三十、月の根国
月の根国、神祇家の朝は礼拝で始まる。
高槻に御山の支流から組んできた水を汲み、
供物を全て新しくし、
神棚に向かい祈りを捧げる。
神棚の真ん中には巨大な青緑色の勾玉が置かれている。
碧玉と呼ばれる石を切り出して磨いたものだ。
碧玉は不思議な色だと思う。
木々の緑でもないし、空の青色とも違う。
碧玉の色は碧玉でしかみたことがない。
祖母の雅が言上すると、
礼拝をし、朝の儀礼は終わる。
次は朝食へ向かって、神に背を向けない様に建てられている食堂で
食する。
水の里ではご飯を毎日自分たちで炊いた。
月の根国では、食事を用意する従者たちがいる。
何もしなくて良いのがかえって凛を疲れさせる。
食べる物も、水の里とは違った。
鮎やアマゴといった川魚はあまり出ない。
代わりに、山のものと、
獣肉を干したものがよくでる。
美味しいと思ったサワラという魚は海の魚だと気がついた。
ここにきて良かったことは、
三毛であることを隠す必要がなくなったことだった。
水の里では母の左衣と育てていた丸い木の実で
髪を黒く染めていたけれど、
ここでは、三毛は斎宮に上がるものとして、
一種、特殊な存在であるらしかった。
後で聞いたが、今の斎宮様が体調を取り戻して、
直ぐに御山に支えなくてはならない使命からも解放されていたのは、
有り難かった。
ただ、占トを垓月王の前でする時はかなり緊張する。
水の里での占トは興味半分で、
せいぜい参考にするくらいのものだったが、
ここではそういかなかった。
頻繁に、垓月王の前で占いをし、結果は国の方針を決める。
凛が来る以前から行われていた習慣で、
誰も疑問に思っていないことも恐ろしかった。
祖母の雅が必ず同席して、神祇家に仕える巫女が順番に占う。
舞も占いも神祇家では重要だ。主神の月神様に捧げるのだ。
初めて雅に会った時、思ったより厳しそうな雰囲気の人だと思った。
凛を見て、
「なんと言えばいいのか。久しぶりね。」
と微笑んで言った。
少し遠い目をしている様に感じたのは、
自分の生みの母を思ったのかもしれない。
直ぐに巫女としての暮らしを教えてくれたが、
お互い感傷に耽っている暇がなかった。
月の根国の占トは、神からの憑依が主であり、
凛は直ぐに無理だと思った。
「私に神の声を聞き取れる才はないと思います。」
次々と占トの所作を教えてくれる祖母の雅に早々に言うと
雅は、目を瞬いて、目を瞑った。
凛は、困った様子の雅を見て、言うのでは無かったと
思いながら次の言葉を待つ。
「良く伝えてくれましたね。たといそうであっても、
聞こえる様子が、民にとっては大事なのです。」
「騙す、という事ですか?」
「心の拠り所なる様にお支えするのです。」
「拠り所ですか?」
「明日のことは誰にも分からない。見えないものに人は不安なるのです。
その不安を取り除くと、生き易い。」
「祖母様には神の声が聞こえるのですか?」
「何とも。私は昔から勘の良い子だ。と言われて育ちました。
感じることを言葉にしているのが本当のところ。」
「私は勘が良いとは思わないのです。」
「凛。いきなりは無理でしょう。ただ、人は生まれ持った性質があるのです。
貴方は何処か目立つところがあって、大衆の中にいても
何処か光る。三毛だけが原因だとは思わないのです。」
しっかり正面から見て言われる。
「生まれ持ったその雰囲気を大事にしなさい。王の垓月様は特にお心が
弱いとことがあるのです。」
「お役に立てという事ですか?」
「天命を枷とするのではなく、味方にするのです。」
祖母の斎宮としての年月が感じられて、黙ってしまうしかなかった。
先日行った占トは米の豊作についてだった。
稲の育苗は成長に大事だ。
神の声というよりは、水の里でいつもしている習慣で、
御山に雲がかかってから踏耕するというのをお伝えした。
御山は王廷からは見えないので、
空の色と星の動きで、暦でいう六月に入って直ぐを勧めた。
神の声ではなく、
実の父が残したという円盤や、カラのくれた彼国の巻物を見ている自分がいる。
空の動きや星宿の動きを見る事を重ねていけば、
まだ見ぬ明日のことが、見える様な気もしていた。




