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ティタン アッズワースの戦士隊  作者: 黒色粉末
その名を称えよ
22/58

その名を称えよ1

 真正面、前方百五十歩の距離をティタンは睨み付けた。

 アッズワース要塞北部の草原を越えた丘陵地帯。そこは今や遥か北に住まう筈のオーガが自由に闊歩する危険地帯、激戦区と化していた。ティタンが睨みつける敵もまた、オーガだ。


 土色の肌の怪物達はしっかりと此方を見据え、一歩一歩着実に接近してくる。硬く引き締まり肉の厚みを感じさせる腿、脹脛。高度に発達した上半身は、特に亀の甲羅の如く張り出した胸筋に目が行く。

 その巨躯が逸る事無く、冷徹な狩人の如く迫るのだ。

 オーガと言うのは獲物を見つけた途端見境を失くして襲い掛かってくる物と相場が決まっている。所がどうだ、この振る舞いは。

 岩から削りだしたように節くれだった形の斧を構え、唸り声すら封じ込めてじりじりとにじり寄るこの言い様も無い恐ろしさ。


 ティタンは背後を振り返り、ニヤリと笑った。


 丘の斜面で二列に並んだ十五名の傭兵達が、同じようなニヤリ笑いでティタンを待っていた。短弓の弦の調子を確かめながら灰色頭巾の男、アーマンズが言う。


 「拙くないか」

 「嫌なら逃げろ。止めはしない」

 「そうも行かない。後ろの連中から金を貰ってる」


 アーマンズが親指で指し示す先はティタン達の隊列の僅かに後方、丘の上だ。

 そこで十五名の射手達が弓に矢を番え、オーガの群れの接近を待ち構えている。


 有効射程に入り次第彼等は攻撃を始めるだろう。彼等の盾となるのがティタン達の役目だ。

 本来、傭兵には到底任せられない仕事だった。


 傭兵は逃げる。強敵が現れた時、劣勢になった時、金払いが悪くなった時、そして面倒になった時、平然と仕事を放り出す物と思われている。

 そんな連中に命を預けたい筈がない。だと言うのにティタン達に彼等の盾役を任せたという事は、状況が逼迫している事の証明だ。


 「給金の分は働くさ」

 「だが、弓手達の指揮官は俺達の事なぞ欠片も信用していないだろうよ」

 「ムカつく話だぜ」


 身体を解しながら口を挟んで来たのはロールフだ。傭兵達の中でも一際大きな体躯に力を漲らせ、戦いの時を今か今かと待ち構えている。


 「で、援軍は? 奴等、伝令を出すとか言って無かったか」

 「間に合うまい」

 「だと思ったよ。詰まり稼ぎ時って訳だな、シェフ」


 晴天に向けて呑気に伸びをし、からからと笑うロールフ。ティタンは肩を竦めた。彼等のシェフになった心算は無い。


 ここに集う嘗てランゼー傭兵隊であった者達。彼等は雨の中の撤退戦を経て、解雇を言い渡された。

 だと言うのに未だ未練たらしく徒党を組み、物好きにもティタンに地獄の訓練を乞いに来る。


 理解し難い連中だ。


 「七匹もいる」


 ティタンの足元に座り込んでいたオーメルキンがぼそりと言った。深紅の頭巾を目に掛かる程に深く被り直し、深呼吸する。


 「離れるなよ、オーメルキン」

 「大丈夫、分かってる」


 オーメルキンは大きく息を吐き出してにっこり笑った。オーガは確かに恐ろしい怪物だったが、その怪物達よりもずっと強い、冗談のような男が傍に居る。

 オーメルキンはティタンを信頼していた。この男はどのような敵にも臆する事無く挑みかかり、そのほぼ全てに置いて遅れを取った事がない。少なくともオーメルキンの知る限りでは。


