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ティタン アッズワースの戦士隊  作者: 黒色粉末
猛き風、真紅の太陽
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猛き風、真紅の太陽2


 「アルコン・メンシス、誰が突っ込めと言ったの!」

 「猛りに任せ! お許しあれ!」

 「戯け者! 特別に許すわ! 隊を休ませなさい!」

 「既に一休みしましたので、壁上の弓手達を手伝いたく!」

 「好きになさい! しかしこの後はより辛い戦いになるわよ!」


 承知。と威勢良く返し、褐色の肌の戦士団、アルコン・メンシスの長は踵を返した。彼は団に指示を出し配下達を防壁の上へと移動させる。

 攻撃のみならず弓手達が消費する矢束や投石の補充は常に行う必要がある。そして弓手達の放つ矢が無ければ門を守る戦士達の負担は増大し、直ぐにでも突破されるだろう。


 常に人手が必要とされている。アルコン・メンシスは要塞に貢献する為に早歩きだ。


 大きな焚火の傍で兜を脱ぎ、束の間の休息を取っていたドワーフの戦士長イブリオンが、アルコン・メンシスを見掛けて呼び掛けた。


 「アルコンども! 怒られたな!」

 「抜け目無いドワーフめ! 自分達だけお叱りから逃れおって!」


 ペンドリトン戦士団とアルコン・メンシスの両兵団が互いに示し合わせて敵に攻勢を掛けたのはつい先程の事だ。

 どれ程士気が高くともそれで疲労を消し去れる訳ではない。戦士達は常に予備戦力と交代しながら戦う必要がある。


 彼らはその余裕を作り出す為に攻撃を行った。問題は彼等が遣り過ぎた事だ。


 「考えれば考えるほどに無駄の多い攻撃だったな!」

 「何ぃ? お前も賛成したではないか!」

 「当然だろう!」


 眉を顰めるイブリオンにアルコン・メンシスは堂々と言い返し、階段を上がっていく。


 「我々は攻撃ならば何だって賛成だ!」


 面白い連中め。

 イブリオンは豪放に笑って兜を被り直す。この馬鹿者どもが働くならば、自分達も休憩は終わりだ。


 「ペンドリトン戦士団、戦線に戻るぞ! 酒は持ったか?!」

 『A・Woo!』


 無数の篝火に照らされる要塞門に向けて彼らは歩き出す。鎧を鳴らして周囲を走り回る戦士達は、皆目を血走らせている。


 何人も何人も負傷者が後送されてくる。一人、手当てを行う軍医を押し退けて立ち上がろうとしている者が居る。


 「離せ! まだ何も終わっていない!」

 「せめて血止めをするまで待て!」


 取り押さえる者達も必死だ。苛立ちが沸点に達したらしいその軍医は傷を負った戦士を殴り倒して静かにさせる。


 「死者は驚く程に少ない。……だが痩せ我慢にもいつか限界が来る。何人死ぬか」


 イブリオンは呟いた。門を通り抜けた時、周囲の戦士達が一斉に敬礼する。


 「戻ったぞォ! 酒も入れて気合充分じゃ!」


 ティタンは何処だ? と探すまでもなく、彼はイブリオンの視線の先に居た。


 炎の光に照らされながら最前線で血煙を上げている。今また己が身の丈を越すオーガの腹を引き裂き、臓物を引き摺り出した。


 「あやつ、息切れもせんと戦っておる」


 奴の目の前では強敵が強敵足り得ない。イブリオンは返り血に塗れた彼の姿を見て思った。


 「ふん、大いなる神々はとんでもない男をクラウグスに遣わしたわ」


 燃え盛る木々。闇の中で戦うは不利と、木材に油を塗って火を掛けそれを壁上から投下した。そういった物が戦域には幾つもあり、戦士達はその灯りを頼りにした。


 その一つの直ぐ傍でティタンは吼えていた。その体躯に見合うオーガの太い心臓を高々と掲げ、彼は攻め寄せる魔物達を挑発していた。


 「WoooooAaaaaa!!」


 敵味方の死体が折り重なったその上に、悪鬼の如き形相のティタンが居る。

 彼の雄叫びが伝播し、誰も彼もが人間性を失っていく。野獣の如く敵に躍り掛かり、血とはらわたを浴びる。


 更にティタンは掛かるワーウルフを迎え撃ち、その胸に剣を突き込んだ後力任せに首を圧し折る。

 イブリオンの見間違いで無ければそのワーウルフは黒い体毛をしていた。炎に照らされた艶のある黒。

 今のは正にシンデュラの寵愛を受けし人狼の勇者ではないのか?


