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戦闘準備3


 ヴァノーランの誰にも、傷付き、疲れ果てた誰にも、深い眠りが訪れる筈は無かった。



 アーマンズは暖炉の前で椅子に座りじっくりと右手を見下ろす。アーマンズの手からは小指がばっさりと失われ、今もじくじくと熱を持って痛む。


 指が欠けていては剣を振るのは難しい。小指の抑えが無ければ。

 アーマンズの本領は弓である。だがそれでも自分の戦士としての力が損なわれたのを感じると、切なくなる。


 「アーマンズ……」


 振り返ればオーメルキンが階段から降りて来た所だった。


 「メル、神殿に居ると聞いてたが」

 「一旦戻ってきたんだ。


 煤色の霧による衰弱激しかったオーメルキンは北での戦いに参加しなかった。ヴァノーランが屋敷を空にする間神殿に匿われていたのである。

 状況は変わった。パシャスの信徒達はマトへの反撃の準備を進めている。


 彼女はアーマンズの手を痛ましげに見る。それに対する返答は不敵な笑みだった。


 「俺は軽症だ。問題ない」

 「……弓は?」

 「引ける。引いてみせる」


 オーメルキンはアーマンズの隣に座り、傷から目を逸らすように暖炉の火を見つめた。


 「まだ信じられない。皆がこんな一度に沢山居なくなっちゃうなんて」

 「俺達には葬儀の準備をする余裕すら無い」


 まるでロールフが呼び水であったかのように一度に沢山が死んだ。二十数名のヴァノーランは半減した。

 残った半数も大なり小なり傷を負っている。これは他所と変わらない。今もヴァノーランの屋敷では懇意にしている医者が不眠不休で隊員達の治療に当たっている。


 「こんなモンだ、俺達なんて」


 アーマンズの言葉は冷たかった。


 「誰も長生き出来るなんて思っちゃ居ないさ。俺はいつかこんな日が訪れると思ってた。

  ……予想より少し早かったが」


 だがまだ、まだだと、アーマンズは唸った。


 「それでも、まだ何も終わっちゃいない。俺達はまだ戦える」


 狂気を孕んでいた。オーメルキンには目もくれず、ただ揺れる火を見詰めていた。

 疲労の抜け切らない体は酷く重たく、其処彼処の間接が奇妙に熱く、痛みを訴えていたが、そんな事は何の問題にもならない。


 敵は来る。今も迫って来ている。アーマンズの脳裏にシンデュラの嘲笑いとザウの遠吠えがこびり付いて離れない。


 奴等と戦う。恐らく死は免れまい。勝利か敗北かは、俺達ヴァノーランに取ってはどうでも良い。


 「見ていてくれよ、ロールフ、ヴァン・オウル・アッズワース。同胞に、忠誠を」


 元々そんな大層な人間ではない。惜しむ物など持ってはいない。

 それでヴァノーランの名声を守れるのであれば、自分を価値ある人間だと思い込めるのであれば、命程度幾らだって投げ出してやるとも。


 「忠誠を」


 オーメルキンがぽつりと返す。アーマンズは酒を呷って右手の痛みを誤魔化した。他のどんな傷より、右手が疼いた。



――



 雪が止んだ。夕暮れが近付いていた。ティタンは崩れた家屋の残骸や道具の散乱する職工街を歩いた。


 目的地は鍛冶師ミガルの工房だ。ミガルは半分倒壊した工房の中で鬼気迫る形相で何やら漁っていた。

 火を掛けられた一帯にあり、ミガルのねぐらは何もかも使い物にならなくなっている。彼女は怒りに燃えていた。


 「……おや、勇者様。笑えるだろう? 御覧の有様さ」

 「……俺の隊の装備を修理して貰いたい。どうだ」

 「御覧の有様だと言ったろう。こんなんじゃ、何も出来やしない」

 「仕事場ならディオに掛け合う。必要な物は揃えてくれる筈だ」


 ソイツは良い! ミガルは大笑した。燃え落ちた我が家を前に半ば自棄になった笑い方だった。


 「鉄! 金床! 砥石! あぁもう良い、兎に角何でも持ってきな! クソのマト、クソのシンデュラめ!」

 「お前の怒りは正当な物だ。だが怒りに任せて適当な仕事をされては困るぜ」

 「この一年アンタの剣を研ぎ、鎧を誂えてやったのは誰だ? 冗談でもこのミガルを侮辱するんじゃないよ!」


 ティタンは満足気に頷いた。ミガルには何の問題も無いらしい。


 「だがティタン、アンタもついてないね」

 「……何故だ?」

 「慰霊碑の話さ。漸く必要な石材が揃ったってのに、こんな有様だ」


 ティタンの依頼でミガルが補修を続ける慰霊碑は、漸く石材の都合が着いたと言う有様だった。

 その分周辺の壁や古い紋章の修繕などは済んでいるが、それだけだ。大して広くない敷地とは言え作業するのはミガルだけで、遅々として進んでいない。


 ティタンは少しも気に留めた風ではなかった。


 「その事は、今回の件を切り抜けてから考える」

 「切り抜けられるのか?」

 「奴等を殺すのは絶対だ」


 ミガルは唸った。ティタンの言う奴等、とは広義的過ぎてミガルには口を出せなかった。


 「……親戚に使いを出しといた。もし、切り抜けられなかった時の為にね」

 「遺言か」

 「それに近いさ。……慰霊碑だよ。もし何もかも駄目だったとしたら、仕事を引き継ぐ奴が必要になる」

 「勝てない時はアッズワースが滅ぶ時だ。慰霊碑を建て直す機会は永遠に失われる」

 「ふん、分かんない奴だね。たとえアンタやあたしが死んでも、誰かがそれを覚えている物だろう?

