第96章 本格推理小説のすゝめ 終章
「所長ぉぉぉーーーーー!!!!」
【弥生野邸訪問から5日後 RR探偵事務所にて】
「ちょっと。鬱陶しいから離れなさい、スフレ君」
「『青山スフレ君。彼女もRR探偵事務所の大切な仲間です』。『大切な仲間です』キリッ」
「2回言ったニャ」
「所長ぉぉぉー。ああだこうだ言って、やっぱりこの青山スフレさんを超有能ミラクル美人ピチピチJD秘書兼探偵助手として高く買ってくれていたんですねぇぇぇーー!!」
「そこまでは言ってない」
「JD言うニャ」
「・・・でも、おやつのつまみ食い程度の罪は犯すと思われてるんっすね」
「それはそうでしょ」
「間違っていないのニャ」
スフレさんは、それはそうかもしれないっすけど云々~、などとつぶやいて頬を膨らませています。
「ああーー。それにしてもこの所長の謎解き、生で聞きたかったっすねーー」
「仕方ないでしょ。君、食中毒でダウンしてたんだから」
「桜っちからのメールを見て依頼を受けようと下準備していた時にお腹が痛くなって大騒ぎしたのニャ」
「あの日食べたA定の柿フライにあたったんですよぉ~。昨日まで寝込んでたんですから」
「確か大学で昼食にミックスフライ定食を食べたとか言ってたよね」
「それで、その旨を桜っちに伝えたら、『だったら私が代わりに行きたいです』って言ったから弥生野さんちに3人で行ったのニャ」
事務所のテーブル。
まさかのハプニングでせっかく本人御所望だった“本格的な推理小説”を欠席してしまった青山スフレさんは、今日ここで『本格推理小説のすゝめ(1)~(8)』を読んでいます。
そして物語の最後、タルト所長の最終推理部分を読み、感動しているところです。
「でも桜さん、どうしてこんな事したんっすかね」
「“空さん”とは2年も文通していた友人だったからね。1回目にトイレに行ったとき、例の物置を見つけていたらしい。で、自分で思いついた座敷牢の話をどうやら信じ込んでしまったみたいで、直接問いただそうと一人で当主に会いに行ったんだけど、背を向けて無防備に立っている当主を見て、友人を監禁している非道なその父親に対して突然怒りが湧いてきて、持っていた広辞苑で衝動的にガツンといってしまったらしい」
「殺意はなかったニャよ。倒れているご当主さんを見たオレっちが思わず殺人事件かと口にしたら、“そんなまさか”って顔をしてたのニャ」
スフレさんはそのシーンを読み返してみましたが、確かにそのようです。
「そういえばあとから聞いた話なんだけど、長女の香澄さん、僕が見せた弥生野空さんの顔に見覚えがあったらしい。後で思い返してみると、ヨンリオピュアランドの宣伝広告のチラシで見た事を思い出したって」
「ああ、無料の写真素材っていってたからニャー。そういえばタルト所長が香澄っちにスマホで写真を見せた時、一瞬ひっかかるようなそぶりを見せてたのニャ」
スフレさんはそのシーンを読み返してみましたが、確かにそのようです。
「でもですね。この小説、ずるいですよね。弥生野さんちを訪れた3人、普通、所長とエ・クレアさんと私だと思いますよね」
「僕は一言も同行の女性を“スフレ君”なんて呼んでないよ」
「地の文でもその事には触れてないのニャ」
エ・クレア助手の言う通りですよ。
《男性1人、女性1人と猫1匹》
間違ったことは言っておりませんです、はい。
「だいたい、君なら河童を助けるのにペットボトルを投げ込んだりしないだろ」
「そんなこと思いつく前に自ら川に飛び込んで直接助けるのニャ」
「・・まあ、それはそうっすけどね」
※特別な訓練(着衣水泳検定8段)を受けている彼女だからできる救助法です。真似をしないで下さいね。
「それにね。僕たちが空さんの写真を見せて聞き込みをしていた時のことを読み返してごらん」
「うん?何すっか?」
「まず同行の女性がランド・スチュワードと話しているシーン」
「えーーーと。あ、ここですね」
《老齢紳士のランド・スチュワードに例の写真を見せた。》
《ランド・スチュワードは写真を受け取り、眼鏡を上に持ち上げてじっと見つめていたが、どうやら見覚えがないようだ。》
「ふむふむ・・・特におかしい所はないと思うっすけど?」
「では次、僕の聞き込みのシーン」
《赤岩タルトはスマホの画面を浅比に見せた。
スマホには、依頼者から受け取った弥生野空の写真データが取り込まれている。》
《赤岩タルトは胸ポケットからスマホを取りだし、例の写真を見せる。》
