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ティタン アッズワースの戦士隊  作者: 黒色粉末
アッズワースは甦る。
31/58

アッズワースは甦る7

 「相変わらず、背筋に来るわね」


 ディオの呟きを背に受けながらティタンはオーガに襲い掛かって行った。彼の後に続く者達が一塊になり、盾を前に突き出して勢い任せに突撃する。

 その様子は投げ付けられた土くれが潰れるのに似ていた。ストランドホッグ兵団とペルギス配下の精鋭達は負けじとオーガの横腹に殺到し、勢い任せに得物を叩き付ける。

 突撃に合わせてオーガ止めの後ろ、本隊からの弓手達の射撃が止む。当然の配慮だろう。ティタン達も誤射で死にたくは無い。


 「ティタン!」

 「おぉ!」

 「行きなさいティタン!」

 「承知したぁ!」


 スワトを伴い、ティタンは更に一歩踏み込む。立ちはだかるオーガの斧の一撃を掻い潜り、太腿にナイフを突き立て、力任せにそれを捻った。

 苦痛に身を捩るその巨体に体当たりし、押し倒すようにしながら分厚い胸板を貫く。

 心臓を外した。しくじったと悟った瞬間、ティタンはスワトを呼んだ。


 「スワト!」

 「Woo!!」


 スワトがティタンに迫る新手のオーガの前に飛び出し、ローブを翻して右足を振り上げ、地面に叩き付ける。

 地面が爆ぜ、小石や土くれが跳ね上がる。目に見えぬ何かに痛烈に打ち据えられたオーガ達は堪らず転倒した。

 パシャスの激しき感情の業、色も形も持たぬ衝撃の奇跡だ。ティタンはスワトが作り出した短い猶予の中、改めて牡鹿の剣を振り上げ、馬乗りになったオーガに止めを刺す。


 「限界か?!」

 「なんのまだまだ!」


 新たな敵に狙いを定めるティタン。後退し、息を荒げながらもスワトが答える。


 兵達がそれを追うようにして一歩戦列を押し上げた。ディオの号令で突き出した盾を一押しし、その盾の隙間から後列の者が槍を繰り出す。

 防ぐ者と叩く者。呼吸の合った連携が光る。


 「良いわ兵ども、がっちりと固めなさい!」


 凜と通る声。兵達が更に肩を寄せ合い、盾を体に引き寄せる。戦列の隙間が狭まり、其処から除く兵達の瞳は爛々と輝いていた。


 彼等の盾は自分の身を守る為の物ではない。遥か昔から変わらず教えられている事だ。彼等の盾は隣で戦列を成す戦友を守る為の物である。

 その教育は彼等に確かな連帯感を持たせ、それは地獄の戦場を行き抜く中でよすがとなる。彼等はオーガを相手に果敢に攻めかかる。


 矢張りと言うべきはストランドホッグ。そしてペルギスの精鋭達だ。

 ティタンは御決まりのようにWooと吼えて、迫るオーガが斧を振り上げた瞬間に心臓に剣を突き込んだ。


 「ティタン、貴様の剣はまるで魔法のようだ!」

 「盾を持たぬ代わりだ!」


 隣を守るストランドホッグの兵がオーガの突進を受け止めながら言う。

 巨体の突撃に浮き上がる身体を、背後の戦友達が更に受け止めて、漸くオーガを押し留めた。その隙を突いて更に別の者が絶叫と共に槍を繰り出す。

 二本の槍がオーガの腹と首に突き立つ。オーガは身を捩りその槍を両方とも圧し折ったが、二歩よろめいて力なく倒れた。兵達は盾を構え直し、更なる敵に備える。


