、エルヴァに肩をすくめられた。


「一国の王である僕に向かってあんな口を聞けるのは、ほぼいないよ」

「日本には王がいないの。だから、王を敬うという気持ちがなかった──という可能性は?」


 正確に言えば、日本には天皇様がいらっしゃるけれど、あの方々はルースラッドやアーカイスの王様とは少し異なる。


「それもあの時考えたけど、それだと君以外の『勇者』が、僕にだけあんなに畏まっていた説明がつかない。異世界だから不安だったというのなら、神殿でもそれなりのはずだからね」

「私が、皆とずれてるだけかもしれないよ?」

「それじゃあ逆に聞くけど、君がシスリアでなければ、どうして僕の過去の恋愛を知っていたんだい? 君が異世界から召喚されたというのは何十人もの神官が証明してくれるよ」

「…時々、こちらへと来ていたとか。ほら、それなら年齢的にも知っていておかしくないはず」

「そんなことはそもそも不可能だって、君なら一番良く知っているだろう?」

「……まあ、そうだけれど」


 召喚には、必ずそれ相応の『代償』が用意される。異世界なんていう、次元も時空も違う空間から最強の勇者を喚ぶ、その見返りとして。

 その規模にもよるけれど……。


「そういえば、召喚の対価は? …当事者として知っておくべき事柄だよ」


 まさかとは思うが、人の命とか身体の部位とか言わないだろうな…?


「召喚されたあの場に、大勢の神官がいただろう? 彼らの魔力だよ。神官の中でも魔力量が多い者たちを選び抜いたから、皆、魔力を極限まで吸い取られることはなかったよ。それほど疲れてもいなかったみたいだし」


 たしか、魔力を極限まで吸い取られるということは、すなわち『死』を意味していたはずだ。


「当初は一人の予定だったのが四人も増えたけれど、その分は?」

「元々込めた一人分の魔力に対して五人が召喚されたわけだから、吸い取られた魔力量は予定通りだよ」

「…五人で本来の『勇者』一人分の力を発揮する、とか?」

「そうか…その可能性はあるね」


 うーん。やっぱり召喚についてはまだまだ謎ばかりだということか。


「──ていうか、さっきの敵味方の話に戻るけどさ」

「え。もうそれ終わったんじゃないの?」

「……。私は敵かもしれないよ」

「華麗なスルーだね。というか、その言動が既に『自分はシスリアです』と言っているようなものだよ?」

「…?」

「さも『自分を疑い尽くしてください』というような、ね。普通は逆だよ。自分を信じてほしいと、必死で認めさせようとする」

「あー…それ、前にレオナール様にも言われた事ある」


 ぼそりとそう呟くと、エルヴァが笑いをこらえたような表情で(声を震わせつつも)、「そりゃあそうだよ」と言ってきた。

 どうしてそんなに断言できるのかと訊ねようとしたところで、エルヴァがふと便箋に視線を寄越してきた。


「それ、レオナールへの?」

「そう。どうやって書こうかと思案中。…っていうか、仕事は大丈夫なの?」

「うん、これ(・・)も仕事のうちに入ってるからね」

「成る程。──これ見て、何か助言ある?」


 どこからどう書けば良いのかさっぱり分からない。お手上げ状態だ。…本当に降参する訳はないけど。


「いや、助言って言われても……ほとんど白紙だよね、これ」

「だって、書くことがないんですもの」


 書くことがないというか、どう切り出すのが望ましいのだろうか、と悩みを打ち明けると、エルヴァも腕を組んで考え始めた。


「まず、どうやって君の事を納得させれば良いんだろうね」

「エルヴァ様が一言添えるとか」

「たったそれだけで、こんな壮大なことを信じれるわけないよ」

「(壮大とまで言いますか…。まあ、自分でも理解不能だけど。『偶然』にしては出来すぎている気がするし……)」


 双方が、それぞれ別のことで悩み始める。

 その状況が何十分か続いたため、この問題は迷宮入りかと思われたが、やがて(本来の考えるべき事とは違うことを考えていた)灯里が、何やら、さらさらと書き始める。

 それを隣から覗き見たエルヴァが、困惑した様子で言葉を発した。


「『大事な話がございます』……って、内容これだけ?」

「えぇ。…レオナール様とはかつて文通をしていたから、もしかしたら文字だけで分かるのではないかと思って」


 もっともらしい理由を述べているが、実際は考えることに疲れただけだった。それでもって、これが無理難題だということは、自分が一番良く分かっていた。

 しかし、灯里はそれをおくびにも出さず(世の中には『知らぬが仏』という諺もあるくらいですからねー)、にこやかに微笑んでそう述べた。


 ちなみに、この後に自分の名前を書こうかと思ったが、やめておいた。

 灯里の名では、いくら筆跡が同じであっても(もし万が一引っかかったとしても)シスリアと同一人物だと分かる訳ないからだ。

 ちなみに、シスリアと書こうかとも思ったが、それも却下した。

 信じてもらえなかった時の末路が酷いことになる。下手すれば終身刑になるかもしれない。そうすれば、エルヴァにも兄弟たちにも迷惑が掛かる。彼らは、こんな突拍子もないこと(真実だが)を信じてくれたけれど、レオナール様はどうか分からない。

 ていうか、終身刑ということは、一生牢屋の中に居るということで──つまりは、両親にも会えないのは必須なわけですね。…嗚呼、絶対に阻止せねば。


「…考えるのが面倒になっただけだよね、それ」

「……(何故分かった!?)」


 エルヴァの的確な指摘に、しらーっと視線を逸らす灯里。

 …よもや見破られるとは。

 内心激しく動揺しつつも、灯里はゆっくりと、端から見れば微笑であるひきつった笑みを浮かべたのだった。



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