第36話
今回の依頼はグルエルから借り受けたタブレットで救助対象の居場所がリアルタイムで見れる分、操作の心配は必要なかった。
が――ダンジョンの奥へと進むにつれ、そこに巣食う魔物共が私たちに牙を剥き始めた。
「ジーナ! 後方に注意だ! やはりここの魔物共はパーティー戦術論を熟知しているようだ。奇襲に気をつけろ」
「ああ!」
もう何度目だろうか。
駆け足でダンジョンを進む私たちの行く手を遮るように通路を塞ぐ魔物パーティー。
出てくるのがゴブリンにオークだけな分まだ優しいが、6体で1パーティーの単位で現れては人間並みの連携を取ってくる分、脅威が通常個体と段違いで高い。
私は背後をジーナに任せて前に突っ込む。
パーティーの強さを理解しているのなら弱点をつくまでだ。
ダンジョンの壁を伝って、魔物パーティーの背後に回り込む。
後列には背が小さなゴブリンが3体。どいつも杖持ちだった。
ゴブリン達は私が回り込んだ事に反応しきれていないようで、急ぎ何かしらの呪文を唱え始めている。
「足を止めて悠長に詠唱していて大丈夫か?」
詠唱を終える前に距離を詰め喉をナイフで掻っ切る。すぐには死なないが、これで呪文の類は飛んでこない。
前列に控えていたオーク達は、戸惑う後列ゴブリンの体が邪魔になって私に近づく事すら出来ずにいるようだったが、その中の1体が味方の体を蹴り上げ私に詰めてきた。
「ほう。だがそれは悪手だぞ」
味方ゴブリン2体がオークのそばに立っている。
つまり今このオークには十分な足場が確保されていない。
そんな状態で近接戦をやろうものなら武器に振り回されるだけだ。
オークは棍棒を振り回そうとしたが――ギャギャギャ!? とゴブリンが「やめろ!」とばかりにオークに訴えた。
オークは攻撃を止めようとしたが、強引に動きを止めたせいか足がもつれた。
「これが奇襲の危険性だ。覚えとくんだな」
その隙に私はオークへ飛びかかり首を切断してやった。首が取れたオークの肩を足場に残る2対のオークの脳天にナイフを突き刺す。
この2体は突っ込んできたオークと違って判断能力がそこまで高くないらしく、元の場から動いていなかった。
残る杖ゴブリン3体に目を向けるが、そこには喉を裂かれた事による出血で2体は事切れていて、残る1体は先程オークに蹴り飛ばされ天井のシミになっている。状況終了だ。
「もう大丈夫だ」
私はジーナとリオンに声を掛ける。そこにはウィルの姿もあり、どうやら2人を守ってくれていたようだ。
3人は私の元へ駆け寄ってきては周りに転がる魔物の死骸に目を向ける。
「かなり手強かったな……」
ジーナが剣を構えながら呟いた。
「ああ。1体1体は雑魚だが、こう連携されては新種の魔物だ。魔術も攻撃ではなくサポート特化の物ばかり使ってくる。それにあのオーク。自分で考えたかのように仲間を蹴り飛ばして私を攻撃してきた」
「それっておかしい事なの? 動かなきゃ死んじゃうって時にただ止まってるなんて魔物でも無理なんじゃないの?」
「確かにリオンの言う通りだ。だが魔物に生物らしい生にしがみつくような動きはしない。魔物研究はまだそこまで進んでいないが、大陸で広まっている常識に、魔物は恐怖、痛みに鈍感であると言われている。それなのにあのオークは私を殺さなければと動いてみせた。周りのゴブリンも味方を蹴られた事に怒ったようだったしな」
これは魔物にはない特徴。妙に人間らしい。
『もしかすると人間を食べてばかりで人間の考えを学習したとか? ってそれはないか……』
「いいやウィル。それは無いとも言い切れない。むしろ可能性としては十分に有り得る」
予想外の返答だったのかキョトンとした顔を浮かべているウィル。
食って学習したかは別として、何かしらで魔物共は人間という生物を学習している。
それが何なのかは分からない。だが今1番分かっていることは。
「このままだと救助対象の2人が保たない。リオン、ジーナここからは強引に先を進む事する。多少痛みと苦しみが襲ってくるかもしれないが、それは錯覚だと振り切ってくれ」
『ふぅん……。お前がそう言うってことは……私をフル活用しようって事かしら?』
