五十二、帰途
従者の寛治は、立ち去る篁に拝礼をすると、
勤勉な彼らしく、相生にくっつくように立っていた凛たちに駆け寄ってきた。
「ご帰宅の準備を。超を使いますか?」
相生はギョッとしたように
「いや、馬を出来ればお頼みしたい。
どうも鳥に乗るのは苦手で。」
と言った。水の里からは超に乗ってきてくれたのだろう。
「一頭は凛殿が乗っていた馬を預かっています。少し背が低いので、
貴殿には小さいかもしれませんが。」
「途中の邑まで、馬で迎えにきてくれる事になっております。
そこまで保てば良いのです。」
「では用意いたします。少しここでお待ちください。」
寛治が篁とは反対の方へ去って行くと、凛は
「超は乗るのが難しいのですか?」
と聞いた。
「速いのだ。落ちそうにならないようにしがみついているのが
精一杯だった。」
「まあ。」馬ならば物凄い速さで駆ける相生が弱気でいるのが
意外で微笑む。
「元気そうではあるな。」
「はい。」
「怖くはなかったか?」
「怖いとか考える時がありませんでした。」
「詳しくは道中で聞こう。ここは天府だ。帝がお前を
所望しないとも限らん。一刻も早く立ち去りたい。」
「帝にはお会いしていないですよ?」
「いつ着いた?」
「昨日です。ここでは一晩しか過ごしておりません。」
「東宮殿とか?」
「え?」
一瞬、質問の意図が判らずに聞き返す。相生は蒼白な顔をしていて、
気がついた。篁との関係を聞きたいのだ。
「特に、何も。その夕餉は頂きましたが。」
「ふー。良かった。」瞑目するように言う。凛には、
本当に心配をしてくれていたのが伝わってきて
視界が少し滲んでみえた。
「お支度を。」いつもの喋らない侍女が割って入ってきて、
二人で天府の門を出る。
門には凛が綾人から奪った馬と寛治がいた。
「あれは、綾人のところの豊だな。」
馬好きの相生は、月の根国中の馬の名前を知っているのかもしれないと
思う。
「先は長いからな。途中で乗り換えよう。」
「ホウ、宜しくね。」
突然飛び乗った凛をとにかく逃してくれた子だ。灰色がかった白い馬だった。
「では道中お気をつけて。干飯と鮎を少しですが。」
そう言って、携帯させてくれた。鮎は篁が覚えていてくれたのだろうか。
保存は効かないからすぐ食べようと思う。
「寛治様。ありがとうございます。篁様にも宜しくお伝えください。」
寛治は、心底、篁に忠実な人物のようで、
「これ以上ここに留まるのは、三毛殿には危険です。お迎えが速くて
私も助かりました。」そう言って笑って送り出してくれた。
凛はホウに乗せてもらい、相生が引いて山城を降っていく。
途中の市は相変わらずもの凄い人で溢れていた。
生きた魚のまま売っている店もあれば、
海鮮を焼いた物やら、山の獣たちを引き裂くように掲げて売る者。
山菜やお菜、食べ物は多分なんでもある。
見たことのない形の野菜は見ていて面白い。
市の門を通り抜けると、
凛が一度逃げて通った大通りを行く。
突き当たりの森の入り口に差し掛かると
ふっと風を感じた。
相生が前を向いたまま、「助かる。」と言うので
左右に頭を振ると、いつの間にか左手に、
碧がいた。
二人に守られている感覚でホッとする。
碧も前を向いたまま、話をする。
「綾人はまだ捕まってない。
天府の追手を二人巻いた。」
「なに?」
天府の手のものは、寛治が言っていた配下のものだろう。
「綾人はそんなに手練れか?」
相生は驚く。
「いや、色々とあり。
凛が目当てならば、ここに来るだろう。」
二人の会話を聞いて凛は、すでに綾人が自分を連れ出したことが
知れている事に驚いた。藤見は大丈夫だったのだろうか?
そしてまだ狙われるのかと心が沈む。
「綾人様はどうしたいのですか?
私を帝に献上して、何を求めているのでしょうか。」
相生は、「まあなんともな。」ため息混じりに答える。
綾人は王妃、鏡の弟だ。権力を持ちすぎるほどなのに
何が不満なのか。
「確かに、最近は宰相の父が、政治を統括していると言う感は否めないが、
軍事では静一族が群を抜いて、権力を保持しているからな。」
「宰相様は、有能なのですね。」凛は、
ため息で、次の言葉は発しなかった。
なのに父も母も殺された。。。
一瞬静けさが来た後に、
不自然に風が動いて、
碧が身構える。
「凛!」
反射的にに相生が凛をみる。
「ぐっ。」
馬に跨った格好のまま
凛は右手から崩れ落ちた。
「右後ろだ!」
叫んだ碧は反対から凛に駆け寄ると、
刺さった矢を見た。右の臀部から血が広がっていく。
「深くはなさそうだ。」体を押さえつけて、
携帯していた竹筒から酒を口に含むと、
矢の周りの皮膚を押さえて一気に引き抜いた。
「がはっつ」
酒を吹きかけると傷が深くないことを見てから、布で縛りつけた。
茂みのほうに掻き分けて入って行った相生は、
凛に矢を放った女をおさえつけた。
「お前。藤見か?」
藤見が綾人に手引きをしたのは明白だった。




