Ⅳ 困惑の華
結局は彼の事を少ししか聞けず、昼を迎えてしまった。
もうだいぶ更かしている、あまり長居をしていると怒られてしまう。
入り口ではアヤメが座りながら寝ていた。彼女を起こして城へ向かう。
城までの道のりは誰にも会わず。
「眩しいわね………煩わしいわ」
「………暑い」
目を細めた城主は目を見開いている雑用係を一瞥した。
「アヤメ死にそうな顔をしているわよ、一緒に傘に入りなさいな」
夜でも昼でも傘を差して隣を歩くのは雑用係の仕事の一つだ。それも女達の一番の雑用係の仕事、アヤメにとってそれは誇らしい事であるのだ。
「いけません。それでは皆からまた言われてしまいます---」
傘持ちが傘の中に入るなどはタブーとされている。それに普段から城主のお気に入りの雑用として周りからの目がきついというのも彼女は理解していた。
城主は鼻で笑ってみせた、そのほころぶ華は美しく、それでいて優しいもの。
「どうでも良いわよ、みんな寝ちゃってるもの」
そういって二人で相合い傘をして歩くそこは光で満ちていた。
彼女たちの歩く姿は仲の良い姉妹のようで、会話が無くとも明るい景色だった。
†
“私ハ何ダッテ利用スル”
利用したところで何か目的があるわけではないのに………。
本当はある気がするのだが、記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっている。
だから、ココから逃げ出す理由も本当はない。だけど、何故か私はここにいてはいけない気がしている。それは思考や精神ではとても追いつけない本能に近い衝動。
“私ハコノママデハイケナイ”
†
それからしばらく、彼に会うきっかけもなく過ごす日々。
気が付けばそれから、3ヶ月ほど経ってしまっていた。
きっと私の主が会わせないようにいろいろとしたことだろう。全く、ご苦労なことだ。
†
「おい、お前!ココは部外者以外、立ち入り禁止だぞ」
今日も主のがなり立てる声が城内に響く。
「相変わらず、五月蠅いわね」
「彼も彼なりに貴方のために動いているのです」
暇をもてあましていた彼女はアヤメとボードゲームの最中だった。
「私のため?自分のためでしょう」
刹那、バタンと大きな悲鳴を上げる部屋のドアに二人は首だけを向けた。
「ココが城主の部屋か?」
そこにいたのは彼だった。
少年らしいあどけなさが脱け、青年と呼ぶのが相応しいような顔つきをしている。
「ノックもなしに部屋に入ってくるなんて躾のなっていない殿方だこと」
「だめだと言ってるのが解らないのか!今すぐココから出て行け!不法侵入だろう」
あぁ、いまの主の声ね。
「いいのよ、私が呼んだの。気にしないで仕事に励んでちょうだい」
完璧に嘘だけど、主が私に逆らえるはずない。渋々引き上げる主は頭を抱えて、今世紀最大の焦りを迎えているはずだ。いろいろな意味で……。
「さて、久しいわね、何か用かしら?」
「お前は、男をこうも簡単に部屋に入れる性分なのか?」
嫌悪感丸出しなのは変わらないが、プラス見下してくるのがちょっとむかつく。
「いいえ、押しかけてきたのは貴方じゃない。客は城には入れない決まりがあるのよ?」
「客じゃない、楼主だ」
「ハッ、何を言ってるのかしら。私の主はあの五月蠅いのだけど………?」
楼主と言うのは城主に仕事を運ぶ奴、もともと城主を雇っていた奴と言うことにもなるが、この城での男の中での一番の権力者に当たる人物と言える。
「だから、俺が城の中で一番稼いだ。結果、楼主が入れ替わる」
「そんなシステム今まで無かったわ。大体、城主の店より稼ぐなんてあり得ないわ」
「俺も何だって利用してみる事にしたんだよ」
その余裕の表情は私の癪にさわる。
なにより、ここ数ヶ月でこんなにも進歩している彼が許せなかった。
「気に入らないわ、その態度」
「城主様、今確認をとって参りました。その方の言っていることは事実です」
いつの間にか部屋から出て、戻ったアヤメは息を切らしている。
行動派で察しの良すぎる彼女はタイミングが悪い。
「はぁ?なんで、私がこんな言うこと聞かなそうなガキを主にしなきゃいけないの!?」
「お姉様、だだ漏れです……」
「こんな子供の世話をするのかと思うと気が滅入るな」
売り言葉に買い言葉、二人の会話はすぐに喧嘩に発展する。
「フッ、誰が子供なのかしら?仮にも城主に向かってそんな口叩こうものなら……」
「どうするんだ?」
「うっ……五月蠅い!絶対にこんなの私は認めない!」