 「始まるぞ」


 ティタンは視線を戻した。オーガ達は百歩の距離にまで近付いている。


 後方の弓手達が射撃を始めた。一射、二射、三射と斉射が続く。オーガ達は岩の斧を構えて頭部を守り、只管前進を続ける。


 「ほぉ、防ぐか」

 「やっぱり拙いな」


 感心するティタンにアーマンズは同じ言葉を繰り返した。十五名の弓手達は必死に射撃を繰り返しているが、充分な戦果を上げているとは言い難い。

 頭部は岩の斧で守られ、それ以外はオーガ自慢の分厚い筋肉に阻まれて致命傷を与えられないのだ。

 今オーガ達を打ち据えている矢は時として丸太を貫く程の威力を発揮する。だと言うのにこの有様だ。オーガが他とは別格の強敵として扱われる理由の一つに、この頑強さがあった。守りを固める知性がそれをより厄介な物にしている。


 「撃て! 撃ち続けろ!」


 指揮官の必死な声が響く。この丘陵地帯は各地に散らばって激戦を繰り広げるアッズワースの兵士達の合流地点になっている。

 多少なりとも面子と言う物に執着があれば死守したい筈だ。だが魔物達が常軌を逸した数で南下して来ているこの状況、防壁どころか柵も何も無いただの丘を確保するには明らかに戦力が不足していた。


 ティタン達は総勢十七名。弓手達は十五名。足して三十二名だ。

 たったそれだけの数で七体ものオーガを相手取らなければならないとなれば、どのような人物でも悲観的になるだろうな、とティタンは思った。


 「だがそれも、俺達でなければの話だ」


 武者震い。七体のオーガ達に向けて歯を食い縛る。歪な笑みであった。


 七体のオーガの内二体が倒れる。矢による攻撃も全くの無意味と言う訳では無く、先頭を勤めていた二体を立て続けに殺し、俄かに弓手達が勢い付く。


 しかし、残ったオーガ達は微塵も揺るがない。どすん、どすん、と重たい足音を響かせながら前進を続け、そして咆哮した。凶暴性を剥き出しに、雄叫びを轟かせたのだ。

 幾本もの矢を身体に打ち込まれ、少なくない量の出血を強いられたオーガ達は、今その怒りを解放した。その不死身にも思える恐ろしい怪物達が接近する様は、兵士達の士気を圧し折った。


