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闘将ディオ 6

 「一瞬でした。本当に一瞬。まるで夢でも見ているかのような……。

  黒きワーウルフ、シンデュラの勇者は飛び上がり、対する彼は地を滑るよう走った。

  そして、交差した。黒きワーウルフは爪を繰り出しました。その瞬間だけは、ハッキリと見えました。しかし彼はそれを見ても避けようともせず、そのままワーウルフの腕の中に飛び込んだのです。


  首を刈られたと思いました。悲鳴を上げそうでした。しかし気付けば彼はワーウルフを抱き締めるように密着していて、ワーウルフは血を吐いていた。何が起きたのか解りませんでした。

  彼の剣が、ワーウルフの心臓を貫いていた。魔法のようでした。私は注視していた筈なのに、全く見えなかった。突き、だった、と思います。……それだけです。


  ただの傭兵ではないでしょう。あの強さ、あの立ち振る舞い。そしてパシャスの巫女達との不可解な関係。


  ……居る物ですな、あぁ言った戦士が。戦いの大地には」



――



 兵団は長い時間を掛けてアッズワースへと帰還した。要塞へと辿り着いたのは朝方で、戦傷者の手当てを行い、体裁を整えた時にはとっくに昼を過ぎていた。

 彼等は疲れ果てており、泥のように眠った。日が沈んだ頃に漸く起きだして来て……


 そして始まったのは、宴だった。


 戦士達は勝利したのである。



 「偉大なる勝利に!!」

 『勝利に!!』

 「我等に! お前達に!!」

 『戦友達に!!』


 体中血の滲む包帯でぐるぐる巻きにされた女が杯を掲げた。篝火を囲んで喚きあう人々は、掲げられた杯に応えて唱和する。


 セリウ家ストランドホッグ兵団とワーウルフ討伐隊の合同祝勝会だ。勝利を讃え、奮闘を讃え、……そして、今亡き戦友達を讃える。


 今音頭を取ったのは動けば死ぬぞ、とまで言われた重傷の女兵士だった。酒を呑む、と言うか浴びるような狂態だが、周囲の者達は止めるどころか囃したてる。


 従軍していた軍医のみが、静止のために彼女の周囲でぎゃんぎゃんと喚いていた。


 「安静にしていないと今度こそ死んでしまいますよ! 良いんですか!」

 「その時はその時だ! お前も呑め!」

 「あ、ちょ!」

 「食わんし、呑まんから、出るべきところが出んのだ! 男一人捕まえられんまま、生娘のまま一生を過ごす気か? はーっはっはっは!」

 「しょ、しょ、処女じゃねぇし! ってひぎゃぁ!」


 セリウの兵士は軍医を抱きかかえて大回転した。そこいらで戦友達が抱き合い、杯を交し合い、讃え合う。


 噴水広場を占拠して宴を催す兵達の陽気に誘われ、様々な者達が顔を出す。職人、傭兵、兵士まで、何が何やら解らぬままに杯を掲げ、歌い踊る。


 篝火囲んで狂いあう様はティタンですら笑みを漏らすほどの陽気さであった。階段の隅に腰掛けて静かにワインを煽るティタンは、青白く光る月を見上げた。


 周囲をパシャスの巫女達が囲んでいる。女神パシャスに対する蟠りが消えた訳では無いが、それでも共に死線を潜り、背を護りあった。元より彼女達自身がティタンに悪意を持って何かした訳ではない。

