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第94章 本格推理小説のすゝめ(7)

「町に降りるよ」


赤岩タルトは2人に告げる。


「ニャ?帰っちゃうのニャ?!」

「謎解きはどうするんですか?」


2人は不安そうな顔を発言の主に向ける。


「まさか。またここに戻ってくるさ。とりあえずは“弥生野空”さんの事件を片付けよう。彼女に会いに行くんだよ」

「やっぱり彼女は存在するんですね!」

「この家に監禁されていたんじゃなかったのニャ?」


「まあ、それは町に行ってからのお楽しみ、ということで。だけど、今から徒歩で往復するのは時間的にも体力的にもキツイよね」

「この家の車を出してもらえないでしょうか」

「ショーファーさんが入院中だって言ってたからニャア。タルト所長は運転できるから、車を貸してもらえればいいけどニャ」



~~~~~


「それはできません」


ランド・スチュワードは無慈悲にも一言そう言い放った。


「そこをなんとか」

「お願いします」

「ニャニャニャニャニャーーン」


猫探偵お得意の“ラブリーにゃんこスマイルおねだり攻撃”も、四角四面のランド・スチュワードには全く効果がなかった。

後でフットマンに聞いた話では、「ランド・スチュワードさんは犬派ですから」ということらしかった。


「いえ。決して車をお貸ししたくないから言っているのではないのです。この家の車はスーパーリムジンで、全長が30メートル以上ございます」

「ニャヌッ?!?!」


「その上、そのリムジンには少々“クセ”がありまして、慣れたショーファーでなければ運転は難しいと思われます」

「・・・・僕には無理そうだな」


「ちなみにどんな“クセ”なんですか?」

「ショーファーによると、右に30度ハンドルを回すと車は85度左に曲がり、左に30度ハンドルを回すと車は右に10度曲がるそうです」

「“クセ”どころの騒ぎじゃないような気がするけど」

「その車、車検通るのかニャ?」


「・・・まあ、こちらのリムジンが使えないことがわかりました・・・他の車は無いんですよね」

「左様でございます」


その時、背後から女性の声がした。


「それなら私の愛車を使って下さい」


一同が声のする方を振り向くと、いつの間に話を聞きつけたのか、弥生家長女の香澄が立っていた。


「香澄さん個人所有の車ということですか?」

「ええ。こう見えて私、意外とアクティブなんですのよ。ドライブが好きで。お父様には相当反対されましたけど。私の愛車でよければお貸しできますわよ」


香澄の申し出に飛びついた3人だったが、意気揚々と馳せ参じたガレージで見た彼女の愛車は・・・


「大八車」

「これでどうやってドライブをするというのか」

「これって人力で引かないとだめなのニャ。本末転倒なのニャ」


「私、レトロカーが好きなんですのよ」

「レトロのレベル」

「カーじゃないよね」

「自動で動かないのニャ」


「もしレトロがお気に召さなければ、リヤカーもありますわよ」

「レトロ具合はほぼ変わってないですね」

「そもそもそういう問題じゃないよね」

「どっちも逆に荷物になるのニャ」


「あとはもうバイクしかありませんわ」

「バイクあるんですか?!」

「それ早く言って!」

「ニャンだかニャア」


香澄が個人的に所有しているそのバイクは、全面ヨンリオキャラクターのイラストと色とりどりのラインストーンで装飾されていた。


「すごいデコり具合のスーパーカブですね」

「・・・ま、眩しい・・」

「イタバイクだニャ」


そのキラキラ改造スーパーカブは1人乗りタイプだった。


「どうしますか」

「仕方ない。僕が一人で行くしかない・・・・これに乗るのは勇気がいるけど」

「オレっちはタルト所長の肩に乗れば行けないこともないのニャ」


赤岩タルトは2人のほうにちらちらっと目を向け、


「いや、エクレア君。君もここで待っていてくれたまえ。よろしく頼むよ」


と言った。


「はいニャ。持参したナポレオンフィッシュジャーキーでも食べながらまったり待っているのニャ。後は任せて下さいニャ」

「はい。私も持参した広辞苑でも読みながらのんびり待っています。気をつけて行って下さいね」