 「こりゃぁ無理だな……。撤退、撤退だ! 傭兵隊、お前達も逃げろ!」


 弓手達の指揮官から撤退命令が飛ぶ。オーガ達を止めるのは不可能だと感じたようで、素早く逃げに転じている。

 冗談だろう、とティタンは吐き捨てた。残りは五体、戦って勝てない状況ではない。


 「だ、そうだが……どうする、シェフ」


 ロールフは問い掛けるが、ティタンが何と応えるか予想できているようだった。

 ティタンは吼えた。オーガにも負けない雄叫びだった。


 「Woooo! Vaaan!」


 牡鹿の剣を抜き放ち天に掲げ、フードを取り払って眩しい陽光を浴びる。風が一陣、草花と血の臭いを運んできた。

 ティタンは傭兵達に怒鳴りつける。


 「勝ち戦を捨てるだと?! そんな馬鹿な話があるか!」

 「Woo!」


 当然のように彼等は応える。大地を踏鳴らし、剣と盾を打ち合わせ。


 「戦士ならば踏み止まれ! お前は戦士か?!」

 「Woo!」

 「お前は?!」

 「Woo!」

 「お前はどうだ?!」

 「Woo!」

 「それで良い!」


 矢張り当然のように彼等は応える。ティタンは恐ろしい形相でオーガ達へと振り返る。


 丘陵地帯に若々しい雄叫びがこだまし、奇妙な熱を感じさせた。彼等は自らの雄叫びに酔った。

 怯えも迷いも無い。一月前、あの雨の中の撤退戦、この北の大地が前にも増した激戦区と成り果ててから、彼等は幾度も同じような事を繰り返した。

 それは戦いだ。


 彼我の距離は既に五十メートルを切っている。

 血の臭いと涎を撒き散らし、隆々とした筋肉を戦慄かせるオーガ五体。

 怒りにも似た形相で各々獲物を扱き、それを迎え撃つ十七名。


 「クソ、あの若造どもやる気だぞ」


 迫る強敵に友軍すら逃げ出した状況で、戦意を失うどころか臨戦態勢に入った傭兵達。弓隊は慌てて振り返る。


 ティタンは走り出した。合流地点を魔物達に押し込まれてはアッズワースの今後の作戦行動に支障が出る。

 如何にオーガ相手とはいえ、たった五体にそれを許し逃げ出したとあっては、それはもうアッズワースの戦士ではない。


 時に敗北する事もあるだろう。だがそれを易々と受け容れてはいけない。ティタンの変わらぬ考えだ。


 「Wooooo Vaaaan! Raaaau Lowoon!」


 ティタンは斜面を駆け下りて、己の身の丈を遥かに超す化物達に挑む。


 誰よりも早く敵に襲い掛かり、苦悶の悲鳴を上げさせ、熱き血を浴びる。何時も通りのティタンの姿だった。



――



 アッズワース要塞の空気が俄かに変わり始め、ティタンはそれを喜びと共に受け入れていた。

 南下を始めたオーガの大群相手に軍団の召集が開始され、一月。アッズワース要塞はその巨大な腹に各地から集結した諸侯軍を放り込み、猛烈な勢いで編成を行っている。


 傭兵気取りの耳剥ぎ職人や、弛んだ腹を隠そうともしない兵士達が幅を利かせていた大通りには、本当に少しずつだが、鋭い目付きのふてぶてしい面構えをした者達が見られるようになった。

 王都から派遣された軍の精鋭達や、クラウグス西部方面、独立独歩の気風が強い地方から現れた戦士団など、彼等は古参の者達と必要以上に馴れ合わず、彼等独自の規律を保っている。

 その他にも、敵の気配を嗅ぎ付けてアッズワースに訪れた戦いを生業とする者達。


 変革の春だ。パシャスの言った事だと思うと少々複雑な気持ちになるが、それでもティタンにとっては喜ばしい。


 アッズワースが嘗ての姿を取り戻す時が来たとパシャスは言った。否が応にも期待してしまう。


 本当に尊敬に値する人物の言動、志は、多くの人々に変化を促す。

 古き善き時代、アッズワースに集ったような人物達が今また集えば、堕落したこの要塞は彼等の薫陶によって輝きを取り戻すかもしれない。


 もしそうなったのならば、その時こそ俺は彼等と名誉を分かち合いたい。ティタンはその時に備えて居住いを正し、背筋を伸ばして日々を過ごすようになった。



 ティタンは周囲を見渡しながら大通りを歩く。背後に大小様々な傷を負った傭兵達を従えて。

 大通りを行き交う者達は戦場帰りのティタン達を、或いは鼻を鳴らし、或いは感嘆の息を漏らしながら見送った。


 「夜明けの鶏団を知ってるか?」


 ティタンが要塞に集う者達を見ているように、彼等もティタン達を見ていた。

 路地で、酒場で、娼館で、多くの者達が噂する。政庁の高級将校達の中にもそれは居る。苛烈な戦い方と、けたたましい雄叫びの話だ。


 「馬鹿げた渾名を付けて彼等を愚弄するのか?」

 「あぁ、過小評価だったな。連中は鶏よりももっともっと煩い。目立ちたがりの出しゃばりだ」

 「ハッハ、口を閉じといた方が利口だよ。……連中のシェフは、数百年の間誰も選ばれなかった、女神パシャスの勇者様らしいじゃぁないか。アッズワースでパシャス教に睨まれちゃ仕事が出来ない」


 ティタン達は揃ってギルドへと入り、その混雑振りに辟易として鼻を鳴らした。傭兵ギルドアッズワース支部も大分人が増えた。石ばかりの支部に更に大量の石と、少数の玉が放り込まれ、職員たちは常に忙しそうにしている。