 胸中複雑ではあるが、今更邪険にするのは戸惑われた。


 「ティタン様、改めて戦勝おめでとう御座います。シンデュラの勇者を討ち果たすのはティタン様以外には在り得なかったでしょう」


 祝勝会の始まった当初から散々に持て囃されたティタンに、今度は巫女達が祝福の言葉を送る。


 「……お前たちも良くやった。お前達が一人として欠ける事無く生き残ったのは、正に自身の実力と武運の賜物だろう」

 「全ては女神パシャスの導きなれば」

 「詰まらん奴等だ」


 堅苦しい返答にティタンは肩を竦めて見せた。


 「ティタン様、こちらを」


 肩に包帯を巻いた巫女がナイフを差し出してくる。彼女を守る為に投げたナイフだ。ナイフとしてはかなり大振りで、他では少し、御目に掛かれない代物である。


 態々ティタンに返すために回収していたらしい。律儀な話だった。


 「……そのナイフは嘗て岩の神ヘベンの申し子とまで言われたドワーフの鍛治師が鍛造したもんだ」

 「は。素晴らしい品です」

 「そう思うなら、くれてやる。……お前への礼だ。勇敢に戦った見返りだと思えば良い」


 広場で喚く戦士達の中から「ティタンは何処に行った」と声があがる。次いで「我が杯を受けてみよ」と酔っ払い丸出しの見栄切り。


 ティタンはフードを被って立ち上がる。アメデューに良く似た女が慌てて後ろに続こうとする。


 「あ、ティタン様!」

 「お前らが居ると他の者が萎縮する。俺にも健闘を讃え合うべき相手がいる」

 「……はい……」

 「それと、どうせ止めろと言っても聞かんだろうから妥協するが……今度からはぞろぞろと四、五人も連れ立って俺を付回すのは止せ。一人か、せめて二人にしろ。……それくらいなら我慢する」

 「……それは……本当で御座いますか?」


 詰まり、我等をお認めいただけると?


 唖然と立ち竦み、顔を見合わせる巫女達。一泊置いてティタンの発言の意味を噛み砕くと、それぞれが握り拳を胸に押し当てて控えめな快心の歓声を上げた。


 「やった……! とうとう我等の労苦が報われたわ」

 「使命を果たし、勇者に認められた。最良」

 「成せば成る物だ。少し、時間は掛かったけれど」


 そんな中でティタンにナイフを与えられた巫女はジッとその刀身を見詰める。篝火の光りを跳ね返して鈍く輝く刀身に、えも言えぬ歴史を感じていた。


 「………………」

 「………………」

 「………………」

 「………………」

 「………………アバカーン、ずるい」

 「……なに?」

 「貴女が勇敢に戦ったのは私達も認めるところだけれど……でも、それって私たちだって同じ事では?」

 「こ、これは私がティタン様から賜った物だ」

 「私達はティタン様からの贈り物を共有すべきだと思う。ファロの意見は?」

 「タボルに賛成」

 「一人だけ特にティタン様から労われて、アバカーンは少し恵まれ過ぎている……と感じなくも無い」

 「スワト、お前まで」


 ぐだぐだとあぁだこうだ言い始めたパシャスの巫女達。アメデューに良く似た女は溜息と共に制止に入った。



――



 今宵はティタンも酒に溺れた。行く先々で乾杯の声が上がり、ワーウルフとの戦いに出た全ての戦士はティタンの類稀なる実力と勇戦を讃えた。

 誰かに出会う度に一杯。別れる度に一杯。ティタンとしてもこういった事には慣れっこで、次々と押し寄せる乾杯の嵐を軽々こなしていく。杯に五分の一程しか注がなければ、大分理性を保てる物だ。



 そして何時しかティタンは喧騒を離れ、アッズワースの霊地へと訪れた。

 戦友達の眠る地。苔生した慰霊碑だ。周辺の、恐らくはミガルが設置した物と思われる五つの松明に火を灯して回り、フードを脱いで慰霊碑の前に跪く。


 戦勝の報告であった。ティタンは既に足取りも危うく、意識も朦朧としていたが、英霊達の前で厳かに祈れば不思議と頭が冷えて行った。


 「同胞よ、兄弟よ」


 三百年の時を越え、何だかんだと言いながら、今またアッズワースで戦いに身を投じている。

 当初は捨鉢のような気持ちだった。戦って、適当にくたばれたらそれで良かった。


 だが……


 「不思議と、今は寂しくないぜ」


 よき敵と、よき味方を得る事が出来た。

 良い女にも出会えたし、かつて胸の内に持っていた誇りを思い出せた気がする。


 物を知らぬ餓鬼のように、ひねた事を言って世を嘆いてみせるのではなく。

 力の限り戦い抜き、生き抜いてみようと思う。


 「ロゥ・カロッサ(宣誓に懸けて)。……俺は傭兵だ。敵を殺して金を貰う。言葉にすればどうにも聞こえが悪いのは認める。……だが同胞よ、兄弟よ、……アメデューよ。お前達が護り抜いた物を、俺も今また護ろう。