 発達した胸筋を切り裂く剣。更なる血飛沫を浴び、ティタンはまた吼える。


 「どうした狼、夜の神の下僕どもめ! 弱くなったな!」


 その挑発に中てられて周囲のワーウルフ達が色めきたった。言葉は通じなくともティタンの嘲りの意味は伝わったらしい。


 「臆病者は去れ! 弱き者は死ね!」


 無数の遠吠え。そして、その身の毛もよだつ魔物達の声よりも尚響くティタンの怒声。


 「強き者だけが、俺に挑め!」


 ワーウルフ達がティタンに飛び掛った。その身体に食らい付き、圧し掛かり、常の狩りの仕方を忘れたような有様である。

 こんもりと一つ小山が出来上がる有様だった。これは拙いとイブリオン達は走り出す。


 「ヴァン・オウル・アッズワース!」


 一人のヴァノーランが槍を扱いて飛び出した。ティタンにむしゃぶりついた一匹を雄叫びと共に突き殺す。

 その背後から更に一人。雄叫びに雄叫びが連なる。


 ティタンは果たしてワーウルフの身体に埋もれる中で、それでも敵を殺していた。


 左手の手甲に一匹を食い付かせ、右手の剣は一匹を貫いている。右の肩口に食らい付いていた一匹に膝蹴りを食らわせて、きゃうんと一鳴きさせる。

 ソイツが身を捩ればしめた物だ。ティタンは右手の剣を貫いた敵ごと打ち捨て即座に予備の剣を抜き、左腕に噛み付かせたワーウルフの喉首に突き込んだ。


 後は惨めに鳴いた一匹の頭蓋を真正面から叩き割る。獣の俊敏な動きは人間のそれを遥かに上回るが、しかしティタンは身を捩る事すら許さなかった。

 彼の剣は肌が泡立つほどに速い。


 「はー、あの若造」


 ティタンの窮地に掛け付けようとしていたイブリオンはあんぐりと口を開けた。あの男の首や腕の筋肉は、ワーウルフの牙よりも太くて屈強らしい。


 「……押し返せェ! ペンドリトン此処にありィ!」


 このままではこの伝説の戦いはティタンの一人舞台になってしまう。イブリオンは兵達を押し分けて敵と切り結ぶ最前線に躍り出た。




 閃く鋼、翻る爪と牙。

 身を屈めた戦士が腰の捻りで戦斧を振り上げ、オーガが隆々とした肉体を見せ付けるように両手を広げる。

 男が目を潰され、ゴブリンが首を折られる。喉を食いちぎられる女、それと相打ちになったワーウルフ。


 誰かが死体に足を取られて転倒した。それを庇って飛び出す戦士。

 弓手達の矢が降り注ぎ、ペンドリトンは整然と大盾を揃えて敵を押す。

 ディマが檄を飛ばす。ワーウルフが吼えている。各指揮官達の声が遠い。


 ヴァノーランは戦い、ティタンは血を浴びている。口の中に入った魔物の血をべ、と吐き出し、笑う。

 パシャスの巫女が腕を一振りし、水の奇跡が走った。水は蛇の如くのたうち、敵を打ち据える。水の鞭が一際大きなオーガの下顎をもぎ取り、血と肉片を撒き散らす。何処かで歓声が上がる。


 「イヴニングスタァァー!」


 宵の明星。ディマの号令で彼らは盾を揃え身を屈めた。炎の向こう側、無数のオーガが走ってくるのが見えた。


 牙を鳴らし、肩を前に突き出し、他の魔物達を弾き飛ばしながら。

 雪崩の異名を思い出す。しかしディマは雪崩を毛ほども恐れていない。


 「死ねば昇れるぞ! あの星に!」


 イヴニングスターと炎を掻き分けて来た新手のオーガ達は激突した。最前線で大盾を突き出していたディマは木端の如く弾き飛ばされ、後列の兵達に受け止められる。

 彼らは一歩も引き下がらない。少なくともその気は無い。

 膂力や体格、体重でこの鬼達に敵う筈も無い。これを押し留めようとするならば兵士達が一塊の肉の壁となるしかなく、ディマは当然のようにそうした。


 オーガに押し捲られ圧死する兵が続出した。血と吐瀉物を吐き散らし、敵を睨み付けながら彼らは死んだ。

 その屍の陰から後列の兵達は鋭く突いた。首、心臓、でなければ太腿。激しい出血を狙えるならば何処だって。


 「次の剣を寄越せ!」


 ティタンが怒鳴った。彼は牡鹿の剣を温存しており、予備の三本はあっという間に駄目になっていた。

 ヴァノーランは戦死者から剣を借り、それをティタンに放り投げる。今正にワーウルフと組み合っていたティタンは頭突き一発相手を怯ませ、飛んできた剣を受け取って突き殺した。


