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ティタン アッズワースの戦士隊  作者: 黒色粉末
猛き風、真紅の太陽
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猛き風、真紅の太陽5



 「方々、面目を立て候へ!」


 異国の鎧の剣士が曲刀を握って進み出る。


 「良き敵! 潔く自決もよし、或いは戦士の本懐を果たすもよし!」


 言いたい事は分かるが耳慣れない文句だ。異国の風習だろうか。


 ティタンは戦士達と睨み合う。


 「聞け! お前達は騙されている!」


 ずし、ずし、と彼らは何ら反応を示さず間合いを詰めて来る。一歩一歩、ゆっくり堂々と。


 「聞こえていないのか」

 『彼らは哀れではない。永遠に知る事が無いのなら、それは彼らの真実なのだから』

 「黙れ、マト……!」


 ゼタが両手に炎を纏わせた。


 「ティタン」

 「切り抜ける」

 「どうやって?」

 「逃げ場は無い、戦うのみだ。……何とかして身を守れ」


 簡単に言うわね、とゼタは唇を噛んだ。彼女の炎の魔術は稀有な才能で、今まで大抵の危険はこれで退ける事が出来た。


 しかし今自分達を取り囲む彼らには言い様のない凄味がある。

 果たして通用するのか、ゼタには確信が持てない。


 「御首頂戴いたす!」


 剣士が走り出した。ティタンもするりと前へ出る。

 勇み足と言うべきか、飛び込んできたのは一人だけで、他の戦士達は歩調を崩そうとしない。


 「(このような出会いでなければ)」


 ティタンは酷く残念に思った。彼の振り上げた曲刀に応えるよう牡鹿の剣を救い上げる。


 鍔を狙う。無理に鋼と鋼を打ち合わせては後が続かない。

 刃の根元に牡鹿の剣が触れた瞬間、ティタンは手首を返し、切先をくねらせた。


 刃に刃が絡みつくような動きだった。一直線に振り下ろされた筈の曲刀は力の向きを逸らされ、ティタンの頬を掠める。


 剣士と目が合う。ぎっちりと歯を食い縛った猛々しい形相。

 曲刀を振り切った後ながら深く腰が落ちている。大地に根を張ったかのような重たい腰使い。


 ティタンに剣の力を逸らされたと言うのに、身体には全く揺らいだ部分が無い。


 「かッ!」

 「応ッ!」


 鋭い呼気と共にティタンは左足で踏み込んだ。肩からの体当たり。


 ずし、と岩に体当たりしたかのような感触がした。互いの肩がぶつかり合い、互いが同時に力を込める。


 押し勝ったのはティタンだ。俄かに剣士を後退させるも、体勢を崩すには至らない。


 並みの相手なら今の交差で終わっていた。剣の力を逸らし、身体が泳いだところで肩をぶつけ、体勢を崩す。後は一突きだ。


 そうはならなかった。これは余程に鍛え抜かれている。


 「(一個の戦士としてこの男には負けん。しかし、これと同様の手練が二十名いるとしたら、勝ち目は無い)」


 そうする内にも包囲は狭まる。既に二十歩の距離まで詰められた。


 ティタンは周囲を見渡した。違和感があった。二十歩の距離だと?