 「押しなさい!」


 ディオの声。再度呼吸を合わせ、盾を押し出す兵達。

 ティタンも一歩踏み込む。スワトが振るった右手から水の鞭が伸び、眼前のオーガの腕に絡み付く。

 スワトが右手を大きく引くとオーガは体勢を崩し膝を突いた。ティタンは容赦なくそのオーガの目にナイフを突き込む。


 「パシャスの加護があるのだろう!」

 「くれと言った覚えは無い!」


 槍を振り上げながら掛けられた兵の軽口に答えた瞬間だった。

 めり、と嫌な音がしてナイフの柄が割れた。鍛冶師ミガルが鍛造したナイフは、刀身は問題なかったが木製の柄のほうが持たなかった。

 随分と乱暴な戦い方をしている。無理も無い。ティタンはオーガの死体を蹴り倒し、雄叫びに雄叫びを重ねた。


 「踏み止まりなさい! 一歩も退くな!」


 ディオの声に従うのは気分がいい。ティタンは鋭い呼気を漏らしながら笑う。彼女の声はよく通り、自信と力と知性を同時に感じさせる。


 新たなオーガ達が突進してくる。その衝力は脅威だが、オーガ止めを抜けて本隊に向かう分だけティタン達の負担は楽になる。

 敵の密度はどんどん薄くなっていく。戦列はオーガの突進を必死に押し留め、ティタンは掛かる一体を一息に突き殺す。


 「……クソ!」


 ティタンは剣から伝わる感触に違和感を覚え、悪態を吐いた。


 赤銅の牡鹿の戦士の為に鍛造されたこの剣は間違いなく名剣だ。それは三百年の時が流れ、様々な技術が発達した筈のこの時代でも変わりない。

 ドワーフ達由来の希少な鉄と技術によって作成されており、市井でこれに匹敵する剣を、となると難しいだろう。それ程の物だ。


 だがそれでも無限に敵を斬れる訳がない。ティタンが感じた違和感は、切れ味の鈍りから来る物だった。

 三本の予備の剣も既に無く、ナイフに続き今度はこれだ。それ程長く、激しく戦い抜いている。


 「ティタン様、どうされました?!」


 迫るオーガに対し剣を用いず、斧を掻い潜って組み付いたティタンに、スワトは血相を変えた。ティタンは牡鹿の剣が駄目になるのを嫌ったのだ。


 力比べでは流石にオーガに敵わない。ティタンは僅かの間巨体と押し合った物の、容易くその均衡を破られ投げ飛ばされる。

 背後の兵達が構える盾にぶつかりティタンは呻いた。其処に身を沈めた突進。オーガの肩がティタンの胸に激突し、堪らず咽る。


 「無礼者! この方に触れるな!」


 平素の余裕をかなぐり捨ててスワトが割り込む。握った剣を突き出せば水鞭が走り、オーガの頭部を強かに打ち据えた。


 「触れるな! 触れるなッ!」


 仰け反るオーガを更に衝撃が襲う。巨体が浮き上がり、後方へと弾き飛ばされた。スワトは疲労から滝の様な汗を流す。


 「スワト、礼を言う」


 ストランドホッグの兵に助け起こされたティタンはマントの端で牡鹿の剣を拭い鞘に収める。戦いを一時中断したティタンの穴を埋めるため、周囲の兵達が前に出た。


 ティタンを助け起こした兵が言った。


 「剣か。俺にも気持ちは分かる。」


 そして、腰の長剣をティタンに差し出してくる。