 死体の海が広がっている。ティタンはそれを踏み付け、邪魔な敵を端から突き殺し、イヴニングスターに襲い掛かるオーガ達を目指した。


 「ディマ!」


 兵達に守られたディマは血と共に折れた歯を吐き出した。オーガに痛烈に殴られたらしい。


 「奥歯を折られただけだ!」

 「歯だけで良かったな!」


 あの怪物に殴られたなら普通は首が折れている。

 頬骨を砕かれた様子も無い。運が良い。ティタンはオーガに襲い掛かりながら言った。


 「お前には武運があるぞ!」


 ディマの返答は雄叫びだった。



――



 激戦は続く。時に押し、時に引き、皆粘り強く戦い続けている。


 矢張りディマの存在は大きかった。彼の戦歴や実力は周知の物であるし、彼の声には人を奮い立たせる不思議な魔力があった。

 彼が最前線で声を張り上げているからディオは後方での指揮に専念出来る。


 「ティタン、負傷したそうね」

 「これの事か?」


 あちらこちらに人を走らせまくるディオ。

 彼女は激戦となっている門のみならず、周囲に散って敵を引き付けている精鋭達の状態すらも把握していた。門前のティタンの事など知っていて当然だった。


 ティタンが見せたのは穴の開いた手甲と鎧の肩口だ。ディオの従卒から水を受け取り、凝固した血を乱暴に洗い流すと、其処には傷一つ無い。


 「見えるか?」


 言いながら、ディオに近付く。ディオは本当に無傷なのを確認すると首を傾げた。


 「ワーウルフに気前良く噛み付かせてやったと聞いたのだけれど」

 「パシャスの加護だ。致命傷を負わん限りは癒えるらしい」

 「それはまた……素晴らしい加護だわ。でも慢心しては技が鈍るわよ」

 「気を付ける。それで、俺達を下がらせた理由は?」


 全てのクラウグス人が羨むだろう女神の寵愛を二人はそれのみで流した。激戦の空気に脳が痺れ、誰の感覚も麻痺していた。


 ティタンは水瓶ごと持ってこさせ、適当に顔を洗った。刺すように冷たい水が火照った身体に心地よい。

 どうせ、また直ぐに血を浴びる。丁寧に洗い落としても無駄だ。


 「南よ。アッズワースから南方の一帯にもやのような物が掛かり、星が見えなくなっている」

 「煤色の霧」

 「それもかなりの広範囲に。パシャスの戦士の一団が決死の覚悟で其処を抜けて来たのだけれど、マトの下僕によって半数を失ったそうよ」

 「狙いは援軍の足止めか。まさかアッズワースを越え、クラウグスの国内にまで魔手を伸ばして居るとは」


 数ヶ月前シャーロスは言っていた。クラウグス各地にて悪神の信徒達が蠢動していると。

 今更何処で何が起ころうと怯みはしない。


 「まさか南に向かえと?」

 「相談がしたかったの。女神パシャスにこれを解決する方法があるのならば……」

 「……今、パシャスは本気だ。敵と味方の双方に自らの実力を知らしめる為、出し惜しみはしないだろう」


 ならば、とディオが言い掛けた時、ある男が現れた。


 ティタンにとってはかなり久しぶりに見る顔だった。こけた頬に走る傷とぎらついた目。

 ケイロン・フェイオーだ。ノースウォッチレンジャーズの指揮官ケイロンは、矢張りこの戦いに於いても過酷な任務に従事している。


 「指揮官殿、遅くなった」


 荒い息を吐きながらディオに敬礼するケイロン。全身血塗れで猛烈な悪臭を放つティタンを見て眉を開く。


 「ケイロン、久しぶりだな。死んだと思っていた」

 「死ぬなら奴等に思い知らせてからだ。……似合うぞ、血に塗れたその姿」

 「ふ、まだ足りない」


 ケイロンは疲れ果てた笑みを返すと、ディオに丸めた羊皮紙を差し出す。


 「オーガの一部を誘引し、引き剥がす事に成功した。ディオ殿が懸念していたアットリア沼地の群れだ」

 「矢張りレンジャーズ! この闇夜の中でそれが出来るのは、貴方達以外には居なかったでしょうね」