 霧が薄まっている。本来マトの煤色の霧の中で、二十歩も先を見通せる筈が無い。


 「冗談じゃないわ」


 ゼタが呻いた。彼女が突き出した両腕に炎が踊る。


 「邪魔はさせない! あと少しなのよ!」


 巨大な炎の渦、蛇とでも言うべきか、それが乾いた大地を這い回り、周囲を囲む戦士達に襲い掛かる。


 凄まじい火炎だ。人間ならばこれに抗う術は無い。


 しかし大盾を構えた黒い全身鎧の騎士が炎の蛇の前に飛び出した。

 騎士は真正面からそれを受け止め、祈りの言葉を叫んだ。


 「戦神ラウよ、我を導きたまえ!」


 大盾は炎の蛇を沈め、消し去った。ゼタは唖然とした。


 「魔術師よ、如何なる炎も私には通じない」


 ゼタは荒い息を吐きながら両手を掲げた。彼女の頭の天辺から足の爪先までを更に強い炎が這い回る。


 「ティタン、伏せて」


 剣士と睨み合っていたティタンはゼタの言葉に従った。瞬間、頭上で炎が爆ぜた。


 それはマトの霧の中を荒れ狂い、無作為に大地を跳ね回るようだった。

 炎の海がティタンの視界を覆う。ティタンと睨み合っていた剣士は歩幅小さく、しかし俊敏に駆け、距離をとる。


 「……何!」


 しかし逆にその炎の海を突っ切ってくる者も居た。

 人など容易に焼き殺す筈の魔術の火の中を走りぬけ、鎧から煙を噴き上げながら槍を扱く兵士。


 「ウッダール・ベルカンティ!」


 この炎を恐れもせずに抜けてくるのか。

 紛れも無く勇者だった。太い腕を撓らせ、ウダール槍兵は逆手に持った槍を美しく放つ。


 「ゼタ、伏せろ!」


 ティタンはゼタを引き摺り倒しながら身を捩る。ウダールの投槍は鈍い風切りの音と共にティタンの耳元を掠める。


 槍兵は疾走を止めず剣を抜き放っていた。小盾を突き出し、身を低く沈ませる。


 獣のように奔放な身のこなし、奔放な突き技だった。

 ティタンはウダール槍兵の繰り出した剣を軽々払い、相手が兜を被っているのも構わず密着状態から頭突きを食らわせた。


 怯んだ所に突き。ウダール槍兵は咄嗟に小盾を持ち上げ、牡鹿の剣の切先は、その僅かに丸みを帯びて作られた表面を滑る。


 「(コイツも矢張り強い)」


 彼を皮切りに、戦士達はティタンの周囲で暴れまわる炎を次々に突破し始める。


 大剣がティタンを襲い、ティタンは呻きと共に身を捩る。

 背後から槍が突き出された。ゼタを引っ張って背に庇い、新手を迎え撃って更にかわす。


 戦槌が振り上げられ、ゼタがそれに炎を叩きつける。怯んだ重甲冑の脇腹目掛けて牡鹿の剣を突き出すも、横合いから伸びてきた細剣に守りに入るしかない。


 大剣の勇士がマントを翻らせ肩を突き出し踏み込んでくる。ゼタはそれへの対処を知らない。忽ちの内に斬られてしまうだろう。


 ゼタは堪らず小箱を握り締めた。


 「”竦め!”」


 奇妙な振動が空気を伝わりティタンの身体を打った。

 全身に痺れが走り、思わずよろける。しかしそれは戦士達も同様で、ティタンは雄叫びと共に身体を無理やり動かすと、大剣の勇士に剣を突き出す。


 それは彼の被っていた兜を飛ばした。痺れの為に狙いが定まらなかったのだ。


 たたらを踏んで後退する彼に構わず、ティタンは再びゼタを庇って戦士達と睨み合う。


 ニヤリと笑う彼は兜の事など気にもしていない。


 「WooVan! WooooVaaan! 強き者よ、貴様の名誉の為に、背後からは襲わぬ!」


 大剣の勇士は、たった今心臓を貫かれそうになったと言うのに意気揚々としていた。


 「背の傷は逃げ傷! お前はこれより、ただ俺のみを見て戦うが良い!

  ディムグリッサの丘陵に、我等が大剣は輝くのだ!」


 好き勝手言いやがって。

 ティタンは堪らなかった。


 「――クソッ、同胞よ! 俺の声が聞こえないのか!」

 「Ahaaa・Woooo!!」


 ゼタが小箱を掲げて叫んだ。


 「”跪け!”」


 大剣の勇士が弾かれたように後退し頭を押える。同時にティタンも激しい頭痛と耳鳴りを感じていた。


 小箱が力を増している。或いは力を抑えきれなくなっているのか?


