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ぬば玉  作者: しんげつ
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七十三、杯

「んー。飲みすぎたかも。」

観測の楼へ向かいながらつい声が出る。

於才のところに櫂が今年出来たての芋の酒を持ってきてくれて

つい調子に乗ったかなと思う。

御神酒で慣れているつもりだったが、

御神酒は米の酒だ。


少し冷たくなってきた秋風が気持ちが良かった。

もうすぐで陽が森の向こうに沈む。

小高い丘に立っている高楼は、

どこからでも目についた。

梯子に手を差しかけると、「凛殿。」と呼び止められた。

「千明様?少し刻が早いのでは?」

「ああ、そうですね。気になる星を見つけてしまいましたので。」

「え?星?」まさか毎日見えている星で千明は驚かないはずだった。


「昨日は雨で、こちらは来なかったのですが。」さぼってしまった事を恥ずかしく

 感じて言ったが、千明は気に留めない様子で、梯子に左手を掛けた。

「一昨日地の低い位置にありましたね。雨が降る少し前で。

 今日は風が少し強い。もう一度みたいのです。」

梯子の手とは反対の右手で

「どうぞ登って。」

と凛を促した。

いつも登り慣れている梯子だったが、

今日はてっぺんが遠いと思った。

このお酒は一体どうやって作ってきたのだろうか。


やっと一番上に来ると、

登った瞬間に両膝をついた。

「凛殿?」

すぐ後ろの千明が駆け上がる。

「す、すみません。御神酒が。」

空を見上げて、膝を立てて尻もちをついた。息が少し切れて、

お酒の強さを胸に感じる。

「御神酒?」

「あ、いえ。お芋のお酒を初めて。」

両手を後ろについたまま千明を見上げて言った。

「ああ、昨日私もいただきましたが、米と違って強く感じましたよ。」

胸元から竹筒を差し出してくれた。

「先ほど汲んだばかりですので。」

「ありがとうございます。」

受け取って、二口飲んだ。


「なんか甘いですか?」

「甘く感じますよねここの水は。」

「でも美味しい。」

というと風が肩を撫でて、少し震える

「寒い、ですか?」

千明は一番上に来ていた衣を凛に掛けた。

「すみません。」

「いえ、私は今夜はこのままここで過ごすつもりで、

 衣を多く羽織っていますので。」

「その見えた星を追いかけるのですか。」

「ええ、ちょっと興奮して、今は熱いくらいです。

 凛殿はいつもの刻に戻ってくださいね。」

陽が沈みそうな西の空を見上げている。

凛は黄昏の空に、細い三日月が目に止まった。

「綺麗。」

夕陽とは違った冴え凍る色で、触ったら冷たそうだと思う。


はっくしゅーんーー。


「世話が焼けますね。」

というと、千明は、両膝を立てて座っている凛を後ろから温かい両腕が抱きしめた。

膝立ちの千明に

「千明様?」

斜め後ろを振り返る。

「まあ、しばらくこうしてますか。」

千明は両足で凛を抱え込んだ。

「ち、千明様。すみません、あの。」


温かい体温が伝わってくる。馬に乗っている時は感じなかった温かさだ。

「月があの明るさだと、

 星の観察をするには良い夜です。」

冷静に天の動きを見ている千明らしい物の言い方だった。

「もう少しすれば、西の空も暗くなる。」


「先ほどの星は西方なのですか?」

「ええ、地のすぐ上で、

太陽とともに、見えなくなってしまった。」


「で、では其方を。」

斜め後ろに顔を向ける。

「いや、少しだけこのまま。」


凛は千明の身体、全身で抱きしめられていた。

温かいと感じて、ただ、石の様に動けない。

しばらくすると、

「もう見えてないか。」

とため息混じりの言葉が頭から降ってきた。


「どの辺りですか?」

「あの、氐宿の辺りでしたが。」と形の整った人差し指で指す。

「箒星では?」

「いや、かなり明るくて固まって見えたし、尾も無かったのです。

 この楼は上手く方向を捉えて建っているので、

 間違ってはいないかと。」

凛は、ハッとして体の向きを変えた

「客星ですか?」

「おそらく。私の見立ててでは。」

「客星。。。」そのまま黙って千明の顔を見ると

「客星は、凶事ですか?」と凛の頭の中の言葉を表に出してくれた。


千明は佐奈田と違って、占いの知識が深いし、否定もされたことが無かった。

「験は凶事です。その方角には兵乱。」

千明が力を緩めたのを感じて、凛は

振り払う様に立ち上がって北の方角をみる。


動かない星、帝星が、北斗の尺を伴って、

強く輝いている様に見えた。

色もいつもの白ではなく、少し青味が差して、瞬いている様にさえ見える。


そんな色に見えたのは、陶国に来てから初めてだった。







氐宿:てんびん座

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