 「普段はゴブリンどもの繁殖地になっているが、そいつらの殆どはオーガに食い殺されたようだな。……良いか悪いか、判断に困る」

 「レンジャーズはどの程度で戻れるの?」

 「手筈はいつも通りだ。適当に掻き回して……」


 ケイロンを始めとするノースウォッチレンジャーズは敵を撹乱している。それも夜の闇の中で、可能な限り損耗を抑えながら、粘り強く。

 これは例え厳しい訓練を積んだ戦士を揃えたとしても難しい任務だ。ノースウォッチレンジャーズの練度が垣間見える。


 ディオに簡潔に報告したケイロンにティタンは笑みを零した。


 「タフな男だ。お前達が居て良かった」

 「お前こそ、戦神ラウも喝采する戦い振りだそうだな」

 「俺だけじゃない。全ての戦士達はそれを目指す。歴史に名を残し、祖国を護る為に」

 「ん、以前と比べて毒気が抜けたか?」


 ケイロンは其処で軽口を止め、ディオに新たに進言した。


 「指揮官殿、経験則だが恐らく猛吹雪になる。戦士達は更に体力を奪われるだろう」

 「……戦いの準備は万全とは言えないわ。休息を取っている兵には追加で防寒具を支給しないと」


 ディオはちらりとティタンに目を遣る。


 「薬や装備など、貴方と貴方の友人の御蔭で商人達は極めて協力的だったわ。彼等を当てに出来るかしら?」

 「友人とはソーズマンの事か? ……あぁ、奴に一声掛ければ必要な物を揃えてくれるだろう」

 「ではそうする。泣き言を言う暇は無いわね」


 熾烈な牙傭兵団はディオの指揮下と要塞内の防備、両方に戦力を出している。

 パシャスは再度要塞内部へ奇襲があると考えており、備えを必要としていた。そしてそれは彼女の信徒達だけでは到底足りなかった。


 上手く戦力を温存したなどと陰口を叩かれているが、ソーズマンも戦いの時を待っている。


 「……指揮官殿、朝まで保つだろうか」


 ケイロンは今も怒号と悲鳴の轟くアッズワースの北門へと視線を遣った。

 魔物達の動きをつぶさに見てそれを撹乱してきたケイロンだ。どれ程の脅威が要塞に迫っているのか彼はよく知っている。


 ディオは眉を顰める事も胸を張る事も無く、ただ自然体だ。余裕が無くても余裕に見せる。ディオは名指揮官だ。


 「時間稼ぎの準備はしてある。ケイロン殿、私を信じてくれるわね?」

 「すまん、愚かな質問をしてしまった。レンジャーズ総員、北での戦いの雪辱を晴らす為に命を惜しまない」


 ケイロンが敬礼を捧げた時、女の声がした。


 見ればケイロンの娘であるキラン・フェイオーが松明を持って走ってくる。

 戦いの地アッズワースでは珍しく学習塾を開いていた女で、ティタンやオーメルキンも字の習得等世話になった事があった。彼女の金の髪を見るのも久し振りだ。


 「父さん!」

 「キラン! 馬鹿者、何故来た!」


 抱擁し合う父と娘だったが、ティタンは猛烈な悪寒に襲われた。

 背中だ。戦いの前、パシャスに口付けられた場所が酷く熱く、其処から不愉快な感覚がざわざわとうなじに昇ってくる。


 ティタンは怒鳴った。


 「そいつから離れろケイロン!」


 誰もが攻め寄せる敵との戦いに意識を割いていた。パシャスの巫女達もティタンの許を離れ、それぞれの義務を果たしている。

 指摘する者が誰も居なかったのが拙かった。


 ケイロンが訝しげな顔をした瞬間、彼の娘キランはがぱりと大口を開け、ケイロンの肩に食らい付いた。人間の顎では到底無理な口の開きだった。

 歯は鎧を易々と貫通した。余りに唐突な事でケイロンはそれに反応出来なかった。


 「な」


 ディオが唖然とする。彼女の護衛達も突然の事態に動けなかった。ティタンは既に剣を抜き、走り出していた。

 ケイロンは自分に噛み付いたキランに目を白黒させ、身体を捻った。


 「アングイビ!」


 ティタンは怒りの声と共にケイロンを襲ったキランを貫いた。ケイロンの身体が邪魔になり、一撃必殺とは行かなかった。