ウィルの不適な微笑みと共に発せられた言葉にリオンとジーナは息を呑んでいた。
そうするしか短時間で2人の元まで辿り着けない。
恐怖と痛みを知ったのなら思い知らせてやるとしようじゃないか。魔物程度が人間の真似事をすればどうなる事かを。
***
「ジョルジュ! しっかりして!」
「アイネ……僕はもう無理だ。君だけでも逃げてくれ……」
ダンジョンの奥。通路の壁際に追い込まれていた僕とアイネは目の前からじりじりと迫る魔物パーティーを前に身を寄せ合っていた。
度重なる戦闘で僕の体はもう使い物にならない。
利き腕である右腕は千切れ、上装兵として与えられた特殊兵装はエネルギーが切れてただのガラクタと成り果てた。
そんな僕を妻であるアイネは守るように前に立ってライオットブレードと呼ばれる銃剣一体となった特殊兵装の切先を魔物に向けている。
「馬鹿言わないでよジョルジュ! 私があんたを見捨てれると思ってんの!?」
妻のアイネは僕の事を本当に愛してくれていた。
幼い頃からずっと一緒だったのだから見捨てるなんて事は出来ないんだろう。
僕だって逆の立場なら離れず、最後まで争って生きようとするさ。
ダメだったら一緒に死ぬ覚悟だってある。
だけど……。目の前で……僕のせいで魔物に傷つけられるアイネの姿を見てられない。
「僕は置いて行ってくれ! ここで死んだとしても仲間達が助けに来てくれる! 死体になった後で救い出されればいいだけの話じゃないか!」
「いやっ! そうなったらあんたの記憶はどうなるの? どこまで消えちゃうか分かってんの!?」
「だとしても――」
「ギシャシャァァァ!!?」
僕の言葉を遮るように魔物達が雄叫びを上げて迫った!
アイネがライオットブレードを振り回し、発砲し、争って見せてはいるが、ダメだ……。
どれだけ攻撃を与えても魔物達は後列に控えた魔物の回復魔法でアイネが付けた傷をみるみる内に塞いでいく。
「あっちいきなさいよ!!」
必死なアイネの攻撃を前に最前列に立つオークがニヤリと笑いやがった。
まるでアイネの事を面白い玩具でも見るように。
「グガアアアッ!!」
そのオークが棍棒を振るった。アイネは咄嗟にガード体制を取ったが――
「きゃああああ!!?」
「アイネ!!?」
オークの力任せの攻撃がアイネの華奢な体を武器ごと吹っ飛ばした。
壁に激突して気を失ったのかアイネが動かない。
僕は必死に体を動かしてアイネの元へ急ごうとしたが、そんな僕をゴブリンやオーク達が道を塞ぐ。
「やめろ……」
アイネを吹っ飛ばしたオークが棍棒を捨ててアイネの足を掴んだ。
「やめてくれ……」
もう片方の手でアイネのもう一方の足を掴んだ。
こいつ……アイネを引き裂くつもりか!?
「やめろおおおおおおお!!!」
オークがアイネの両足を左右に引っ張ろうとしたその時――
風が吹いた。
ダンジョンの奥だ。
外からの風は一切届かないはず。
それなのに僕の髪を揺らすほどの風が吹いた。
前髪が風で揺れたと思うと、ザクリとオークの右腕にナイフが突き刺さったのが見えた。
オークは突然の痛みに刺さったナイフを抜き咆哮を上げる。
そのナイフは血で汚れていて使い物にならないように思えた。
そんなナイフがどこから? ましてやいつオークの腕に突き刺さった?
一体何が――
「【ルフラ】」
突如としてオークの腕が血を巻き上げ吹っ飛んだ。
今のは、人間の――声か?
「良かった……ぎりぎり間に合ったみたいだ」
声の元に目を向けるとそこにはボサボサの白髪。
高い身長で身体中が真っ赤に染まったアンデットの様な何かが、腕を前に突き出して立っていた。
それがアンデットなのか、はたまた人間なのか僕には判断できなかった。
なぜならその存在を認識してから僕の胸が締め付けられる痛みと吐き気が同時に襲いかかってきたからだ。
死だ……。死が迎えにきたんだ。
そう思わされるほどの圧迫感。だが、そのアンデットは続けてこう言った。
「そこの2人安心しなさい。私たちは味方だ」
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