 受付の一角でティタンを呼ぶ声が上がる。ひらひらと手を振りながら立ち上がったのはテロンだ。


 「知ってる? 彼等、今日は十匹も居るオーガの群れをやっつけてきたんだって!」

 「また奴等の話? 今度のは随分と嘘くさいねぇ」

 「花を買ってあたしを訪ねてくれるって言ってたの。うふふ、明日の朝まで火照りを沈めてあげなきゃ」

 「仕事熱心な事で。ま、しこたま稼いでくるが良いさ」


 ティタンは受付に置かれた銅皿の上に七つの耳を放り出した。余りにも荒く硬い外観に、平たい石と見紛う程のそれは、今日ティタン達が討ち取ったオーガの耳だ。

 本来ティタン達が仕留めたと胸を張って言えるのは五体だが、弓手達は全ての戦果をティタン達に譲り渡した。任務を果たした分の褒賞は間違いなく得られるし、早々に撤退を決め込んだ身で余分な戦果を主張出来るほど厚顔無恥ではなかったらしい。

 周囲の傭兵達がどよめく中、ギルド職員達は澄まし顔だ。今まで散々ティタンの上げる戦果に驚かされてきた。慣れっこだった。


 「全く、恥を知れというのだ」

 「おいおい、熱くなるなよ」

 「北の要衝を守る精鋭とは誰の事だ? 揃いも揃って傭兵に遅れを取りおって。本物の戦いを知らぬ稚児ばかりだ」

 「……俺達の指揮官が誰か忘れたか? バシャーの虎の前で言うなよ。あの人が怒ると恐いからな」


 羨望、好奇、侮蔑、忌諱、嫉妬、様々な感情の篭った視線が彼等に注がれる。


 傭兵ギルドアッズワース支部の中で最も異様な男に率いられた若者達。生意気で向う見ず。恐れ知らずの見栄っ張り。気狂いのように雄叫びを上げては魔物達に踊りかかる、愚かで、勇敢な戦士達。

 その風評が彼等を成長させていく。馬鹿でも阿呆でもしかし勇敢だと噂されたらその通りに振舞ってしまうのが若者だ。


 彼等は一月の苦境を戦い抜く内に本物の勇敢さを手にしていた。激しい戦いは彼等に大きな代償を求める事もあったが、それでも彼等はそれを乗り越え成長した。


 実力はまだまだ不十分だが、ティタンは概ね満足だった。



――



 ティタンは二名の兵に先導され政庁の中を歩く。兵は多くの官吏達が羊皮紙を抱え、或いは喧々諤々と理論を戦わせながら行き交う中、道を切り開くようにして進んで行く。


 政庁も嘗ては比べ物にならない混乱の坩堝と化している。オーガの大群に対抗するために招集された諸侯軍によってアッズワースの戦力は数倍に膨れ上がり、その編成や必要物資の確保の為に彼等は駆けずり回っているのだ。

 軍とはただ其処に居るだけで多くの物や、複雑な手筈を必要とする。集結し、戦いに備えるとなれば尚の事だ。これが実戦、そしてその後の処理にまで話が及ぶと途方も無い事になる。彼等の戦いはまだ始まったばかりだ。