  アッズワースが滅んだとしても、クラウグスはいつか必ずそれを取り戻す。あたし達が駄目でも、いつか必ず誰かがやってくれる」


 どきりとさせられる台詞だった。人間はそうやって、多くの物を古より受け継いできた。


 ミガルがこんな諭すような事を言うのは滅多に無い。

 ティタンが訝しげにしていると、ミガルは変な顔をした。


 「三百年の間寝てたらしいね。だがクラウグス北部の人間は、誰もアンタの伝説を忘れちゃ居なかった。アンタは不満そうだったが」

 「半年ほど前まで要塞には失望していた」

 「なら最近はどうだい?」


 ミガルは職業柄戦う者達と深く関わる。包丁や鍋などの民生品に関わる鍛冶師も当然多いが、ミガルはここ最近は専ら武器や鎧だった。


 彼女は多くの鋼と向き合ってきた。彼女には人々の変化が良く分かった。


 「誰も彼もが研ぎ澄まされていくのがよぅく分かったよ。皆して自分こそ英雄だ、戦士の中の戦士だと信じきって、それだけを頼りに戦い抜いた。

  これがクラウグス人の真の姿だと言うなら不安も吹き飛ぶさ。記録さえ残しておけば慰霊碑も甦るだろう。あたしは今、この要塞の一員である事が誇らしい」


 ティタンは口端を歪めて見せた。


 「……参った。だが、俺はこの戦いを他所の誰かに任せるつもりは無い」

 「上等じゃないか。出来ればあたしも仕事の途中で死にたくない。あそこまで手間を掛けちまうとね」


 慰霊碑の事だろう。


 「愛着が湧いてきた。……あたしだけに、やり遂げさせてくれ」

 「全力を尽くす」


 ティタンはミガルに羊皮紙を投げ渡す。ディオへの紹介状だった。


 「勝利出来たなら、石を増やそうと思うのさ」

 「ふん?」

 「真に名誉ある連中の名を其処に刻むんだよ。きっと一生の内で、最も自慢出来る仕事になるよ」



――



 この危機に魔物と戦う神は何もパシャスだけと言う訳ではない。


 偉大なる神々は様々な地、様々な人物に加護を与えている。特に主神たるレイヒノムの威光は大陸の隅々までを照らす。

 レイヒノムは言わずと知れた人間贔屓の神だ。クラウグスに闇が忍び寄る時、レイヒノムは必ずその雷の力を人々の為に振るった。


 今このアッズワースで、レイヒノムの勇者、黄金の聖印を賜りし者、シュラムは、正にその代行者である。


 「よくもまぁこれだけの首を刈り取ってきた物だ」


 北門付近、兵士が行き交う道端に、ティタンの身の丈を越す程の首塚が築かれていた。

 内容は何でもだ。矢張りゴブリンなどが多いがこれを行った者達は首の内容に全く頓着していないようで、オーガの首なども無差別に積み上げられている。


 悪臭を放っていた。この魔物達の恐怖に歪んだ無残な死に顔は、打ちのめされた戦士達の溜飲を下げ、また戦意を高めた。


 首塚の横には瓦礫に腰掛けるシュラムと、彼に従うレイヒノムの神官戦士達が居た。


 「罪滅ぼしだ」

 「何か悪事を働いたのか?」

 「正しい事を、そのまま善行として受け入れられない事もあるのだ、ティタン殿。……言ってしまえば自己満足だ」


 シュラムは返り血で凄まじい有様だった。鎧も法衣も聖印も、乾いた血がこびり付き凄まじい臭気を放っている。

 臓物や糞便の臭いもする。慣れ親しんだ臭いだ。シュラムは相当の激戦を、何度も立て続けに繰り返していた。


 「谷間の険しい道を使った。レイヒノムの加護ぞある。魔物達の鼻を誤魔化し、背後を突き、殺して殺して殺しまくった。