 「使え。生き残れたら故郷に文を書く。アッズワースで最も偉大な戦士は、俺の剣を使って武勲を立てたと」


 ティタンに共感するような男が、易々と己の剣を他人に任せる訳が無い。これは彼に取っても容易い決断では無い筈だ。


 「恩義に報いる。この剣でアークオーガの首級を挙げるぞ」

 「ハッハァ!」


 ティタンがそう答えると、兵士は笑い声とも雄叫びともつかない声を上げて槍を掲げ、戦列に復帰する。

 スワトがティタンに寄ってくる。足元が少し妖しいが、まだまだ戦意は高い。


 「良くぞ御無事で」

 「助けられたな」

 「そのような事を気にされては、私などこの戦いが始まってから六度はティタン様に窮地を救われておりますが」


 先程の慌て振りは何処へやら。散々に呼吸を乱していながら、それでも余裕を見せる物だ。


 ティタンは首にこびり付いた脂や返り血を拭いつつ戦列を見遣った。兵士達は勢いに乗りオーガ達をじりじりと押し込んで行く。

 敵の喉頸を貫く者が居る。同時に、岩の斧で叩き潰される者も居る。存分に敵を討ち取っているが、被害は決して少なくない。


 しかし、只管に、押す。

 ティタンは勝つぞ、と叫んだ。


 「ティタンが前に出るぞ!」

 「道を空けろ!」


 目の前に居た二人の兵が盾を左右に退けてティタンの為に道を空けた。ティタンは其処から再び敵に切り込んで行く。


 「Wooooo Vaaaan!!」


 ティタンの目は並居るオーガ達の中に黒い輝きを捉えていた。取り巻き達に周囲を守られ、しきりに咆哮を上げているアークオーガを。


 奴を殺す。ティタンの突撃に合わせ、ディオは号令する。


 「ここぞ勝負! 総員、押せぇぇッ!」


 Woo!! 

 兵達は答えた。


 「行け! 行け! 存分に手柄を立てよ!」


 フォーマンスが兵を煽っているのが聞こえた。これが最後の一押しだ、とばかりに兵達は遮二無二押し捲る。


 そしてティタンは到達した。立ち塞がる巨大な悪鬼達を突き殺し、アークオーガの眼前へと。

 その背に続いて、無数の戦士達が雪崩れ込んだ。



――



 どろどろの血塗れ、泥塗れ。ティタンは敵味方の作った血溜まりの中で四つん這いになり、必死に空気を求める。


 周囲には猛り、鬨の声を上げる戦士達。傍らには倒れ伏す黒い怪物。


 そして喘ぐティタンの眼前には、首があった。


 「アーク、オーガ……! 首は……頂いた……!」


 ティタンは転がっている首を鷲掴みにした。肌は凸凹でひどくざらついている。血で滑っているのに吸い付くような感触すらある。

 そしてアークオーガの死体の右腕に剣を振り下ろし、巻き付けられていた銀の鎖を奪い取った。ティタンは呻き声を上げながら立ち上がると、首と銀の鎖を周囲に見せ付けるように掲げる。


 ティタンの発する呻きは、いつしか雄叫びに変わっていた。


 「WoooooAaaaaaa!!」


 オーガの残党達が次々に討ち取られて行く。オーガ止めの後ろに陣を敷いていた本隊も事態に気付き、防壁を越えて更に敵を叩き始めた。


 ストランドホッグ兵団が七段に設けられた溝までオーガを追い落とし、自らもその中に飛び込んで止めを刺す。頑強に抵抗しようとするオーガ達を槍隊が取り囲み、一斉に突き殺す。


