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陽葵の憂鬱

 退屈な学校、退屈な友達、退屈な毎日。



 この退屈な世界――。



 旧校舎の二階、一クラスだけ隔離された教室は下駄箱から一番遠い端にある。『2年5組』と書かれた教室札を見て陽葵は足を止めた。


 サボろうかなぁ――。


 そう思って、踵を返そうとしたところで肩をポンと叩かれる。


「菊地どうした? はやく教室に入れ」


 担任の品田が白い歯をみせて微笑んだ、鏡の前で練習していそうな、わざとらしい笑顔に陽葵は愛想笑いで返した。


「よーし、朝礼はじめるぞー」


 出席簿をパンパンっと叩きながら教室に入る品田に続くと、クラス中から冷やかす声が飛んでくる。


「お、一緒に登校ですかー」

「よっ、お似合いのカップル」


 指笛を鳴らす馬鹿までいたが陽葵は無表情のまま席についた。


「バカなこと言ってるなよ、お前らぁ、ほら座れえ」


 品田博之、二十七歳。二年五組担任、バスケ部顧問。身長百七十八センチ、体重六十八キロ、独身、恋人なし。


 女子校に突如現れた若い教師は、欲求不満の暇な女子生徒たちにあっという間に丸裸にされた。本人も満更じゃなさそうで家の住所まで公表している。陽葵はなんの興味も沸かなかったが、周りでこれだけ騒がれれば嫌でも耳に入ってくる。


「菊地陽葵」「はい」


 出席簿を片手に呼んできた品田に適当に返事した。なにやら不満そうな表情をしているが無視をする。


「ちょいちょい、陽葵」


 目の前に座る由井愛菜が半身を向けて小声で話しかけてくる。苗字も名前みたいな愛菜は制服のスカートを限界まで短くして髪は茶髪、いわゆるギャルだったが成績が良いので誰も注意しなかった。


「まじで朝帰り?」

「んなわけないでしょ」

「だよねー」


 陽葵と品田に謎の交際疑惑が持ち上がったのは先週からだった。バスケ部に所属する陽葵が練習をサボって倉庫で昼寝しているとそのまま熟睡、気がついた時には練習も終わりあたりは真っ暗。倉庫からでるとちょうど帰宅するところだった品田に遭遇した。仕方なく正直に話すと、怒るどころか車で送ってくれた。その様子をどうやら他の生徒に目撃されたようだ。噂は尾ひれが付いて瞬く間に拡散、今に至る。


「渡辺加奈子」


 品田は最後の生徒の名前を呼ぶと、生徒に背中を向けて黒板と向き合った。真っ白なチョークで派手な音を立てながら文字を綴る。陽葵は小さくため息をついてスマートフォンを取り出した。SNSを起動して流し見する。


「菊地ー、読んでみろ」


 教室が弛緩するのが空気でわかる、陽葵は視線をスマートフォンから黒板に移して座ったまま声を出した。


「人事を尽くして天命を待つ」


 まるで感情を込めないで機械のように呟くと、品田は満足そうに二回うなずいて解説をはじめた。朝礼では毎日、品田がことわざや格言、時には四字熟語を披露してあれこれ熱弁している。昔見た再放送のドラマ、たしか金八先生の真似事か知らないが真面目に聞いている生徒はあまりいない。


 いつも通りの退屈な朝礼が終わると、退屈な授業が始まる、退屈な部活に顔を出して、退屈な家に帰る。そうして陽葵の退屈な一日は終わる。

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