  俺はティタン。クラウグスの戦士。誇りの為に、誓いの為に、……死した者達の為に」


 目を閉じ、ティタンは祈りを奉げた。冷たい風が草木を掻き分けて吹き抜ける。


 ふと、その中に奇妙な暖かさを感じた。ティタンは何かの気配を感じて顔を上げる。


 『お前が誓いを取り戻すことを我は確信していた』


 甘ったるい声が響く。姿は見えないがこの声には聞き覚えがある。


 自分を不愉快にさせる声。怒りは収まりはしたが、悪感情まで拭い去れた訳ではない。ティタンの声は自然と剣呑な物になる。


 「パシャスか。見て解らないようなら言ってやるが、取り込み中だ」

 『そう邪険にするな、ティタン。……先の戦い、実に見事であった。お前の雄叫びはマナウの霊界を極限まで震わせ、我がたゆたう世界まで届いたぞ』

 「そりゃ迷惑かけたな。もう邪魔する気は無いから、存分に眠りこけててくれ。そのマナウのなんたらとかにも宜しくな」

 『マナウの霊界はこの世界とずれた存在。重なり合いながらも触れうる事の無い異界だ。人間の持つ魂のみがその世界に影響を及ぼす。……おっと、そのような事を話しに来たわけでは無かったな』


 パシャスはティタンの嫌味など何処吹く風だ。人間に言われたぐらいですごすご引き下がるような気性ならば、神々の中で最も我侭、等と評されてはいないだろう。


 『よくぞシンデュラの勇者を討ち取った。シンデュラもさぞや悔しがっておろう。お前は神々の戦いに置いて中々重要な働きをしたのだ。我、パシャスの名声を大いに高め、敵対する神々を牽制した』

 「アンタ等の事情は俺には関係ない。俺は俺の戦いをした」

 『そうかな? この戦い、我がお前の運命を操った。お前が戦うように仕向けたと言ったら?』


 ティタンは立ち上がって剣に手を掛けた。何故か酷く侮辱された気がした。

 神々の掌で弄ばれているに過ぎないと感じさせられたのである。


 『嘘だ。お前は何ら命じられる事の無いまま我を満足させた。我も驚いたよ。何も伝えて居らぬのに、お前は私の望みを叶えてくれたのだ。……運命を操ることなどどのような神にも出来ぬ。運命、真理、そんな物はまやかしに過ぎん。だが、今回の事には不思議さを覚える』

 「……慈愛の女神に言わせれば戦士を導く運命の詩もまやかしか。気にいらねぇな」

 『ティタン、そういうお前を運命などと言うものが導いてくれたか? お前の戦った後に続くのが運命だ。お前を導くのは、常にお前の闘志だ』

 「言葉遊びにしか聞こえん」

 『ま、良い。ティタン、お前はよく戦った。お前に褒美を授けたい』

 「余計な気遣いどうも。そっとしておいてくれるのが、何よりの褒美だが?」


 ティタンはパシャスの声を振り払うようにして再び慰霊碑の前に跪く。

 パシャスは笑っている。ティタンの頑なさは、慈愛の女神には可愛らしい物に見えているらしい。


 『では我はお前に……勝手に加護を授けよう。我は最も我侭な女神だからな』

 「開き直るなよ……」


 くすくすと甘ったるい笑い声が続く。そしてその真剣みの欠片も無い声音のまま、パシャスは言った。


 『ティタン、アッズワースに戦いが迫っている』

 「……今更だ。クラウグスは古来より常に戦い続けてきた」

 『そうとも。だがその数え切れぬ戦いの歴史の中でも、恐らくは節目となるであろう大きな戦いだ。シンデュラの勇者との戦いはその前哨戦に過ぎぬ。これより先に待ち受ける戦いは、言うなれば三百年前の黒竜戦役に劣らぬ物となろう』

 「何?」

 『どのような形になるかは解らぬ。だが、我等クラウグスを守護する神々にとってはそれ程大きな意味を持つ』


 黒竜戦役と聞いて流石のティタンも冷静ではいられなくなった。あの恐るべき戦いを喚起させられて、落ち着いていられる物か。


 「どういうことだ。何が起こる?」

 『今すぐどうのこうのと言う訳ではない。だがクラウグスを狙う悪神達やその眷属たる地獄の悪鬼どもは、着実に力を蓄えている。……これも言ってしまえば大きな輪。古より繰り返される戦いの周期。終わり無き季節だ』

 「ハッキリ言ってくれ。どうなるんだ」

 『解らぬ、と言ったろう? 或いはこのクラウグスの大地に神話の戦いを再現させるやも知れぬし、或いは歴史の影に埋もれるように、誰の記憶にも残らぬまま決着がつくやも知れぬ。……解っているのは我等が負けるわけには行かぬという事だけだ』


 ティタンは溜息を吐いた。パシャスの言葉は要領を得ない。戦いが起こる、と言う事だけだ。


 「……だから、俺を蘇らせた。水の祭壇で俺が理由を聞いた時、僅かに言葉を濁らせたな」

 『お前が我を気に入らぬと言うなら、今はそれで構わぬ。人は感情の生き物で、私は激しき感情を愛す神。そして可愛い人間達の中でも特に愛しきお前だ。我侭くらい許そうではないか』