 「勝った」


 誰かが叫んだ。


 「勝ったぞ!」


 そうだ。勝った。

 アッズワースは勝利した。敵を受け止め、叩き、その首魁を殺した。

 兵士達は興奮を抑え切れなかった。


 「ティタン! 良くやったわ!」


 ディオが駆けて来る。泥に塗れているが、それでも己の配下達よりは小奇麗だ。程好く自重し指揮官に相応しい戦い方をしたらしい。


 ティタンは自らを取り巻く兵達を見回した。先程剣を託してくれた兵士が見当らない。


 「ティタン! ティタン!」

 「最も新しい伝説よ!」

 「アッズワース万歳! 我等と、我等の同胞万歳!」


 血みどろのその姿に向けて幾人もの兵達が拳を掲げる。溝から這い上がってきたストランドホッグ兵団がそこに加わり、空に向けて吼える。


 ティタンは彼等の激賛を受けながら歩を進める。兵達に道を譲らせ、幾許もしない内に見覚えのある顔を見付けると其処に膝を突いた。


 「死んだか。……一人占めする訳にも行かん」

 「武功ある男か?」

 「この横撃に参加した戦士達の中に、武功の無い者など居るか?」


 ティタンに剣を貸した兵士は首を半ばまで食い千切られて死んでいた。彼の握る短槍はオーガの左の脇腹に突き刺さっており、心臓まで達している。

 盾は拉げて転がっている。果敢に戦い、相打ちになった様が手に取るように分かった。ティタンは彼の遺体を仰向けにするとディオに名を尋ねる。


 「ディオ、この男の名を聞きたい。俺に剣を貸してくれた」

 「……」


 ディオは遺体の傍に膝を突くと即座に答える。


 「ヘルケン。朴訥な男だったわ」

 「では」


 ティタンは立ち上がり、再度アークオーガの首を掲げた。

 彼の言葉に異を唱える者は居なかった。


 「この勝利の栄光は、死した者達に奉げよう! 我が友ヘルケンに!」

 『ヘルケンに!』

 「全ての勇敢な者達に! 我等に! お前達に!」

 『戦友達に!』


 兵達の鬨の声が大地を揺らす中、もう暫く借りるぞ、とヘルケンの遺体に言葉を掛ける。

 スワトは深々と腰を落としつつ自らの剣をティタンに差し出したが、ティタンはそれを拒否した。


 「このアークオーガの首はヘルケンへの賃借料だ。対価を払う以上は存分に使わせて貰う」


 言いながらティタンは首を襤褸布で包み、ヘルケンの遺体の隣へと置いた。ストランドホッグの兵が遺体と首を纏めて回収する。

 見れば一部の兵達があちらこちらを駆け回っている。新たな戦いが始まる前にヘルケンだけでなく、戦友達の遺体を回収する心算らしい。


 スワトは不敵に笑ってみせる。


 「ではティタン様、バルドや他の英霊、そして神々に奉げる為、更にもう一つ首が必要ですね」

 「分かっているじゃないか」


 鬨の声は続く。ディオは一頻り兵達を称え、労った後、隊列を整え直すよう命令した。

 オーガの新手に備えなければならない。既にオーガ止めの背後ではペルギス配下の将校達が陣を組み直しに掛かっている。


 「戦列を組め! 我等は勝ったわ! しかし全てが終わったのではない! ……ティタン、貴方が此処に居ると言う事は」

 「俺達は北東大森林でオーガ達を撃破した。少々予定とは違ったが、奴等完膚なきまでに叩きのめしたとも」


 ディオは顔を綻ばせる。


 「それで貴方達だけ更なる戦いを待ち切れなくて、大急ぎで戻ってきたのね」

 「こちらにはどうも頼りないのが集まっているように思えたんでな」

 「あら……」

 「アンタらは別だ。……直ぐにディマニード・バシャーのイヴニングスターが駆け付ける。あと一息、戦い抜くぞ」


 ティタンはディオと拳を打ち付け合った。思えば、この女傑と共に戦うのも随分と久しぶりに思える。

 日々濃密な戦いの時を過ごしていた。そうするとたった数ヶ月前の事が、酷く昔のように感じられる物だ。


 北に土煙が上がる。敵か味方か、ティタンもディオも目を凝らす。

 それがオーガの群れで無い事は直ぐに分かった。掲げられた旗が風に靡いていて、フォーマンスがそれをずばり言い当てる。


 「バシャー家、イヴニングスターの紋章ですな」

 「そら来た」


 ディオは全ての兵達をオーガ止めの後ろに下がらせた。

 敵味方の骸が転がる中に、彼等は意気揚々と乗り込んできた。


 「これこそ、クラウグスよォ!」


 部下達の先頭を歩き、オーガ止めに辿り着いたディマは開口一番そう叫んだ。


 何が? と首を傾げるディオ。ディマは不思議そうな顔をするディオや、その背後に控えるフォーマンス、ティタン。そして居並ぶ指揮官達の肩を親しげに叩いて回りながら興奮した様子で告げる。