《赤岩タルトは乃耶麻にもスマホを見せた。》
《赤岩タルトは“弥生野空”の写真だとされている画像が映ったスマホの画面を林山に見せた。》
「所長、写真見せまくってますね」
「その調査をしてるんだから当然でしょ。そういうことじゃなくて、ほら、僕はスマホの画面を見せてるでしょ」
「“弥生野空”の写真は桜っちのメールに添付された画像データとして送られて来たからニャ」
「でも、この女性は“写真”を見せてるよね。写真の原本を所有しているのは依頼者の佐倉さんだ」
「なるほろ!」
「それに僕、ちゃんと言ってたよ。“探偵は2人”だとね」
「ああ、この執事さんと話していた時っすね」
《「いいえ。れっきとした探偵は2名です。こちらの猫はエ・クレアと言いまして、私の探偵助手ですが、もう一人は・・・」》
「またいつもの件かと思わせる言い方なのニャ」
「ずるいっすよねー」
「ほら、そこもポイントなんだよ」
「“そこ”ってどこっすか?」
「ほらほら、それだよ。君の“~っす”っていう口癖。同行の女性は1度も使っていなかったよね?」
「なるほろ!」
「そもそもスフレが同行していたら、いくら今回が本格推理小説風のお話だとしても、トイレに2回行く程度のドタバタで終わるはずがないのニャ」
3人は事務所のテーブルで、おみやげの粉だらけきなこもちを食べながら、今回のお話の“おさらい”をしています。
「このきなこもち美味しいっすね」
「わざわざスフレのために買って来てやったんニャよ」
「ちょっと、そんなに食べて大丈夫かい?お腹の調子、やっと治ったばかりなんだよね?」
「もう大丈夫っすよ。それに餅にあたった人なんて聞いたことないですからね・・・・ぐふっ」
「尋常じゃない量の粉まみれなのニャ」
「それにしても、弥生野邸ってこんなたくさん使用人さんがいて、お金持ちなんですねー」
「純ジャペン風の家にフットマンとかいたしね」
「小説読んでる時にも気になってましたが、フットマンってラグジュアリーなソファとかに付属してる、足を乗っけるやつですよね?」
「それはオットマンなのニャ」
「フットマンは下働きの使用人の事だよ」
「そのフットマン田中さんの奥さんがパーラー・メイドさんニャ」
「え?足を乗せるのがオットマンでメイドの夫がフットマン?」
「?????」
「まあ、混乱するのも無理はない」
話が一段落ついたところで、スフレさんが事務所宛てのメールチェックをします。
「あ、桜さんからメール来てますよ。・・・ふむふむ。どうやら浅比さんの事件に関しても、警察沙汰にはならなかったそうです。浅比さんはあの後、主治医に一応検査をしてもらって、異常もなかったという事です」
「何事もなくてよかったよ。彼も大事にしたくないって言ってたしね」
「一件落着ニャ」
「しかも、桜さん、これから弥生野家のメイド・オブ・ビトゥイーンとして働くそうです」
「めいど・おぶ・びとぅいーん?!」
「ニャ?!これまた聞きなれない役職ニャ」
「“メイド見習い”のようなものらしいですね。桜さん、元々アナログが好きみたいで、これまでの仕事に疑問を持っていたそうです」
「えーと、確かウェブデザイナーだったよね。思いっきりデジタルだよね」
「ニャのに文通をしてたり、紙の辞書を持ち歩いてたり、まさしくアナログ好みと言えるのニャ」
「あー、でも、佐倉さんの家って弥生野邸からかなり遠いよね。住み込みで働くの?」
「いえ。通いで働くみたいですよ」
「それは大変だニャ~」
「弥生野邸が建っている山のふもとの町に引っ越したそうです」
「ああ、あの小さな町だね」
「あそこからでも結構遠いんニャけどね」
「『あと、ついでですが苗字が林山になりました(ゝω・)てへっ 』と書いてあるっす」
「WHY?!?!?!?!」
「ニャンで?!?!?!?!」
「林山さんと結婚して一緒に住んでいるみたいっすね」
「だから何故?!」
「だからニャンで?!」
「『写真を添付しておきます。私と夫と息子・・・』」
「息子?!?!?!?!」
「そんニャ馬鹿ニャ!!!!」
「『・・・のソラです』」
そこには佐倉・・・今は林山となった桜と、林山直太朗、そしてアラスカン・マラミュートのソラ(♂)が仲良く並んで写っていたのでした。
これにて『本格推理小説のすゝめ』完結でございます。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!




