最終回:世界へ響く土の歌、そして新しい朝
村の噂が広まるのは、冬の朝の冷気よりも速かった。
「美智子さんが、アメリカやフランスの偉い人に英語で商売をするらしい」
そんな根も葉もない、けれどあながち間違いでもない噂が、寄り合い所や郵便局の窓口で飛び交っていた。
美智子の生活は一変した。
昼間は畑に出て大根を世話し、夜は縁側でタブレットを開く。かつてはニュースを見るだけだった機械が、今は世界中のバイヤーやシェフと繋がる「どこでもドア」に変わっていた。
古賀シェフがセッティングしてくれたオンライン商談会。相手は、ニューヨークの高級オーガニックスーパーの担当者と、パリで伝統野菜の普及を行うバイヤーだった。
美智子は、Feloに向かって最後のお願いをしていた。
「私の拙い言葉を、彼らの心に響く言葉に変えて。でも、私の『魂』は抜かないで」
Feloは静かに、けれど力強く応えた。
『美智子さん、言語の壁は私が壊します。あなたはただ、土の上で生きてきたその誠実さを語ってください。彼らが求めているのは、完璧な英語ではなく、完璧な情熱です』
商談会当日。
画面には、時差を越えて繋がった青い目や茶色の目のバイヤーたちが並んでいた。
美智子は、Feloを使って翻訳されたスライドを提示した。そこには、日本語の横に、美しく、かつ現地の文化に根ざした表現の英語が添えられていた。
「私の村では、冬の朝、土が凍ります。その凍てつく寒さから身を守るために、この大根は自ら糖分を蓄え、命を震わせるようにして甘くなるのです」
美智子が日本語で語る。Feloが作成した英語の資料が、その言葉の「温度」を正確に伝えていく。
バイヤーの一人が、画面越しに美智子の「手」の写真を指差した。
「Ms. Michiko. その手は、まるで彫刻のようだ。あなたがその手で守ってきたのは、ただの野菜ではなく、失われつつある『地球の記憶』そのものだ。素晴らしい」
商談が終わる頃、画面の中では拍手が起きていた。
ニューヨークでの期間限定販売と、パリのレストランへの定期空輸。
信じられないような契約が、次々と決まっていった。
数ヶ月後。