 「我等は勝った! お前達も勝ったのだろう! そうとも、我等クラウグス人は如何なる敵にも勝利する!」

 「ディマニード様、戦いはまだ続いております」


 険しい声音でディオ。しかしディマは態度を改めるどころか鼻で笑った。


 「我等はここに戻るまでにオーガ達と戦った」

 「北西の敵が直ぐ近くに居ると?」

 「そうだ。奴等は嵩に掛かって我等を攻め潰そうとしたが、突然何かに呼び寄せられるようにして身を翻し、北へと逃げていった。何と無くだが、お前達は勝利したのだろうなと思った」


 ディマはティタンに一瞥くれ、訳知り顔で頷いてみせる。

 ティタンは顔を険しくした。敵は叩ける時に叩くべきだ。逃がすなどもってのほかだ。


 ディオがごくりと唾を呑む。


 「それは、詰まり」

 「アッズワースのこの歴史的会戦は、我等の大勝利だ。我等は敵を追い返したのだ!」


 Wooooooo!!


 ディマの興奮が乗り移ったかのようにイヴニングスターを含む攻撃戦力からの援軍達は雄叫びを上げる。

 ティタンは思い切り眉を顰める。


 「詰まりアークオーガは未だ油断ならぬ戦力を蓄えたまま北の大地に居座ることになる」

 「ティタン? どうしたの」


 ディオが諫めようとするが、ティタンは構わず続けた。


 「奴等が南下を始めてからどれ程の血が流れたか、アンタ達が一番よく知っている筈だ。何故喜べる?

  アークオーガが生きている限り俺達は常に不安を抱えながら過ごさなけりゃならない。奴は必ずやまたオーガ達を集結させ、アッズワースを脅かすぞ」


 気付けばパシャスの巫女達がティタンの背後に現れていた。イヴニングスターと行動を共にし、オーガ止めへと戻ったらしい。

 それはヴァン・オウル・アッズワースも同じようで、ロールフとアーマンズがいつの間にか現れて腕組みしている。


 ティタンの懸念は全ての者の懸念でもある。殺せるときに殺しておきたかった。

 だが現実問題として全ての者達は疲れ果てている。どの指揮官にも、兵達の体力を温存させている余裕など無かった。


 「その時はまた叩くとも」


 ティタンの不安を吹き飛ばすようにディマが言った。ディマにしてみればこのまま北に攻め入る事など造作も無く、また新たに武功を立てるのも望む所であったが、味方に苦戦を強いる事はしたくなかった。