 「此処だ、中へ」


 二名の兵士は他と比べて巨大な両開きの扉の前で立ち止まる。黒檀の扉の左右には合計四名の兵士達が直立不動のまま待機し、警備を行っている。


 『これがお前達の案か? 忌々しい怪物どもが好き勝手に暴れまわっている状況で、これが?』


 中からは威勢の良い声が響いている。威圧感を醸し出す強い語気で、威厳たっぷりに何か語っているようだった。


 「ディマニード様がお待ちだ」

 「機嫌を損ねるなよ、傭兵」

 「さてな」


 からかうように言う兵士達の間を摺り抜け、ティタンは扉を開いた。中は二十人程度が同時に議論を戦わせる事の出来る円卓が置かれた大部屋だった。

 円卓は半分ほどが埋まっており、彼等の視線が一瞬、ティタンに集中する。その中で一人立ち上がり、周囲を睥睨しながら語っていた。


 赤毛のオールバックに半月の釣り目。精気の漲る屈強な体躯。バシャー侯爵家次男、ディマニード・ジュード・バシャー。

 バシャーの虎の異名を持つ苛烈な人物だ。黒い鎧の戦士団、イヴニングスターの精鋭達を率い、此処暫くオーガ達を相手に暴れまわっている。


 「来たか、好きに座れ」


 演説の熱が篭ったままの強い口調。ティタンは手近な椅子に腰掛ける。


 「良いか? 敵は北にいる。ペルギス司令は見事な手腕でオーガ達の南下に対応したが、それでも戦況は苦しい。バドやグルーニー達の軍は必死にアッズワース軍編成の為の時間を稼いでいる。

  俺達がこうして要塞に戻り兵達を休ませる事が出来たのも彼等の御蔭だ。俺達は必要な準備を整え次第、再び北へ向かう事を求められている。要塞の安定化などは得意な者に任せておけ」