  討ち捨てた首も多い。此処に積み上げてあるのはほんの一部に過ぎん」

 「……お前達やアバカーン達の献身で要塞は持ち応えている。感謝する」

 「一休みしたらまた出る。……罪滅ぼし、とは言ったが、我が神レイヒノムの名声を高める良い機会なのでな」


 罪滅ぼし。クアンティンの画策の事だろう。ティタンは苦笑した。


 そのような事より、新たな武功話を積み上げようと言う発言の方が快い。


 「シュラム、お前こそクラウグスの戦士の規範だ」

 「…………それは、誉め殺しだな」


 手放しの賞賛にシュラムは意表を突かれたらしい。

 暫し積み上げられた首を見詰め、彼は唸った。


 「ティタン殿、これは恐らく余計な世話だろうが」

 「何だ」

 「クラウグスは今、安定期と呼べる状態にある」


 唐突な内容だった。シュラムは彼なりに熟考した上でティタンに忠言を与えてくれるらしい。


 ティタンは片目だけを器用に細める。


 「アッズワースが抜かれたら誰もその言葉には賛同しないだろうな」

 「それとはまた別に考えてくれ。ここはティタン殿が嘗て生きた厳しい大地とは違う」


 ティタンは遠くの山を見た。曇天の空の下には雪と風の吹き付ける大いなる山脈が聳え立つ。


 何も変わりはしない。アッズワースは今も厳しく、……そして美しい。


 「そうかな」

 「平和、安寧は尊い。俺もその価値を知っているつもりだ。だがその中では人は退化するのだ」

 「何が言いたい」

 「……すまん、回りくどくなった。何と言った物か俺も上手く纏められん。ただ……今このような時にこそ、俺やティタン殿のような時代遅れの骨董品が必要だ」

 「ハハッ!」


 ティタンは破顔した。これほどの戦士が自身を卑下するとは何とも滑稽だった。


 「以前共にアークオーガを討ち取った時、俺は思ったよ。ティタン殿は辺境でしか生きられぬ。そして何処にでも一定数、そう言った者が居るのだ」

 「存分に言えよ。俺は傭兵だ、無頼者扱いは慣れている」

 「それとはまた違うのだが……」


 どうやらティタンは自分で思っていたよりもずっとこの勇者に好かれていたらしい。

 シュラムは自分を慮っているようだ。悠然とした掴み所の無い態度の裏側から奇妙な好意を感じた。


 「さっき俺の尊敬する鍛冶師と話をした。ソイツは何の不安も持っちゃいなかった」

 「剛毅な事だ。どんな者も迫る強敵を前に平静では居られんのにな」

 「俺や……そして事情なんか知らないが、或いはお前が骨董品だったとしても、皆その骨董品の話を忘れて居なかったと」

 「……そうだな。言われて見れば同意できる」


 気付けば周囲で足を止めて自分達を見ている者達が居た。傷付きながら更なる戦いに備える兵士達だ。


 パシャスとレイヒノム、二柱の神の勇者が揃い、何事か話し合っている。注目されるには充分だった。


 ティタンは彼らを見回して言った。


 「見ろよ。疲れ果て、肩を落とし、敗残兵のようで、だが戦いに備える男達を。

  三百年前と何も変わっちゃ居ない。此処はクラウグス。此処は、アッズワースだ」


 泥まみれで格好が付かず、装備も満足ではない。だが負けはしない。


 シュラムは首を鳴らした。一本取られたと言う様な笑みを浮かべていた。


 「アッズワースは甦った。クラウグスは強いままだ。今では俺もそれを信じる事が出来る。ならば今度こそ、巷に溢れている娯楽小説のような物じゃなく、本物の伝説を打ち立ててやる」