 「凍える風が吹くようになってもアッズワースの暖かき夏が続く訳だ。勝利の美酒を後に残しておける。嬉しいだろう、笑えよ、ティタン」


 にたりと凶悪な笑みを浮かべるディマ。その笑みは満足気でもあり、どうやらこの会戦でオーガを叩き潰し、これまでの溜飲を下げたらしい。


 背後に控える巫女達。その筆頭が密やかにティタンに耳打ちした。


 「貴方が死ねと仰るのであれば、我等は何の疑問も持たず死にましょう」

 「……そうは言っていない」


 様子を察したアーマンズがこれまたぼそりと言う。


 「メルが傷を負った。さっさと要塞に戻って医者に見せないと拙いぞ」

 「オーメルキンが?」

 「同胞に忠誠を。……そうだろう?」


 飄々としたアーマンズ。ティタンは舌打ちした。


 「……分かった、軍団の決定に従う」


 途端にディマがティタンの肩を捕まえ、オーガ止めの防壁を昇り、全軍が並び立つ前へと連れて行く。


 ディマは其処で盛大に勝ち鬨を上げた。それとほぼ同時にディマの放った伝令達が「御味方大勝利」の報を叫びながら走り回る。


 事情を把握した兵士達は飛び上がって喜びを顕にした。アッズワースは勝利した。重ねて言う。


 アッズワースは勝利したのだ。


 「クラァァァーウグスゥゥッ!!」

 「クラウグス!」

 「おぉ、クラウグスゥッ!!」


 ディマが祖国の名を叫べば多くの者達が唱和する。司令官ペルギスは本陣からその様子を眺め、ふむ、と一つ頷いた。

 彼の許には既に伝令が届いていた。全く浮き足立つ所が無いのは流石にアッズワースの要塞司令である。


 「勇敢な同胞に! 甦りし伝説に! ん? シュラムはどうした! 此処へ上がれ!」

 「おい、ディマ」

 「同胞と、伝説に!」

 「レイヒノムとパシャスに名誉あれ! 我等の祖国に栄光を!」


 朗々と歌い上げられる口上にティタンは口を挟もうとするが、それよりも口上に追従する兵達の勢いの方が強かった。


 ディマががなり立てるのを聞きつけて、シュラムがやれやれと言った調子で防壁の上に上がってくる。

 ティタンとシュラムは互いに顔を見合わせて肩を竦める。ディマの熱弁は続く。


 「司令官ペルギス万歳! 高潔な全ての将兵万歳! ティタン、シュラム、まごう事なき勇者たちよ、存分に吼え猛るが良い!」


 仕方ない。まずは満足しておいてやろう。

ティタンは小さく苦笑した後、沸き立つ将兵達に向かって拳を掲げた。


 「Woooooo Vaaaaan!!」



――



 「アーマンズめ……」


 ティタンは頬を引き攣らせながら苦々しく言った。


 目の前では軍需物資の詰まった樽の上にオーメルキンが腰掛け、ティタンの治療を受けている。

 治療、と言ってもオーメルキンの傷は深い物ではない。体のあちこちに出来た擦り傷と、一番目立つ物でも右目の下に出来た切り傷ぐらいだ。


 出血は大袈裟だが傷自体は浅く、医者など必要ない類の物だった。アーマンズがそれに気付かない筈は無いだろう。

 まんまと騙された。


 「ティタン、あたしね」

 「あぁジッとしてろ、薬草が貼れん」

 「オーガの奴が、こう、斧を救い上げたんだ。あたしの前に居た奴がそれを盾で受け止めてさ」

 「分かったから」

 「で、ソイツが振り返って言ったんだ。『任せたぞ、ヴァン・オウル・アッズワース!』って。それであたしは」


 どたばたと身振り手振りで顕そうとするオーメルキン。

 ごん。ティタンはオーメルキンの頭に拳骨を落とし、鈍い音と共にオーメルキンは悶絶する。


 「いだいぃ……」

 「動くなと言ってるだろう」

 「殴ることないじゃん……」


 涙目になって文句を言う彼女の背後に、麻布に包まれた保存食を抱えたロールフが現れた。


 「おぅ、メル。その分じゃまだまだ働けそうだな」

 「ロールフ!」


 振り返ろうとするオーメルキンの頬っぺたを無理矢理捕まえて、ティタンは乱暴に薬草を貼り付けた。

 目の下の傷に貼り付けられた薬草から奇妙な匂いが立ち上り、それが目に染みるのかオーメルキンは忽ち顔を顰める。


 処置を終わらせたティタンはオーメルキンを押しやってロールフを睨んだ。


 「ロールフ、誰に医者が必要だって?」

 「言ったのは俺じゃねぇ、アーマンズだ。俺は本気で酷い出血だと思ってたさ」

 「……ふん」


 言いながら、ロールフはオーメルキンに自分が担いでいた荷物を押し付ける。


 「なんだよコレ」

 「仲間の所まで運んでくれ。俺は別の荷を運ぶ」

 「えぇ……、あたしまだ戦果報告が……」


 ティタンが有無を言わさず命令した。


 「行け、オーメルキン。終わったらまた戻って来い」

 「分かった、シェフ。行って来る」


 オーメルキンは気取った風に拳を胸に当て、重たい麻袋を担ぐとよたよた歩いて行く。

 周囲を撤退準備の為に行き交う兵士達がオーメルキンに何事か声を掛けて行く。どうやら戦場を共にした間柄らしく、子供ながらにオーメルキンが駆けずり回っているのを見ていたようだ。


