第八話 働きアリの言い分
藤井は少しムッとした態度で答えた。
「生馬さんは蟻と一緒なんですか。人間じゃないですか。蟻とは全然違うでしょう」
「働くということに関しては働き蟻と一緒だよ。働き蟻は女王蟻の為に盲目的に働くだろう。オレは上司の為に盲目的に働く。それが何か悪いことかい?」
「いくらなんでも蟻と人間を比べるのって極端じゃないですか。人間には自我もあるし知恵もある。仕事だって一年中餌を女王のところまで運んでいくだけの蟻の仕事とはわけが違うじゃないですか」
「お前の今の話には大きな疑問が残るな。蟻にだって自我も知識もあるよ。ただ人間と比べると少しそれが小さかったり劣っていたりするだけさ。彼らは彼らなりにできることを考えて自分のなすべきは女王の為に餌を運ぶことだと理解しているのさ」
「人間と蟻とでは自我も知識も比べ物になりません。生馬さんは悩んだりしないんですか。今の仕事が自分にあっているかとか、自分のやるべきことは本当にこれでよいのかとか」
「今の仕事が自分にあってえるかなんて知ったこっちゃないさ」
オレからしてみれば本当は蟻もお前の脳も大差ないさと思いながら煙草の火を消した。
「大体自分にあった仕事ってなんだ。自分がやっていて楽な仕事なことじゃないのか?」
藤井は言葉をつまらせた。
「それにやらなきゃいけないことって何だ?お前はお前にしかできない使命を持つことができる程有能なのか?お前だけの特別な能力でも持ち合わせているのか?もしお前が他の人間より優れた能力を持っているなら、まずは決めることだ。仕事を止めるか続けるか」
「生馬さんは僕が仕事を辞めた方がいいと思うんですか?」
何かにすがるような目でオレをみながら藤井は問うてきた。哀れなものだな。この程度の問答で苦しまなくてはならないとは。
「答えは『知らない』だ。お前をどうでもいいと思うわけでもなく、オレには『知らない』ことだ」
藤井はしゅんとしてしまった。何やらオレに叱咤されているとでも勘違いしているように。
本当は藤井が仕事を辞めようがどうしようが、どうでもいいと言えばどうでもいい。ただ、それよりももっと無関心なのだ、オレは。知らないというよりは知ったこっちゃないという感じか。
「生馬さんは自分が働き蟻でも構わないんですか?」
「構わないどころか胸を張れるね。オレは働いているんだって。女王の為に必要な存在だって言える様に仕事をしているさ。オレは働き蟻でいたい。働いていたい。いいか。働き蟻のうち四分の一は実は働いていないんだ。そして働いている4分の3でひとつの集団を作ると不思議な事にまたその中の四分の一は働かなくなるそうだ。オレはいつまでも働く側でいたいね」
「どうしてそんなに他人の為に頑張れるんですか?自分が女王になろうとは思わないんですか?」
「他人の為に働く方が楽なんだよ。仕事がうまくいっても、いかなくても傷つくのはオレじゃない。女王だ。女王は担がれているだけのただの神輿さ。担がれていい気になっている馬鹿な者が多いな。オレは馬鹿にはなりたくない。だから女王にはなりたいとは思わないね」
「仕事に失敗したら傷を負うのは女王ではなくて生馬さんじゃないですか」
「働き蟻でいる限りオレは大して傷を負わないよ。悪くても給料が減るくらいだろう。女王はいつも腹いっぱいでなくては気が済まないからな。いつも満腹でいると少しの空腹にも耐えられなくなるのさ。オレが餌を運んでやらないと苦しむのは女王だけさ」
藤井は納得いかないといった様子で車窓から外の景色を見つめ出した。
ここまで藤井に話してやったことは別にオレが常日頃思っていることではない。オレも一度は藤井のように人間は何故こんなにも働くのか疑問であった時期もある。しかし、生馬を見ているうちに上に述べたような解釈をオレなりにしただけだ。人間生馬だったら藤井のこの問いに何と答えたのであろうか。それがとても気になった。
そうこうしているうちにオレ達は目的の六海道書店へと辿り着いた。