 ディマは円卓に広げた地図に色のついた石を叩き付けるようにして置きながら言う。

 彼の臣下の一人、白い髭を蓄えた年嵩の者が静かな声で質問を投げ掛けた。


 「大殿はなんと?」

 「父上からは援兵と共に、“討ち死にを許す”とのお言葉を預かった」


 ディマは一切躊躇せず答えた。彼の家来達は一斉に険しい顔になり、空気が張り詰める。その中でディマは自信満々に笑う。


 「これがバシャーのやり方だ。これでこそバシャーだ。お前達、自分が誰に仕えているか忘れた訳ではあるまい。バシャーの使命は戦いだ。良いか、戦いなのだ」


 異論を唱えるものは居なかった。ディマの視線がティタンに向く。


 「ティタン、北の様子は知っているか」

 「ある程度は」

 「俺達は敵を奪われた監視塔手前まで押し返した。その後は大群をしぶとく足止めし、南下を抑え込んでいる」

 「……が、それでも無数の魔物達が浸透するのは防げない」

 「その通りだ。最大の敵であるあの異常なオーガ達……あれらのように統率されていないため、戦って負ける事は無いが、余りにも数が多く物資の輸送が上手く行っていない」


 ディマを含むアッズワースの中の上澄みとされる武闘派の指揮官達は部下を苛烈に駆り立ててオーガとの戦いに臨んだ。

 彼等は時に激しく、時に老獪にオーガ達と戦った。この一月の間アッズワース北部を守り抜き、それどころか敵を僅かに押し返してすら居る。


 しかし敵はあの異常に冷静沈着なオーガだ。常とは違う習性を持つ静かなオーガ達は様々な計略を持ってしても逃げ散る事はせず、戦況は非常に不利と言う他無かった。


 そしてオーガばかりに気を向けている訳にも行かないのが今のアッズワース要塞だ。春になって爆発的に数を増した様々な魔物達は、例年の二倍、三倍とも言われている。

 それらがディマや他の軍団の防御を抜けてそこいらを闊歩しているのだ。アッズワースの南方にまでそれは及び、アッズワースの輸送力、経済活動は大きな損害を受けていた。


 「撤退させるべきだな」


 率直に述べるティタン。唸るように息を漏らすディマ。不満がありありと伝わってくる。

 この男はアッズワースの存在意義をよく知っているし、魔物達に譲る物など何一つないと考えている。


 「歯痒いが、その通りだ」


 が、決して感情任せの男ではない。


 「その為にお前の力を借りたい」

 「光栄だ。しかしアンタのお抱えの知者以上に俺が役に立てる事とはなんだ?」

 「友軍は監視塔の手前で遅延戦闘を行っている。俺が要塞に戻る前に彼等と行った軍議の予定では、今はもう少し後退している筈だ。順調ならば、だが」

 「何が気がかりだ」

 「監視塔から東に進んだ所に十数匹もの大群が居る。別の群れだ。斥候に探らせた感じではピクリとも動かず、不気味だ」

 「ピクリとも動かない? 連中は俺らの何倍も食う。動かないならどうやって腹を満たしているんだ」

 「それが分からん。或いは本当に、巨人の神、縛られし者カヴァーラの加護かもな」


 飯を食わせてくれる神か。そりゃ忠誠を誓って当然だな。

ティタンはそこで軽口を止めた。ディマにはまだ続きがあるらしい。


 「俺の見立てだが……逃げに回ればコイツ等は一気呵成に襲ってくる」

 「……成程、手強い」

 「お前と話せるのは嬉しいぞ。新たにアッズワースを訪れた新参の指揮官達は、どうも俺の話を受け入れられんようだ」

 「だろうな。あの屈強なオーガ達が、この上使い物になる脳味噌を手に入れたとしたらこれは悪夢だ」

 「戦わなければ、目覚めの時は永遠に訪れない」


 ティタンはディマに同意し、大きく頷いた。


 「奴等が戦術を理解しているとしたら、その追撃部隊をどうする」

 「知れた事、俺達で叩きのめすのよ」

 「ハッハ!」


 破顔するティタンとディマ。眉を吊り上げ獰猛な笑みを浮かべる。


 「だが奴等の居る場所は入り組んでいるし、魔物達の事を考えれば真直ぐ向かう訳にも行かん。お前は此処に来て半年程度の癖に、狩人どもよりも地理に詳しいと聞く。知恵を貸してもらうぞ」

 「良いだろう。アンタに恥は掻かせない」

 「当然、その剣腕にも期待している」


 ティタンは拳を胸と額に打ちつけ、宣誓の握り拳としてディマに向けた。ディマは円卓の反対側で眉を開き一つ頷く。

 意味は知らずとも、儀礼の一種と理解したようだ。ディマは指までピンと伸ばした右手を頭上に掲げ、騎士の礼を取った。


 「俺達イヴニングスターは通常より五割増の重さの鎧を着て、通常の倍の距離を行軍する。それを念頭に計画するぞ。……ついてこれるな?」

 「俺の本気よりは遅い」

 「なら言う事は無い。今日の夜使いを出す。それまでは自由にしていろ」


 ティタンは立ち上がり扉を開く。警備の兵士達がじろりと視線を向けてくる中振り返り、ディマに向けて肩を竦めた。


 「戦士ディマ」

 「何だ?」

 「勇敢に戦い、勇敢に死ぬのは戦士の誉れだ。だがアンタのような奴に我先にと軽々しく死なれたら、五十年後にはクラウグスが滅ぶ。部下の気持ちを汲んでやったらどうだ。命に代えてもアンタを守り抜くだろう」


 ディマは部下達の顔を見渡した。彼等は怯む事も衒う事も無くディマの視線を受け止める。

 鼻を鳴らしてティタンに命じるディマは、概ね満足、とでも言いたげな表情だった。


 「……もう行け」



――



 ティタンが宿、白い小鳩亭に戻ったのは夕暮れも間近と言った頃合だ。腹を空かせた傭兵達を満足させる為に、宿の亭主とその家族達は忙しそうに仕込みを行っている。


 宿屋の娘がティタンに気付き、はにかみながら会釈する。ティタンが一つ頷いてそれに応えると、娘は直ぐに作業に戻った。


 宿屋の一階、客もまばらなこの時間帯の酒場に、オーメルキンとゼタは居た。


 「またお前か」

 「……随分な挨拶ね」


 ティタンの出し抜けの一言に、藍色の外套を纏った魔女、ゼタは無表情で返す。

 オーメルキンが牛革のカードを握り締めながらティタンを振り返る。彼女達は遊戯に興じていたらしい。


 「ティタン、お帰り」

 「どれ……なんだ、負けてるぞ」

 「ここからだってば!」

 「……そうだな、コイツをこう」

 「あぁ、駄目!」


 ティタンが卓に並べられた牛皮のカードの一枚を動かそうとすると、オーメルキンは悲鳴を上げた。


 「ティタン、戦士の戦いだぞ!」

 「ん、おう……」


 ティタンの手をぐいぐいと引っ張るオーメルキンの剣幕にティタンは苦笑した。どうやらこういった頭を使う事柄でゼタは手練らしい。フードの奥で困ったように笑うゼタを見る限り手加減しているのは間違いないが、その具合が絶妙だ。