 だがケイロンが我に返るには充分だ。彼はキランを引き剥がし、力任せに近くの家屋の壁へと叩き付けた。


 「馬鹿な、馬鹿な」


 ケイロンはキランを拘束しながらカチカチと歯を鳴らす。


 「俺の娘を、馬鹿な、そんな……」


 ケイロンの目の前でキランの顔が見る見る溶け出す。げらげらげら、とおぞましい笑い声を上げ、尖った牙を曝け出して笑う。

 途端に猛烈な腐臭が立ち込める。ディオが唇を噛み締めた。


 アングイビは殺した人間の面を剥ぎそれに成り代わる。ならばキランは、そう言う事だった。


 「殺したのか、俺の娘を……! 殺したのか貴様! あぁ?!」

 「頭を潰せ、ケイロン」


 アングイビは尚もげらげら笑っている。ケイロンはナイフを抜き、目を狙った。

 それは眼窩の奥深くまで貫いた。糸が切れたように倒れこむアングイビ。


 ケイロンは何も言えないようだった。ただアングイビの死体を見下ろした。


 ディオが痛ましげに声を掛ける。


 「ケイロン殿、肩を……焼かなければ。呪いが入り込むかも」


 言いながら部下の一人に目配せし、その部下は軍医を呼ぶ為に走る。

 ティタンはケイロンの肩を抱き、言った。


 「……この戦いを切り抜ける事が出来たなら、パシャスの信徒達はキランの亡骸を探し出すだろう」


 骨も残さず食われていなければ、だが。

 その言葉は言わずに置いた。


 唖然としていたケイロンの表情は、諦念のそれへと変化していた。

 彼はアッズワースで最も過酷な任務を任されて来た男の一人だ。人が如何に簡単に死ぬかよく知っている。

 だが、言わずには居れなかったのだろう。


 「神よ、何故俺でなく、娘を」


 軍医に連れて行かれるケイロンを見送り、ティタンは歯噛みした。


 「直ぐに兵達に指示を。恐らくはマトの攻勢が始まっている」

 「巫女様方は?」

 「動いている筈だ」


 馬に乗った巫女スワトが現れたのはその時だった。


 「ティタン様! マトの下僕どもが現れました! 神殿の戦士達は既に戦いを始めています!」


 ティタンは首筋にちりちりと焼けるような感覚を覚えた。壁上を見上げれば夜空にぼんやりと浮かび上がる青白い光が見える。


 裂けた口に浮かぶおぞましい笑み。捻じ曲がった爪と牙。髪の長い女の姿。

 レイスの群れだった。壁上の弓手達を狙っている。パシャスの信徒達がそれに気付かない筈は無く、既に対応を始めているようだった。


 途端にディオの許に伝令が集まり始める。


 「……これは、好機よ、ティタン」


 ディオは飛び込んでくる報告に焦りを滲ませながらも言った。

 これまでアッズワース要塞は果敢に戦ってきた。如何にマトの手勢が悪辣であろうと、無限に居る訳ではない。


 マトに残された戦力は少ない筈だ。そうであってくれと言う願望もあったが、ディオは妙に自信があった


 巫女スワトが下馬し、ティタンの前で跪く。


 「ティタン様、今こそ報復の時かと」


 スワトの言葉は震えていた。ティタンは虚空に向けて怒鳴った。


 「パシャス!」

 『……聞こえたぞティタン、感じたぞマトの下劣な気配。行け、その時が来た』

 「シンデュラは!」

 『あぁ、引き続き、我があの若造をあしらっておいてやる』


 ティタンは次にディオを見た。


 「任せなさいな。アッズワースを焼き尽くしたとしても、奴等を殺して見せるわ」


 ティタンはスワトが乗ってきた馬に跨る。


 「スワト、アバカーンを助けてやれ」

 「は!」


 周囲の兵達が敬礼を捧げる。胸に拳を叩きつけてそれに応え、ティタンは馬を走らせた。



 風も、雪も、強くなってきた。吹雪になる。

 身を切るような寒さだが、しかしティタンの身体の火照りは一向に冷めない。


 筆頭は言った。勝ちたもう、と。


 「殺してやるぞ、マト。何と引き換えにしてもだ」

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