第95章 本格推理小説のすゝめ(8)
「犯人がわかったのですか、赤岩探偵」
屋敷の人間が食堂に集められた。
使用人のランド・スチュワード、バトラー、フットマン、パーラー・メイドと、初めて見る顔の女性使用人が2人。
話に聞いていたチェンバー・メイドとスカラリー・メイドだろう。
香澄と乃耶麻、佐都の姿もあった。
当主の浅比が最後に食堂に入ってきて、赤岩タルトにたずねた。
「ええ。これからお話しします。どうぞお席へ」
浅比が、食堂の長テーブルの短辺に当たる1人分の席、いわゆる“お誕生日席”に着く。
ここがいつも彼が使っている場所のようだ。
この家は客を招くことも多いようで、食堂には座卓ではなく長方形のテーブルが置かれていて、座席数も多い。
普段はこの食堂の席に着くことのない使用人たちであったが、浅比は彼らにも着座するようにうながした。
彼らは浅比の両側、テーブルの長辺上に並ぶ空き椅子に各々座っていく。
赤岩タルトをはじめとする3人は浅比と向かい合うように、テーブルの浅比とは反対側の短辺、椅子が置かれていない場所に横並びで立った。
「さて。今回、こちらのご当主である弥生野浅比さんが何者かにより頭を殴られました」
全員が席について一呼吸置いた後、赤岩タルトはゆっくりと話し始めた。
「現場にガラスの灰皿が転がっていたことから、僕も当初、凶器は灰皿だと思ったのですが、状況的にそれはおかしい。灰皿はご当主が資料の整理をされていた机の上にあった物だということですから、おそらく殴られた拍子に机の上から落下したのでしょう」
「もしかしたら、私が倒れる際に灰皿にぶつかったのかもしれません」
浅比が赤岩タルトの意見に付け加える。
「凶器が何か判明されたのでございますか」
ランド・スチュワードが赤岩タルトに問いかける。
「ええ。凶器は・・・厚い本です」
「本・・・なるほど」
「確かにあの重い灰皿より殺傷能力は低いですね」
「旦那様の傷の具合と合致しそうだわ」
「で、その厚い本とは一体何の事ですか」
他の使用人たちも口々に話し始める。
「広辞苑ですよ」
赤岩タルトははっきりと告げる。
しかし・・・
「ちょっと待ってください。それはおかしい」
そう声を上げたのはバトラーだった。
「弥生野家は代々“大辞林”派でございます。この家に広辞苑はございません」
その意見にはフットマンも賛成し、
「そもそもご家族の皆さんや我々使用人にはアリバイがあります!一体、誰が犯人だというんですか」
その言葉に、フットマンの妻であるパーラー・メイドが叫ぶ。
「まさか・・・・あなたたち探偵の中に犯人がいるんじゃ・・・・そうよ!きっとそうよ!ありもしない依頼をでっち上げてこの家に上がりこみ、旦那様を襲う機会をうかがっていたのよ!そうに決まってる!」
フットマンは立ち上がろうとする妻の肩を軽くおさえ、
「いや。赤岩探偵と猫のエ・クレア探偵には確かなアリバイがある。3時の時計が鳴った時、私と一緒にいたんだ。アリバイは完璧だよ」
と、諭すように妻に説明した。
それを聞いたパーラー・メイドは何かに気付いたように言った。
「赤岩探偵と猫の探偵の2人にアリバイが?・・・なら、アリバイのない犯人は・・・・」
その先の言葉を遮ったのは赤岩タルトだった。
「みなさん。我々RR探偵事務所には守るべき所訓、と言いますか理念のようなものがありましてね」
突然話を脱線させた探偵に、弥生野家の一同は一瞬あっけにとられたものの、赤岩タルトの有無を言わさぬその雰囲気に、口を挟む者は誰ひとりいなかった。
「ノックスの十戒といって、これは正しくは“探偵のルール”ではなく“探偵小説のルール”なのですが、ここではそれについて言及するのはやめておきましょう。ともかく、所長の私をはじめ、うちのスタッフはこの十戒を忠実に守っているのです。その十戒の中に『探偵自身が犯人であってはならない』という項目があります」
「それを根拠に、探偵さんが犯人だということはありえないとおっしゃるのですか?馬鹿馬鹿しい」
ランド・スチュワードがしびれを切らして口を挟んだ。
「ええ。もちろん十戒の事もありますが、それがなかったとしても僕は僕の仲間たちを疑うことはありません」
「仲間“たち”ニャ?」
猫探偵が赤岩タルトを見上げる。
赤岩タルトは自分の右側に立っているその猫探偵の方に微笑みかけ、もう1度前に向き直して話を続けた。
「ここにいるエ・クレア君は猫ですが、おしゃべりにゃんこの称号も持っている優秀な探偵助手です。僕の片腕と言ってもいい。彼がいなければRR探偵事務所は成り立たないでしょうね。彼には全幅の信頼を寄せています・・・・そしてもう1人。助手と言うにはいささか頼りなくはありますが、青山スフレ君。彼女もRR探偵事務所の大切な仲間です」
「ニャアアアアーーータルト所長ーー!!オレっちの事、そんな風に思ってくれていたニャンてーー!それにスフレの事も本当は認めていたんですニャアアアアーーー」
号泣する猫探偵の頭を優しくなでて、赤岩タルトは推理を佳境に突入させる。
「スフレ君の事ですから、おやつのつまみ食い程度の罪は犯すかもしれませんが、悪意を持って人を殴り気絶させる傷害事件を起こすような人間ではないことは僕が一番良く分かっています」
「ニャアアアアーーータルト所長ーー!!」
「もしもスフレ君がこの場にいて、もしも彼女にアリバイがなかったとしても、僕は彼女を犯人だなんて露ほども疑いませんよ」
「ニャアアアアーーー!!」
猫探偵の感涙は止まらない。
「犯人は広辞苑をこの屋敷に持ち込み、3時の鐘が鳴った時にトイレに行ったと見せかけて僕たちの元を離れてアリバイがなく、RR探偵事務所の人間ではない人物、それは・・・・」
赤岩タルトは自分の左側に立つ、今日1日行動を共にした茶髪でロングヘアの女性に向かって言い放った。
「あなたですよね。佐倉桜さん」
『本格推理小説のすゝめ』、これにて本編終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回は『本格推理小説のすゝめ』終章となります。