 『それだ』


 耳障りなマトの声。それはゼタの背後から聞こえた。


 空中から細い腕が伸び、小箱を掲げたゼタの手を鷲掴みにする。

 病的に白い手だ。ゼタは耳元で囁く邪悪な存在に絶叫した。


 「いやぁぁぁ!!」

 『その小箱もマトの想定外の一つ』


 マトに掴まれたゼタの手が忽ち黒ずんでいく。それはローブの下の肉体を侵し、あっという間に喉、頬まで侵食した。


 『何故マトに従わない? マトはおまえの父であり、母である』


 その手付きは可憐な花を愛でるそれだった。

 全身を黒く染め上げられたゼタが、金切り声を上げた。


 「触らないで!」

 『あぁ、おまえ』

 「離しなさい! 離せ! 離せェッ!」

 『面白い物だ。運命に惑わされて、このマトと出会ったのか。ふふふ、ふふふふ』


 ティタンが黙って見ている筈が無かった。彼はゼタを捕らえるマトの腕に斬りかかる。

 間接を狙って縦一閃。しかし刃が触れたと思った瞬間、マトの腕は煙の如く消え失せる。


 『ふふ、うふふ、可愛い物だ。必死にもがくその姿が』

 『矢張り良い。マトは死んだ事が無いゆえ死を知らぬ。だが、生きる事の喜びは知っている』

 『マトは、お前達を愛でるのが楽しくて堪らぬ。

  お前達が見当はずれの真理を求め、他愛も無い物に拘泥し、全く無意味に傷付き、泣き叫ぶのが、可愛らしゅうて堪らぬ。うふふ、うふふふふふ』


 ゼタは力を失って倒れこみ、嘔吐する。戦士達はゼタを放ってティタンに殺到する。


 『お前達が、己が生に価値があると必死に思い込もうとするのが、うふふ』


 槍を避け、大剣を捌き、矢を防ぐ。

 鍔迫り合い。踏み込みの読み合い。呼吸の読み合い。


 マトの薄ら笑いが響き、それを掻き消すようにティタンは雄叫びを上げる。


 ティタンは思った。


 「(お前に分かるものか)」


 俺達の魂の輝きが。

 お前が無意味だと断じた物が。


 俺達が何故戦い、何故傷付くのか。お前如きに分かる物か。



 限界は訪れた。斧の一振りをいなした直後ティタンは曲刀の一撃を受けた。


 それは鎧を切り裂き、深く肉を裂いた。

 右の脇腹から左の腰まで横一文字。久方ぶりに感じる激痛だった。


 恐ろしい切れ味だ。レッドアイの革鎧をこうも容易く。


 死に至る傷だ。これまで長く戦い続け、苦痛と言う苦痛は味わい尽くした。

 しかし、これは死んだな、と思う傷を受けた事は、矢張り数える程も無い。


 「(旗が)」


 懐に入れていた竜眼の紋章旗が傷付いてしまったかも知れない。

 そうでなくても、ティタンの腹から噴出した血で汚れてしまったに違いない。


 ゼタの上げる悲鳴が遠い。ティタンは膝を突き、自らに致命的な一太刀を食らわせた異国の剣士を見上げた。


 よく見ればその鎧の装飾は工芸品と呼べる程に美しかった。さぞや名のある剣士なのだろう。


 「敵ながら見事な戦い振り。叶うならば違う形でまみえたかった」

 「(俺も同じ気持ちだ)」


 口が動かなかった。剣士は曲刀を構え直し、突く。

 狙いが心臓なのは分かった。ティタンは咄嗟に身を捩る。切先は狙いを外し、鳩尾に突き刺さる。


 胸骨の砕ける音が印象的だった。何処か他人事のようにティタンはそれを聞いた。

 即死は免れた。だがそれだけだ。苦しむ時間が延びたとも言える。


 パシャスの加護がある。傷は忽ちの内に治る。


 しかしそれにも限界はある。激しい出血、傷つけられた内臓、酷い有様だ。


 「(これが俺の望みだ)」


 強き敵と戦い死ぬ。正に言葉通り。ずるりと身体から抜けていく刃。


 だが、まだ義務を果たしていない。


 ティタンは足に力を込めた。腹圧で腸が飛び出る所だが、レッドアイの革鎧が損傷しながらも腹を締め付けているようで、見苦しい事になるのは避けられた。


 「名も知らぬ敵よ。どうか立たないでくれ。これ以上苦しませたくないのだ」