 「勝手に言ってろ」

 『故にティタン、お前は戦いが迫っていると言う事だけ知っていれば良い。お前は戦士だ。我が何も言わずとも、戦士の誇りに懸けて戦いに身を投じるのだから』

 「だから……おい、おい、パシャス?」


 現れたときと同じように、唐突に気配は消えた。ティタンは舌打ちして座り込む。慰霊碑を見上げたが、草臥れた石の塊が何かを答えてくれる訳ではない。


 「勝手な女神様だ」


 しかしティタンは同時に、仕方ないかな、とも感じていた。


 平和は流血の対価無しには得られない。どれ程のどかで、平和な光景があったとしても、その裏側ではそれを護る為に物言わぬ戦士達が血を流しているのだ。


 だからティタンに取って戦いとは常に身近にある自然な物だった。農夫が畑を耕すように、羊飼いが羊を飼うように、戦いとは其処にあって当然の物なのだ。


 今更戦いが起こるぞ、と脅かされても、それがどれ程大きな物だったとしても、そうだ、恐れる事は無い。


 「……ふん、気に入らないが、女神パシャスは正しくもある。ウゥ・ヴァン、ロウ・ラン。……確かにその通りだ」



――



 気付けば太陽が昇り始めていた。地平線の彼方から昇る白金色の太陽に照らされて、森や丘は輝き、アッズワースの厳かな大地が僅かに色付く。


 ティタンは慰霊碑の前に座り込み、筒から少しずつ、少しずつ酒を呑む。舐めるようにちびちびと、だ。様々な事に思いを廻らせていた。


 遠方に複数の人影が見えた。人影は霊地の入り口で立ち止まり、その内一人だけが中へと入り、一直線にティタンへと歩いてくる。


 揺れるふわりとした栗毛。胸を張り、背筋を伸ばし、一歩一歩力強く進む凛々しい姿。


 ディオだ。ただ一戦にして“闘将”の称号を得た彼女は、自信と誇りに満ちていた。


 「ティタン、矢張り此処だったわね」


 ティタンは腰を上げ、慰霊碑の前から退く。ディオは意図に気付いたのか、そのまま慰霊碑の前に跪く。


 英霊達への祈り。ディオは厳かに聖句を唱え、再び立ち上がった。


 「皆が貴方を探していたわよ。英雄探しであちこち騒がしいわ」

 「何でまた?」

 「さぁ? 呑み足りないのじゃぁないかしら」

 「勘弁してくれ……」


 朗らかにディオは笑った。


 「慰霊碑の補修は進んでいるようね。……少しずつだけど」

 「ミガルは丁寧にやってくれてる。そういう奴にしかやらせたくない」

 「貴方のものじゃないのに」

 「他に金を出す奴が居ないなら、俺の意見が最優先さ」


 ティタンが慰霊碑の前に腰を下ろす。ディオは当然のように隣へと座る。


 「我がストランドホッグ兵団は大きな損害を受けたわ。でも立て直せない程じゃない。貴方の御蔭ね」

 「俺のせい、とも言える。シンデュラの勇者との戦いを望んだのは俺だ」

 「出撃を決定したのは私よ。それに、いずれは戦うべき相手だったわ。我等は敵を選べないし、選ぶ訳にも行かない」

 「……強敵を避けて通れば部下を長生きさせてやれるぞ」

 「代わりに何処かで誰かが死ぬのね。或いはそれは、無辜の民草かも知れない。……それに今回に限って言えばこれで良かったのかも。私たちが行かなければ討伐隊は全滅し、シンデュラの勇者はより力を蓄えた筈よ。