 「……ティタン殿は、既に伝説だ」


 ティタンとシュラムは拳を打ち付けあった。そしてティタンはその拳の臭いを嗅ぐ。矢張り猛烈な臭気だ。


 「次の出撃は遅らせて休息を取れ。水でも浴びて火照りを覚ますんだな」


 シュラムはうむむと唸った。



――



 政庁は今や湧水の魔法戦士団の管理下にある。無理も無い。

 この、嘗てアッズワース要塞の最重要施設だった場所の地下では、今も悪神マトの領域に繋がる暗き穴が開いたままになっていると言う。


 シャーロスはマトへの逆襲を狙い、穴を確保した。閉じぬように不可思議な力で細工をし、其処から溢れ出ようとするマトの影達は湧水の戦士達が封じ込める。


 只管に危険で労力を必要とする行いだ。しかしマトと戦う千載一遇の好機を掴む為、シャーロスはその判断をした。


 「貴公を通して良いとは伺っておらん」


 ティタンは完全武装の湧水三名と睨み合っていた。その背後には政庁地下牢への入り口を守るため、更に二名が待機している。


 彼らは一様に恐ろしげな目付きをしていた。闇の中を這うクラウグスの影の影。

 こうして相対してみると今まで感じた事の無い、戦士とは別種の凄味があった。


 「俺が無分別にシャーロスを殴りつけるとでも思っているのか?」

 「やりかねんように思える」

 「話がしたいだけだ」


 実はティタンは政庁に入る時も一悶着起こしていた。門の警備についていた湧水と激しく睨み合い問答になった。

 結果として中には入れたが……矢張り湧水達の警戒は深い。


 「……分からぬな。貴公の事がずっと気になっていた。聞きたい事があったのだ」


 地下牢入り口を警備する湧水の中で最も位が高いらしい女が唐突に切り出した。


 ティタンはハッキリと拒絶の感情を表す。


 「出来ればお前達を相手に時間を無駄にしたくない」

 「無礼な。理解出来ぬ振る舞いだ」

 「何が理解出来ないって? 自分が誰からも尊敬される素晴らしい人物だとでも勘違いしているらしいな」

 「あぁ、貴公のするような物言いには慣れている」


 悪意や敵意よりもまず、困惑があった。

 その湧水の女の表情や雰囲気など、彼女が隠し通す気であればティタンには分からないだろうが、彼女は存外素直に言葉を吐き出す。


 「貴公、ティタンなのだろう。正に神々の時代、神話の戦いを、クアンティン様の御威光を目の当たりにした戦士の筈だ」

 「だったら俺が無条件で彼に従うとでも?」

 「何故今になってあの方のお考えに賛同してくれぬ? あの方は必要な事を必要なだけ行う」

 「隠し事をしたのは彼だ」

 「それも必要な駆け引きだった」


 ティタンは鼻を鳴らした。


 「糞食らえ。俺達がする駆け引きは鋼と鋼のそれだけだ」

 「何を話しても無駄か」

 「話ならシャーロスとする」


 再びじっくりと睨み合う。やがて湧水は踵を返した。


 「来い」



 彼女に先導されて地下牢へと降りる。案内が必要な訳も無かったが、彼女はティタンから目を離す気は無いらしい。


 地下牢では十数名の湧水の魔法戦士達が休息を取っていた。彼らは”穴”を通って出てくるマトの手勢と戦い続けている。


 そしてシャーロスは暗闇の前に居た。レイスを操って此処まで辿り着いた先日の牢、カステヤノンが縛り付けられていた場所だ。