 黙れ。


 歯軋りした。ぞっとする程の量の血が喉の置くから競り上がってきた。

 牡鹿の剣を地面に突き立て、それを支えに身を持ち上げる。当然、出血は激しさを増す。



 戦士は力ある限り戦わなければならない。

 誰の言葉だった? そうだ、ブリーズナンだ。


 旗を預かった。クラウグスで最も偉大な王から。ならば、英霊達が見ている。俺の戦いを。


 これまで散々威勢のよい事を言って来た。偉そうに、誰にも彼にも戦士の心構えを説いてきた。


 このまま膝を突いて終わったら、俺は恥知らずの嘘吐きだ。


 「ロゥ・カロッサ」


 喉を締め上げるようにティタンは詩い、立ち上がる。


 「ロゥ・ディーン」

 「そうか、それがお前の望みならば」

 「ロゥ・ヴェイン。ロゥ・クレム。ロゥ・ライル」


 勇者達が得物を構える。瀕死のティタンを侮る者は誰一人として居なかった。


 セイル

 ヴォーラ

 ウィンガー

 アンディオーサ

 レウ


 ロゥ・アリィー・サウラージ


 ティタンが呼吸を整えるのを彼らは待っていた。ゼタが手足を震わせながら唖然とティタンの背を見送る。


 ぐぶ、と腹が鳴った。切り裂かれた傷から血の泡が零れている。


 そしてその時、青い光が瞬いた。


 「Woo、Van」


 奇妙な熱に身体を包まれた。


 特に腹が熱かった。斬られた所が熱いのは当然だがそれ以上に何かあった。


 身体が燃えるようだった。ティタンが余りの熱に悶えた時、青い光は収束し、人型を成した。



 『黒き竜との戦いにおいて、クラウグス人がどうなったか知らぬ訳はあるまい』



 どこからか聞こえた声にティタンは目を見開く。

 痛みと疲労に茹だった意識が澄んでいく。腹に手をあてた。


 血が止まっている。


 ティタンの驚愕を他所に青い人型は得物を掲げて飛び出した。

 包囲の輪の中に切り込み、ウダール槍兵に激しく食らいつく。


 「新手かぁ?!」


 ティタンは鎧の内側に無理矢理押し込んでいた紋章旗を引き摺り出した。


 「加護ぞある……!」


 冗談だろう、だなんて、疑う気持ちは一切起こらなかった。ティタンは既にその光景を目にしていたからだ。


 紋章旗と竜狩りケルラインの求めに応じ、次々と立ち上がった青い影達。


 死して尚戦う顔無き者ども。戦役に疲弊しきったクラウグスをそれでも諸外国が恐れた理由。

 クラウグスに死後すら捧げた名誉ある者達。


 「クアンティン王、この為に紋章旗を?」


 竜眼の紋章旗から光が溢れ出し、それは次々に形を成していく。


 男も居れば女も居る。巨漢も居れば小柄な者も居る。輪郭はぼやけ顔までは分からない。


 剣を構え、槍を扱き、斧を掲げて彼らは躍り出た。声も無く彼らは敵に突撃し、瞬く間に周囲は大乱戦となる。


 『シェフ! 冗談じゃねぇ、出遅れてるぞ!』

 「お前」


 余りの光景に武者震いしていたティタンの横を、誰かが駆け抜けて行った。

 その後ろを見覚えのある風体の者達が続く。矢張り顔は分からない。


 だがその生意気そうな雰囲気は伝わってくる。

 ロールフ、そしてヴァノーラン。


 ティタンも口の中に残った血の塊を吐き出し、敵を目指した。


 『勝ちたもう』


 耳元で聞こえた声。誰かが寄り添う感覚。


 あぁそうだ。お前はそう言った。俺はお前に報いなければならない。それも俺の義務の一つだ。



――



 打ち合わされる鋼と鋼。空気が震えている。


 青い光が霧を払う。乾いた世界が赤く焼け、さながら夕暮れの荒野のようだった。


 冷たいほどに命の気配の無い世界で、彼らは怒号を上げた。


 「示せ! 己が何者か!」


 今、誰が言った? ティタンは目の前の敵に躍り掛かりながらふと考えた。


 黒金の鎧の重歩兵。大盾に槍を備え、生前はさぞや長く戦列歩兵として務めたのだろう。