 「さっきのアレの何処が戦果報告なんだ? あのチビ、覚えたての言葉を知った風に使いやがって」

 「お前みたいに生意気なのよりは可愛げがある」

 「笑わせんな。……まぁ良い。準備は大体済んだ。仲間の遺体も荷馬車に積んである」


 言いながらロールフはティタンの隣の木箱に腰掛けた。

 ティタンはロールフを労った。


 「扱き使って悪いな、ロールフ」

 「なぁに、一端の傭兵団として、シェフに雑用をさせる訳にもいかねぇ。特に俺達は……」


 直ぐ傍を通った一人の兵士がティタンとロールフに敬礼を奉げた。

 泥塗れの彼は誇らしげな顔をすると、そのまま何も言わずに通り過ぎて行く。

 そういった者達が何人も居る。ロールフは胸を張りながら、こちらも誇らしげだった。


 「この通りだ。皆俺達の戦いに敬意を払ってくれる。特にアンタのには」

 「相応しい名声を手に入れたのさ」

 「あぁそうとも。このアッズワースの厳しい戦場では、偽者は存在出来ない。本当に勇敢だった者だけが、仲間達に対して真摯だった者だけが、皆からの尊敬を手に入れる」


 ティタンはロールフの顔を覗き込んだ。血の滲んだ包帯でぐるぐる巻きにされた痛ましい有様だが、目が実に良い。

 男振りが増している。ロールフもまた、戦いによって磨かれた者の一人だ。


 「それは力尽くで奪われる事も、卑怯な手で騙し取られる事も無い。俺達は命懸けで戦うほど、本物の同胞を得て、受け入れてもらえるんだ」

 「……一人前の男なら、もっと格好の付く事を言え」

 「今日だけで五人もの仲間を失ったが、奴等が不幸だったとは思わない。奴等はその勇敢さを称えられ、クラウグスを守った一人として霊地に埋められる。

  故郷じゃ家畜みたいな扱いをされてた奴も居る。それを思えば、どんなに素晴らしいか」


 ロールフは遠くを見遣った。撤収の準備を終え休息を取る者。新たな任務を与えられ将校達の間を走り回る者。斥候の為に周辺に出て行く者。

 皆ズタボロで、疲れ果てている。しかし誰も彼もが胸を張っている。


 「此処でなら、俺達はまともな人間だと思い込む事が出来る。此処でなら、俺達は一人じゃない」


 ティタンは腰掛けていた樽から立ち上がると、その中に入っていた筒を引っ張り出す。

 蓋を開ければ独特の匂いがした。ティタンが持ち込んだ酒である。


 「……名誉ある同胞に」

 「あぁ、仲間達に」


 筒に口を付けた後、ロールフに差し出す。ロールフは口元の包帯を引っぺがして無理矢理酒を呷った。


 遠くでオーメルキンが声を上げる。


 「ティタン! ディオ様が呼んでる!」


 ティタンはロールフを促して歩き始めた。ティタンの所まで歩いてきたオーメルキンに何気なく問い掛ける。


 「オーメルキン、死者達をどう思う」


 オーメルキンは表情を引き締めた。戦勝の喜びも子供っぽい甘えも消し去った鋭い表情だった。


 「あいつ等の事を忘れない」



 やがて兵士達はアッズワースに向けて出発する。帰路に着く彼等の足取りは軽い。


 夕暮れが彼等の背を追い掛けて行く。胸を張った男達が何処までも続き、重い足音が地を揺らす。


 アッズワースは勝利した。兵達は、首級を掲げて要塞へと帰還した。


戦闘シーンオワタ……。


クソ、キャピキャピしてやるぞ、クソ

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