 それは闇としか言い様が無かった。狭い牢の中が、只管何処までも続く闇に閉ざされていた。


 「ティタン、そなたが近付いてくるのを感じていた。……ジゼル、そなたも少し休むがよい」


 シャーロスの言葉を受け入れたのかどうか、湧水の女はシャーロスの傍に控えむっつりと黙り込む。


 「この穴は私に任せておけばよい。時至らばティタン、そなたが戦士達の魁となりこの穴を進軍するのだ」


 シャーロスは蒼い燐光を身に纏っていた。ぱらぱらと零れ落ちる花弁のような、或いは水辺に舞う蛍のような光。

 ティタンはその光に見覚えがある。三百年前、黒竜との戦いでは至る所でこの青い光を目にした物だ。


 「その光には見覚えがある」

 「……私に力を貸してくれている」

 「死者達は未だにアンタを信じている」


 シャーロスはローブを脱ぎ、仮面も外していた。美貌に汗が落ち、噛み締めた唇には血が滲んでいる。

 眼前の闇目掛けて手を翳し、呪文を唱える。マトの領域に繋がっているらしいその闇の穴の奥底から、何かの呻き声が聞こえる。


 この無限の闇と相対する。それは、どれ程の重責だろうか。


 「……小箱は俺達が確保した。もう二度とアンタの手には戻らない」


 シャーロスは振り返らぬまま大きな溜息を吐いた。どうやら苦笑しているらしかった。


 「ティタン。確かに私には出来ただろう。カステヤノンの蠢動を防ぐ事が。

  だが……以前も言った通りだ。小箱を見失いたく無かった。叩ける時に叩かねば。

  次の機会が必ずあるなどと、どうして考えられる? 私には責任があった」

 「アンタは常に正しい判断をしてきたんだろう。だが敢えて今回結果だけを見れば、アンタと湧水の選択が今の窮地を生み出した」


 否定できまい? ティタンの物言いに全ての魔法戦士から鋭い視線が返される。シャーロスは矢張り苦笑している。


 「もう良いだろう、平行線だ」


 そう言ってティタンは小さな背中を見詰めた。


 「ならば何故此処に来た? 私と話したいのだろう」


 無言を返す。ティタン自身、何と言ってよいのか分からなかった。


 マトの領域に引きずり込まれる前、彼と話した時はとても冷静ではなかった。それでも激発するまでは言葉を選んでいたように思う。

 彼と決別する事は正しい事なのかどうか。我侭なのは俺か、それとも彼か。


 彼の周囲を漂う蒼い光に目が吸い寄せられる。あの光を忘れる筈が無い。


 「今も詩に、壁画に、書に残る。その光が齎した伝説が。その光を引き連れて、俺達の魁となった英雄が」


 今度はシャーロスが無言になる。ティタンが言うのは竜狩りケルラインの伝説に他ならない。


 「彼は、どんな風に俺達のケツを蹴っ飛ばしたんだったかな」


 ティタンは昔の事を思い出した。


 『旗を追え。我が背に続け』


 彼は確かそう言っていた筈だ。大きく重たい祝福された斧槍を掲げ、そしてそれに括り付けられた竜眼の紋章旗は風も無くたなびいた。

 彼が雄叫びを上げ、戦え、戦えと号令する度に、蒼い光が周囲を舞った。地に倒れ伏した戦士達の骸からそれは現れ出で、”顔無き者”として戦列に加わった。


 あの戦いで名誉ある死者は、死して尚蒼き光へと変じ、同胞の為に尽くした。