 ティタンは突き出された槍を払い、大盾に手をかけた。

 守りを抉じ開けられるの嫌ったか、敵は盾を用いて体当たりを仕掛けてくる。


 敵の盾とティタンの身体が激突する。互いの重量の差は歴然としていたが、ティタンは踏み止まった。


 再度躍り掛かる。再びの槍。

 ティタンは目を凝らした。突き出された槍を、それが伸び切った刹那、竜眼の紋章旗で絡めとっていた。


 驚愕の気配が伝わってくる。ティタンはそれを力任せに引っ張り、極めて強引に重歩兵の体勢を崩した。


 そして敵の首元にするりと刃が滑り込む。


 「(同胞が見ている)」


 無様な戦いは絶対に出来ない。何としてもマトを殺す。


 『時として我等は同胞とすら戦わねばならぬ! だがティタン殿、彼等を解き放て!』


 たった今、隣で戦斧との鬩ぎ合いを制した騎士が言った。

 顔無き彼はティタンへの懇願を終えると新たな敵目掛けて駆け出して行く。


 その戦いは無秩序だった。古今の名だたる戦士達が使命と誇りの為に競い合う。


 新たに荒野の果てから、マトの手勢と成り果てた同胞が現れ。

 紋章旗が打ち震えるたびに、青い光が人型を成して咆哮する。


 同胞が相争う姿のなんと嘆かわしい事か。


 「ゼタぁ!」


 ティタンは怒りに任せて吠え立て、身を横たえて息を潜めていたゼタの許へと戻る。


 全身をマトの力に侵されたゼタは更に壮絶な有様となっている。

 幽鬼の表情だ。この女も最早生きては戻れない。


 「行けるか」


 ゼタは無言で身を起こした。良く見れば黒ずんだその頬は乾燥しきった土くれのようになっており、亀裂が入っている。


 「戦えるな」

 「手を……貸して……」


 ティタンはゼタを引っ張り起こす。立ち上がった瞬間、ゼタはまたもや嘔吐する。

 胃の中にはもう何も残っていないようだった。


 『久し振りだ。マトは嬉しい。マナウの霊界を越えて人間の悲鳴が聞こえる。

  アッズワースもマトの物になる。何処も彼処も、死で満ちている』

 「誰もそれを許しはしない!」

 『許しを乞うた事はない。パシャスにも、レイヒノムにも』


 マトの薄ら笑い。


 『マトとあれらの何が違う? 同じだろう? 何故レイヒノムが良くて、マトは駄目だ?』

 『笑止!』


 青白い燐光を撒き散らしながら、顔無き戦士の一人が吼えた。


 『悪神が愚かな理屈、論ずるに及ばぬ!』

 『戦えティタン! 奴に剣を!』

 『戦士の剣を! その怒りを!』


 それぞれの乱戦を制した戦士達がティタンの許に舞い戻り、得物と盾を構えて円陣を組んだ。


 『我等、盾となる!』

 『同胞を守る、盾となる!』

 『一歩も退かぬ! 一歩もだ!』


 何時の間にやら敵の陣容は様変わりしていた。

 マト自慢の”人形”達は既に出尽くしたのか、なんとも形容しがたい泥の魔物達が周囲を埋め尽くしている。


 それは辛うじて人型を保ち、二本の足で走る、或いは四つん這いで蜘蛛のように動いたりする。


 だが明らかに不完全だ。マトの力は減じている。戦士達は雲霞の如く攻め寄せるそれらを息を揃えて受け止めた。


 「(アメデュー、お前も何処かに居るのか)」


 俺は今、どちらのアメデューの事を思った?


 ティタンは息を吸い込んだ。青い光がティタンに纏わりつく。身を焦がされそうな熱を感じる。


 「シグ、シグ、お願い、もう一度だけ……」


 意識を朦朧とさせたゼタが最後の力を振り絞って小箱を掲げる。

 邪悪な霧を吐き出す呪いの小箱。傍らのティタンを取り巻く青い光がゼタにも伝播し、小箱すら包み込む。


 「え? 今」


 ゼタがぼんやりと呟いた。


 「シグ、なんて、言ったの」


 青い光が膨れ上がった。ティタンは眩いそれに包まれながら剣を握り直した。

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