 ゼタは一つ息を吐き、オーメルキンに告げる。


 「水を差されたわね、メル。決着は次に持ち越しよ」

 「うーん……でも」

 「ミノラを手伝うって言ってたじゃない。良いのかしら?」

 「……そうだね。そうする」


 オーメルキンはティタンにむすっとした顔を向けると、宿屋の娘の方に向かって行く。


 慣れた手付きでカードを片付けるゼタ。彼女は先程とは打って変わって声音を冷たくした。


 「彼女は良い娘よ。素直で、溌剌としていて、直向で。これから多くの人に愛される筈よ」

 「そうだな」

 「彼女が戦う必要は無い」


 カードを袋に納めたゼタ。桃色の唇がきゅぅ、と引き結ばれている。


 「何度も言うが、それを決めるのは俺でも、ましてやお前でも無い」

 「まだ子供。分からない事だって多い筈」


 この遣り取りはこの一月に何度か行われた物だった。この魔導師と呼ぶには可憐過ぎる女は妙にオーメルキンの事を気に掛けていて、戦場から遠ざけたいと考えていた。


 「……貴方もね。二人とも、戦いに全てを奉げるには若過ぎると思う」

 「困った。アンタよりは長く生きてる心算だが」

 「はったりにしたって無理がある。どうみても私より五つか六つは下じゃない」


 ティタンはそれ以上食い下がらず鼻を鳴らすだけに留めた。


 「オーメルキンの相手をしてくれていたのは感謝する。だが奴も子供じゃない。自分の生き方は自分で選択すべきだ。そういった話は、俺でなく奴自身にしろ」

 「彼女は貴方に憧れてる。貴方のやる事を何でも真似しようとするし、置いて行かれないように必死なの。分からない筈無いわ」

 「高々一月程度の付き合いで随分とあれこれ図々しいな。奴の母親にでもなった心算か?」

 「私はそうでなくても、貴方はあの子の父親だわ。少なくともあの子はそう感じている筈。貴方もあの子の事を子ども扱いしているじゃない」

 「していない」

 「してるわ」


 睨みあう二人に横から声が掛かる。オーメルキンが調理前の肉の塊を担いで其処にいた。


 「……どうしたの」

 「別に何も無いわ。少しカードの腕前について意見の食い違いがあったの」

 「そうなの? ……ふふふふふ」

 「どうした」

 「何でもなーい」


 オーメルキンはゼタの誤魔化しに異様な含み笑いを返して去って行く。肉の塊を調理場の亭主に渡し、宿屋の娘と何事か語り合っていた。


 「カードなら、勝ち目があるって」


 ゼタの困ったような笑み。


 ティタンは頭を振った。


 「今夜、出る。恐らく明日の朝にはアッズワースに居ない。……オーメルキンは置いて行く。ロールフかアーマンズが上手くやるだろう」

 「……それで良いと思うわ」


 話を打ち切ろうとしたティタンにゼタが待ったを掛けた。


 「今度の雇用主はバシャー侯爵家よね?」

 「そうだ」

 「苦しい戦いに?」

 「そう感じている」

 「……無事を祈るわ」


 ティタンはゼタをジッと見詰めた。ティタンやオーメルキンに干渉し過ぎるきらいのある彼女だが、ティタンは彼女から受けた恩を忘れてはいない。


 ゼタが監視塔からの撤退戦の折、決死隊を援護するため最期まで踏み止まったのはティタンも聞き及んでいる。最期にはオーガの囲みを破る手助けもしてくれた。


 「アンタにはまだ借りを返していない。確約出来ないが、生還の為に力を尽くす」


 あぁそれと。


 ティタンは宿屋の娘と一緒に作業するオーメルキンを見ながら言った。


 「奴は、アンタの知らないアッズワースの泥沼を這い回ってきた。見掛けより強いぞ」

 「……覚えておくわ」




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