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【長編加筆予定】「君を愛することはない」と宣言したくせにその独占欲はなんですか?  作者: たかなみ


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1/3

人生で初めての恋と、不穏な結婚生活の始まり



 夫婦の部屋を陣取るほどの大きなベッドの上で、フィアナ・ペンブルックは〝夫〟のローワン・メリックと膝を突き合わせていた。


 初夜のはずなのに、そんな雰囲気を微塵も感じられないほどの緊張感が、部屋の中を漂っている。外から聞こえる雷雨の音が、なおさら雰囲気を悪くさせているようだった。不吉な予感がしてしょうがない。


 この異様な空気をどう解釈すれば良いのかわからず、ただ、真剣な面持ちで俯くローワンを見つめた。

 意を決したように、彼が勢いよく顔を上げ、口を開いた。

 無意識に、こくりと生唾を飲み込む。



「――フィアナ。俺が君を愛することはない」

「え……っ」



 初恋は実らないと実感した瞬間だった。



 ***



 フィアナの初恋は18歳の時だった。

 元・近衛騎士団の団長を務めていた父が、今でも懇意にしている部下だとして突然7つ年上のローワン・メリックを連れてきた。



「フィアナ! 父さんの大事な部下を連れてきたぞ! 今回の領地防衛で功績が認められてな! 恩賞を受けて爵位を賜った凄いやつなんだぞ~!」

 


 挨拶などよそに置いて、彼のことを自慢気に話し始めた父を呆然と見上げる。

 お互い名前も知らない状態で、どうすれば……と視線を合わせた時、一瞬にしてローワンの神秘的な瞳にフィアナの心は奪われた。


 限りなく黒に近いが、その中に青色も透けてみえる。今まで見たことのない美しい色を瞳の中に閉じ込めているのが、とてもきれいだと思ったのだ。


 ローワンがそっと視線をずらすまで、その目に釘付けになっていることに気が付かなかったほどに、見惚れていた。

 改めて見た彼はガタイが良く、瞳と同じ色の髪は無造作に切り揃えられていて、鼻筋が通っていて彫りが深い。仏頂面で、随分と年上なのかと思ったほど、貫禄を兼ね備えた人物であった。



「――すまんすまん、話過ぎた。ローワン、紹介するよ。私の自慢の一人娘のフィアナだ。フィアナ、彼はローワン・メリック子爵」



 満足した顔の父が、ひとつ咳ばらいをした。

 紹介されたローワンが目の前で膝をつき、フィアナの右手を取って手の甲にキスを落とした。



「……初めまして、フィアナ・ペンブルック公爵令嬢殿。ローワン・メリック子爵です。お会いできて光栄です」

「初めまして、ローワン様。フィアナです」



 なんだかぎこちない挨拶だなとは思っていた。が、フィアナの右手を握る彼の右手が、小刻みに震えていることに気が付いた。



(緊張していただけだったのね)



 さっき爵位を賜ったばかりだと聞いた。貴族の世界に身を置いていない状態で、挨拶の仕方もまだわかっていないだろうに。

 健気な姿にまた心を奪われたフィアナは、自分の右手に少しだけ力を入れて、ローワンの右手をきゅっと握った。弾かれたように顔を上げる彼に、にっこりとほほ笑みかける。


 頬を薄く赤らめて、気まずそうに立ち上がったローワンを見た父が、にこにこしながらローワンの背中をバンッと叩いた。



「うん! 問題無さそうだな!」

「問題無いって、何がですか? お父様」

「今回、恩賞を賜ったということで、ローワンの身の回りがちょっとごたついてしまってな。そんなわけで、しばらくこいつを家に置くことに決めたんだ。だからフィアナも仲良くしてくれると助かる」

「へっ?」

「ああ、もちろん、か弱い乙女を襲うような輩ではないから、その辺は安心してほしい。な、ローワン」

「当然です」



 父の顔面の圧に、ローワンがたじろぎながら、何度も首を縦に振っている。

 仏頂面だからもっと怖い人かと思っていたけれど、どうやらそうでもなさそうだ。

 


(知らない男の人が屋敷の中に増えるのは少し緊張するけれど、国王(叔父様)に功績を認められるぐらいの方なのだから、心配することなんか何一つないわよね)

 


