陽葵の憂鬱③
保健室にはすでに一人先客がいた、頭まですっぽりと布団を被って寝息をたてている。白衣を着た保健の先生は常連客の陽葵を笑顔で受け入れてくれた。
死の恐怖が這い上がってきた時、陽葵は人間の死がない未来を想像する。医療が発展して歳もとらない、永遠の時間を生きる事ができる未来。陽葵が存在する世界。
落ち着いてきた呼吸と共に眠気がやってきた、隣の生徒に習って布団を頭まで被ると静かに目を閉じた――。
嫌な感覚、覚醒しない夢の中。金縛りにあったように動けない。ここは家の中、陽葵の部屋かと錯覚した。「キィィ」と不気味な音を立てて扉が開くと、真っ暗な人影が目蓋の裏に映る。怖くて目を開ける事ができない、その得体の知れない人影は陽葵の手を握る、髪を撫でる。決して目を開けてはならない、それは中学生の時に初めてこの夢を見てから決めていた。ただ黙って耐える、時間にして五分から十分。静寂の中で小刻みに動く人影がいなくなるまで固く目を閉じる。
『キーンコーンカーンコーン』
日本全国まったく同じ音源、ウェストミンスターの鐘が鳴った事でここが陽葵の部屋じゃないことを確信した。あれは学校にはいない。陽葵は虚な夢から覚醒すると目を開けた。同時に握られていた手が解放されるが、じっとりとした嫌な感触は残ったままだった。
「何してるんですか?」
侮蔑の眼差しに冷めた声色をのせる、品田は引っ込めた手をわざとらしく後頭部に持っていってボリボリと掻いた。
「おお、菊地、目が覚めたか。具合が悪くなったって聞いてな」
陽葵は上半身を起こして布団を剥いだ、体を確認する。白い半袖のセーラーに紺のリボン。制服のスカートからは陽に焼けていない細い足が伸びていた。
「犯罪ですよ」
ベッドからおりて上履きに爪先をつっかける、品田は何を言われたか理解したのだろうか、口をパクパクさせて金魚みたいだった。その横を無言で通り過ぎると陽葵は保健室を後にした。