 何処かに転がっていそうな、安っぽいお涙頂戴の御伽噺。誰が馬鹿に出来る。あの戦いは正にその御伽噺だった。


 そして多くの戦士達をクアンティンは見守っていた。どんな惨い死に様からも彼は眼を背けなかった。

 彼の前で死ぬのは名誉だと、ティタンですら信じていた。


 「クアンティン陛下」


 厭味でそう呼んだつもりは無かった。ティタンはいつもの皮肉も言わず、素直な気持ちを伝えた。


 「変わってしまったと言うなら、昔のアンタに戻って欲しい。

  マトを倒した後は小箱を浄化する。同胞の魂は解き放たれ、今度こそウルルスンの許に向かうだろう」

 「私に何を言わせたいのだ」

 「それで良いと言ってくれ。クラウグスは戦士の国だ。流血と研ぎ澄まされた鋼こそがクラウグスの掟だ。

  アンタが真に恃むべきは小箱などではない、鍛え抜かれた戦士達だ。

  …………自分でも頭の悪い事を言っているのは分かる。だが、もう一度アンタを信じたい」


 クアンティンはまたもや黙り込んだ。ティタンのように、昔を思い出しているのか。

 彼の周囲を漂う蒼き光、古から彼を信じ、守り続ける英霊達の魂の輝きに、何を思うのか。


 やがてクアンティンは静かに応えた。


 「そなたに任せる」

 「陛下」

 「もう陛下ではない。だが、私はクアンティンだ。

  ……矢張りそなたは変わらぬままだ。そなたは朝露に濡れる刃のように眩しい。

  私を導いてくれ、ティタン。ケルラインのように」


 ティタンは視線を伏せた。気付かぬ内に拳を握り締めていた。

 踵を返し、来た道を戻る。


 心残りは無かった。



 去って行く足音を聞きながらクアンティンは湧水の魔法戦士達に告げた。


 「済まぬな、皆の者」


 直ぐ傍に控えていた湧水、ジゼルは、跪いた。


 「御心のままに」



――



 日が落ち始める。曇天のせいもあり、既にアッズワースは暗闇に覆われつつある。


 夜からはティタンも戦うつもりだった。夜は魔物の時間だ。必ずや襲撃があると見てディオは準備を進めている。


 準備は万全とは言えない。北から戻った戦士達が再び立ち上がるまでの時間を稼がねばならない。


 戦える者が戦わねばならない。そしてそれはティタンに取っては望む所だ。


 「どうした、死に損ないども。今すぐ戦いたくて仕方が無いって顔だな」


 ヴァノーランの屋敷に戻れば生き残り達は暖炉の火と酒を奪い合っていた。備蓄の肉を賭けて投げナイフで勝負している者も居る。


 下働きの者達には暇を出した。今頃はアッズワースを出て南に避難している筈だ。そういった者達は少なくない。戦えないなら、邪魔なだけだった。


 アーマンズが杯を掲げてティタンを迎える。隣ではオーメルキンが林檎を齧っている。


 騒がしいその輪の中に入り、ティタンも酒を呷った。


 「お前達、今日は特別だ。昔の戦いの話でもしてやろうか」


 ヴァノーラン達は一気に静まり返った。互いに顔を見合わせている。これまで全くと言って良いほどティタンは自分の事を話そうとしなかった。

 ティタンは気恥ずかしくなって言い繕う。


 「……興味があるなら、だが」


 アーマンズが肩を竦めて笑い、是非頼む、と続けた。

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