「わかりました。今日からよろしくお願いします、ローワン様」

「よ、よろしくお願いします。……フィアナお嬢様」

「ん」



 ローワンの呼び方がなんだかよそよそしく感じて、フィアナが眉をひそめた。



「私のことはどうぞ、フィンとお呼びください」

「いえ、さすがに、そのような砕けた呼び方は……」

「でも今のままじゃ、まるで主人と屋敷の使用人ですわ。私達、友人ぐらいにはなれませんか?」

「……わかりました。それでは……えっと、フィン……。俺のことも、どうぞローワンと呼んでください」

「ええ、わかりました、ローワン」



 フィアナが名前を呼んだ瞬間に、きらきらと美しい黒目がきゅっと細められる。

 隠してしまうだなんて、もったいない。

 もう少し見れないかと、首をかしげて見上げてみたけれど、すすす……と、ゆっくり視線を逸らされてしまった。

――初対面で、失礼よね。

 行動を改めて、私も一歩後ろに下がった。


(年上の方に友人だなんて、少し我儘過ぎたかしら。でも……仲良くなりたい) 

 

 ほぼ一目惚れに近い初恋だった。



 

 そうして、ローワンが屋敷に住み始めてから数か月。 

 使用人たちが彼のことについて話ているのを、耳が拾った。曰く、彼は近衛騎士団直轄の、防衛に特化した騎士団の団長であるらしい。

 なかなか顔を合わせる機会がないと思ったら、騎士団長だったからなのね。

 


(教えてくれたらよかったのに……。機密情報なのかしら? でも、そうか、団長にまで上り詰めたのね)



 以前のお茶会で、彼がぽつりとこぼした話を思い出す。



『俺は平民の生まれなんだ。成人する前に両親を亡くしてから、近衛騎士団の見習いをやらせてもらってて……。その頃から、ペンブルック公爵殿に何かと目をかけていただいてたんだ。本当に感謝してる』


『大変な思いをされたのですね。私もお父様に感謝しなければ』

『どうして?』

『お父様がローワンを気に入ってくださらなかったら、今、こうして一緒にお茶を飲むこともできなかったでしょう?』

『……そうですね』



 あの時、あなたに会えたことが何より嬉しい、と、伝えるにはまだ勇気が足りなかった。

 何でもない振りをして一緒に過ごしているけれど、常に心臓がばくばくして、実は会話どころではなかったりする。

 だけど、二人きりの時間を長く取りたいがために、必死に隠し通しているのだ。


 本当はあの美しいな瞳を間近で見つめてみたいし、大きくてたくましい腕で包み込まれてみたい。欲を言えば、キスだって――

 でも、この関係が崩れると思ったら、迂闊に「好き」だなんて言えなかった。

 


(恋って、こんなに憶病になってしまうものなのね……!)



 ローワンがいつまで屋敷に滞在するのかわからない。

 だから一緒にいられるうちは、恋心は胸の奥深くにしまい込んでおきたい。 下手に気持ちを打ち明けて、ぎくしゃくするような関係になりたくないから。

 


(それに、私だっていずれは政略結婚をしなくてはならないはずだし……)



 この初恋は、大事にとっておこう。

 綺麗な思い出は綺麗なままで置いておきたいのは、乙女としては当然のことだろう。

 

 そんなことを思っていたその日のうちに、まさか両腕に抱えきれないほどの花束を持ったローワンに跪かれるだなんて、思いもしなかった。


 

「フィアナ。俺と、結婚してほしい」

「ローワン……! 私でよければ、喜んで!」



 初恋が実った瞬間だった。

 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、これは夢なのかと思った。もしくは行き過ぎた恋心が見せた幻なのかも、と。


 左手の薬指にゆっくりはめられるシルバーの指輪を見て、これは現実なのだと、実感が湧いた。カーブに添うように埋めこまれたダイヤがきらきらと光って美しい。


 感極まって、フィアナはローワンの胸の中に飛び込んだ。



「幸せにしてくださいね、ローワン」



 仏頂面の彼が、優しく微笑んだ。初めて見せてくれた表情に、胸が高鳴った。


 しばらく抱き合いながら、幸せな気持ちに浸っていたのだが、なにやら視線を感じてフィアナは顔を上げた。きょろきょろとあたりを見回して、扉に目を向ける。

 その隙間から、いつにもまして真剣な顔をした父がこそっとこちらを窺い見ているのに気が付いた瞬間、悲鳴を上げてしまった。

 