  あの強力なワーウルフが、最終的にはどれ程の規模の群れを率いたか……想像すると背が震えるわね」


 降参だ。ティタンは軽口に対する謝罪を述べる。


 「アンタこそ誇り高き指揮官だ」

 「聞き飽きた褒め言葉ね、ふふ」


 会話が止まる。二人して、ジッと沈黙の空間を楽しむ。

 程なくして、ディオが口火を切る。


 「私に役職が与えられるそうよ。公表されては居ないけれど。……ま、新参の田舎者にしては早い出世かしら」

 「よく言うぜ」


 ティタンは笑って見せた。ディオの目が誰にも負けるものか、と語っている。並居る好敵手に競り勝つぞ、と。

 言葉とは裏腹に、更に先を目指す者の目だ。そういった成長と野心がティタンには好ましく映る。


 「ティタン、貴方が欲しい」


 真正面からディオは来た。迂遠な言い回しも何も無い。真直ぐな目、真直ぐな言葉だ。


 当然、傭兵としてではない。ディオの家来としてであろう。


 「私はまだまだこんな所では満足しないわ。セリウの名誉、私の矜持に懸けて、更なる戦いを求めている。能力を磨き、力を蓄え、もっともっと上り詰める」

 「あぁ、そうすると良い。アンタの様なのが上に行けば、クラウグスはもっと強くなるだろうさ」

 「貴方とそれを分かち合いたいのよ。貴方は私にとって英雄よ。他の多くの者にとっても多分そうでしょうね。……ティタン、ここから先も力を貸して。私と共に歴史を刻んで欲しい」

 「……殺し文句だな」


 ティタンはディオに背を向け、慰霊碑へと向き直る。


 「だが断る」


 それはディオにとって予想外の言葉だった。ディオはティタンを深く信頼していたし、ティタンも自分を信頼してくれていると感じていた。

 ティタンと言う戦力を使いこなせているという自信があったし、充分な報酬を用意している心算だった。胸の内を晒して語り合い、共に死線を潜り抜けた。


 ディオはまるで裏切られたような気持ちになった。何故? その疑問を我慢する理由は、ディオには無い。


 「何故? 断る理由が何処にあるの?」

 「昔の女が忘れられない。……アンタの所には長居し過ぎた。これまでにしたい」


 ディオは頭に血を上らせた。ディオにとってその返答は酷く歯痒いものだった。


 「それって卑怯ではないかしら?」

 「そうかな」

 「死んだ人間を引き合いに出されては、私は何も言えないわ」

 「そうかもな」

 「……私では、主君として不足だと?」

 「そうは言わない」


 再び沈黙する。ディオは冷たい風で頭を冷やしながら、ティタンの言葉を待っている。


 「俺の感情の問題さ」

 「…………そうね、器用には見えないから、貴方ってば」

 「アンタだって相当だと思うがな」

 「一緒にしないで欲しいわね。貴方に比べたら、余程……余程……」


 ディオは唇を噛み締めた。眦に涙が浮かんだ。悔しくて切なくて、天を仰ぐ。そして何とか呻き声を抑えると、ツンと顎を突き出して何時もの表情に戻るのだ。


 「ディオ、アンタの言うように」

 「……何かしら」

 「生き抜いてみようと思う。死ぬ為には戦わない。俺は、俺の矜持に従って生き抜く。……アンタの御蔭だ。自分でも下らないと思うが、この程度のことで随分悩んだよ。礼を言う」

 「……そう、良かった。それに関しては本当に嬉しく思う」


 ディオはティタンの背を抱き締めた。ティタンの腹に手を回すと、ティタンはそれを窘める様に抑える。


 「でも、それはそれ、これはこれよ。貴方を後悔させてあげる。もっと力を蓄えて、『どうか臣下に加えて欲しい』といつか貴方のほうから言わせて見せるわ」

 「くく、そうか。楽しみにしてるぜ」

 「あぁ腹が立つわ! 覚えてなさい、ティタン!」


 ディオはティタンの背から離れると、人差し指を突きつける。そしてサーコートを翻して背を向け、足音高く歩き始めた。涙を堪えるために上を向いて歩いていたら、途中でこけた。


 何を思ったか振り返り、ティタンをキッと睨みつける。こけたのはティタンが悪いとでも言いたげな表情だ。そしてやっぱり、ツンと顎を突き出して歩き始める。


 ティタンは声に出して笑った。からからと、何時までも。笑って自身の感情を誤魔化していた。


 どうも彼女の傍は居心地が良過ぎた。どうしても彼女とアメデューを重ねてしまった。


 ティタンは、恥じていた。



 いずれ新たな戦いが訪れる。

 また会おう、ディオ・ユージオ・セリウ。勇敢なる戦士にして高潔なる指揮官。


 アンタの戦いに、名誉と栄光あれ。ティタンは祈りを奉げた。


 言ってしまえば……ワーウルフが居たから倒すぜ!

 と言う内容の動きが無い話でしたが、そこはまぁディオちゃん可愛い! みたいな感じで流して頂ければ……。あれ、可愛いよね?


 とりあえず闘将ディオ編終了。次の投稿は六月くらいを目標にしています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 熱い、ただひたすらに情熱的な一夜でした! ティタンの匂い立つ男臭さといい、ディオの直向きな赤心といい気持ちの良い人物達が愛おしく思えます。 [一言] 闘将でディオと聞くとアリスソフトの昔の…
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