第七話 woker ant
「おい藤井。出かけるぞ」
オレはジャケットにそでを通しながら藤井に声を掛けた。
「はい。分かりました」
やる気があるのだか、無いのだか分らぬような返事を藤井は返してきた。
営業車の止めてある駐車場まできたところで、藤井が気を利かせたつもりなのだろう、こう言ってきた。
「運転は僕がやりますよ」
非常に余計な御世話である。こちらは人間の世界で運転という愉しみを見つけたばかりなので、こんな面白いものを他人に譲る訳にはいかんのだ。藤井の好意を断りオレの運転で出掛けることになった。目的地は「六海道書店」。人間生馬が週に一度は通っていた所謂お得意様である。当然、オレも何度も着たことがあるのでそこまでの道は良く分かっている。
それにしてもこの藤井と言う男。吉本支店長は何やらこいつに不満があるらしいのだが、オレにはそれが全く分からない。支店長殿の指令を全うする為には何か手を打ってやらないといけないわけだが、何をどうしていいか分からないオレは単刀直入にこいつに聞いてみることにした。
「なあ藤井。何か悩みや不満でもあるのか?」
オレはそう聞きながらポンと彼の肩を叩いた。悪魔の能力をもって生き物に触れるとその生き物の数時間程過去の記憶を読み取れるものなのだ。その為に肩を叩いたのであって、決してこいつを元気づけようというつもりは無かった。
「はい。まあ…。無くはないですけれど」
全くはっきりしない答えだ。オレは人間のこういうところが大嫌いだった。YESかNOかそれだけでもはっきりしないと会話にすらならないではないか。オレはこいつから吸いとった記憶をもとにかまをかけてみた。
「なあ藤井。オレ達は何のために仕事を一生懸命しなければならないか分かるか」
どうやら彼の悩みのひとつはこの問い掛けに大きく関係するものだったらしく彼は多少驚きながらオレの顔を見つめながら答えた。
「実はそれが分からなくて悩んでいたのです。生馬さんはそれの答えをお持ちなんですか」
「簡単なことだ。会社を大きくする為だよ」
生馬の車のポケットに煙草なるものが置いてあった。オレが見ている限り生馬はこれをひっきりなしに吸っていた。生馬らしさを演出する為にオレは煙草を口にした。煙草に火をつけてスーッと息を吸う。ニコチンだがタールだが分からんが煙がオレの肺にしみわたる。
うん。これも悪くない。生馬と言う人間はなかなか世の中の美味いものを知っていたようだ。
「本当にそうなんですか?自分の為とかではないんですか?」
藤井はまるで的外れな質問で返してきた。オレは煙草をもう一度吸い込んで、
「いや、会社の為さ。もっと身近なところでいうと吉本支店長の為さ。オレ達がいい営業成績をあげれば吉本さんはもっと偉くなるだろう。支社長になって取締役になって、やがては社長になって欲しい。その為にオレは働いているよ」
「どうして吉本支店長の為にそんなに頑張れるんですか?生馬さんはうちの会社の社長には吉本さんがつくべきだと思っているんですか?」
「社長の席につくべきかどうかはオレが決めることではないだろう。ただ、オレはそれを望むばかりさ。今のオレの上司が吉本さんだからその人の出世に貢献するのがオレの役目だとは思っている」
「もし吉本支店長が異動になって違う支店長のもとで働くことになったら?」
「新しい支店長の為に働くだけさ。」
「そんな。生馬さんは吉本支店長が好きだから支店長の為に働くんじゃないんですか?」
「オレの言い方が悪かったかな。オレは吉本さんに限らず自分の上司の為に働くんだ」
「そんな。それじゃあ蟻と一緒じゃないですか」