「お父様!?」

「フィアナ、君がローワンを気に入ってくれて嬉しいよ。おめでとう」

「素敵な人を紹介してくださったお父様のおかげですわ」

「……そうだな」



 顔は笑顔なのに、妙に歯切れの悪い返答に、フィアナが首を傾げた。

 父は遠慮がちにローワンとフィアナの間に腕を差し込んで、ぐいっと広げる。自然とローワンと離される形になって、フィアナは口をへの字に曲げてみせた。

 


「結婚式を終えるまでもうちょっと離れたらどうかな……?」

「お父様……」

 


 なんてことはない。

 娘の門出に寂しさを覚えた父が、そこにいるだけだった。



 ***



 結婚式当日。

 異変は起きた。


 初恋が実って、大好きな人と結婚式を挙げている。それだけで心がうっきうきだったのに、誓いの言葉の後の出来事が、フィアナの心にわだかまりを残すことになってしまった。


 ベールを上げて、キスをする場面だ。どきどきとはやる心臓を押さえながら、近付いてくる彼の瞳を薄目で眺める。光が反射して、いつもより余計にきらきらしていて綺麗だった。

 彼は両手でフィアナの両頬を包み込む。いよいよだと目を瞑って、初めてのキスに備えた。


 ――が、唇に何の感触も伝わってこずに、離れていくローワンをただ見つめた。


 周りは歓声をあげていて、祝福の言葉が飛び交っている。

 はたから見ればきっと、ちゃんと誓いのキスが行われているように見えたのだろう。父も涙ぐみながら近づいてきて、私を抱きしめてきた。

 ここで花嫁が無表情なのはいけない。

 この結婚式には父の関係者も、ローワンの部下も招待しているのだ。

 


(笑顔よ、笑顔を作らないと)



――結婚式の準備だって、仕事終わりで大変だろうに、私を気遣ってくれながら、一緒に作り上げてきたものだったのに。


 

(きっと恥ずかしかったんだわ。大勢の前でキスするんだもの。相当な勇気がいるわよね……!)



 そう考え直して、気を取り直したフィアナは夫になったローワンの腕に抱きついて、幸せの時間を味わった。

 そして訪れた初夜。


 侍女に丁寧な手つきで全身をくまなく洗われたあと、装飾品のないリネン素材のナイトドレスに着替えた。

 夫婦で使う予定の寝室に、大きなベッドが陣取っている。どれぐらい大きいかというと、大人3人が寝てもまだ余白があるほどだ。

 ベッドの真ん中まで這っていって、ちょこんと座りこんだ。爆発四散してしまうんじゃないかと思うぐらい、心臓が脈打っている。



「お、落ち着くのよ、フィアナ。恥ずかしいことじゃないわ……たぶん」

 


 初夜は夫婦としての義務だ。結婚したのだから恥じらいを感じる必要はない。

 そう思っても、やっぱり緊張するものは緊張する。閨教育で教わったあれやこれが衝撃的過ぎて、余計に緊張が取れないことは自覚していた。


 膝を抱えて、〝夫〟を待つ。

 暫くして部屋の扉がかちゃりと開いて、湯上りのローワンが顔をのぞかせた。

 もっと待ちぼうけをくらうかと思ったのに、どうやら急ぎで来てくれたらしい。


 膝丈よりも長いリネン素材のナイトシャツをはためかせながら、息を切らせてフィアナのところへ駆け寄った。



「すまない、フィン。遅くなってしまった」

「いえ、いいのよ。そんなに待ってないから」

 


 やっぱりローワンは優しい。

 さっきのキス未遂は、やっぱり勇気が出なかっただけなんだわ。

 可愛らしい一面を見せたローワンに心がきゅんと跳ねる。

 


「ねえ、さっき、誓いのキスをしなかったでしょう?」

「あ、ああ。どうにも、人前でするのが恥ずかしくて」

「結婚式なんだから、キスしてほしかったな」



 これぐらいの甘えは許されるだろう。 新婦の願いとしては当然のことを言っていると思う。


 だが彼は、抱きつきに行こうとしたフィアナを手で制して、おもむろに正座をすると、ばっと頭を下げた。




以前、短編で投稿していた同タイトルの作品を、全3話の連載形式に改稿・加筆修正しました。

短編版を読んでくださった方にも楽しんでいただける内容です!


中編ですが、最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。

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