~~~~~


赤岩タルトは香澄に借りたスーパーカブで山を下った。

フットマンに描いてもらった地図通りに進み、ふもとの町に到着する。

そして、町の入り口付近にある郵便局の前でバイクを降りた。


「やはりそうか」


赤岩タルトは独言した。

フットマンの話にでてきた“小さな町”と言う表現に彼は着目していた。

“小さな町”にあるのは当然“小さな郵便局”であろうと思った。

彼の想像通り、その郵便局は簡素な造りの小さな建物であった。


赤岩タルトは郵便局内に足を踏み入れた。

小さな郵便局は中ももちろん大きくはない。

受付カウンター内にはただ1人、制服を着た男性郵便局員がいるだけだ。


「こんにちは」


郵便局員が赤岩タルトに声をかける。

局員の胸には『林山はやしやま直多朗ちょくたろう』というネームプレートがぶらさがっている。


「こんにちは、弥生野空さん」


赤岩タルトが言うと、林山というその郵便局員は明らかに動揺の色を見せた。


「あ・・あ・・・あの」


赤岩タルトの方を、まるで恐ろしい怪物でも見たかのようなまなざしで見つめ、衝撃で声も出ないようだった。


「あなたが弥生野空さんですよね」


赤岩タルトは微笑みさえ浮かべて林山にこう尋ねたのだった。


~~~~~


「すみませんでした」


林山はあっさりと犯行(?)を認めた。

犯人こそ違っていたが、動機は猫探偵の推理通りであった。


「誰かと文通がしたくて雑誌のペンパル募集欄に本名で投稿したのですが、男性では見向きもされず・・・」


赤岩タルトはふと、ここにスフレ君がいたらきっと『所長、“ペンパル”って何すか?』なんて言うだろうなあ、などと想像してほんの少し笑みを浮かべた。

イタズラを咎められている子供のようにうなだれた林山は、赤岩タルトのその様子に全く気付くことなく話を続けている。


「弥生野さんのお宅宛ての郵便物は一旦ここでお預かりして、遣いのかたが受け取りに来る習慣でしたので、“弥生野空”宛ての郵便物を抜きとることは簡単でした。そもそもそれが目的で“弥生野”を名乗ったのですし」


“空”は自分の飼っているアラスカン・マラミュート(犬)の名前“ソラ”からとったものだという。


「で、この写真の女性は?」


赤岩タルトは“弥生野空”の写真だとされている画像が映ったスマホの画面を林山に見せた。


「ネットで拾ってきたフリー素材です」


やはりね、と赤岩タルトは息をついた。



~~~~~


林山は、文通相手佐倉桜に本当の事を伝えて謝罪することを約束した。

今回の事は警察沙汰にするような案件ではない。


「佐倉さんはあなたと連絡が取れなくなって心を痛めていましたよ。誠実に対応してあげて下さいね」


赤岩タルトはそう言うと、うなだれたまま「はい」、「はい」としきりに頷く林山を残し、その場を後にした。


「さて、“消えたペンフレンド”の謎は解けた。この依頼は事件という事件ではなかったけど、当主が殴られたあの事件については訳が違う。れっきとした傷害事件だ・・・・これももうすでに解けている・・・解けてはいるが・・・僕はこれを、この謎解きをこれから披露しなくてはいけないんだ」


郵便局を出た赤岩タルトは自分に言い聞かせるようにこうつぶやいた。

しかし、その彼の表情は全ての謎を解き終えた晴れやかさとは全く別の物であった。



~~~~~


「タルト所長、おかえりなさいニャ」

「どうでしたか」


弥生野邸に戻った赤岩タルトは、“消えたペンフレンド事件”の真相を2人に説明した。


「・・・それじゃあ、空さんは座敷牢に監禁されていたわけじゃなかったんですね」

「完全にオレっち達の勘違いだったのニャね。でも、逆によかったのニャ」

「・・・うん。まあね・・その郵便局員も反省していて、自分でちゃんと謝罪するって言ってたから、その件についてはもう彼に任せることにしたよ」


「それで、これからどうするのニャ」

「・・・うん?・・・ああ。エクレアくん、屋敷のみんなを集めてくれるかい。そこで当主の傷害事件について話をさせてもらおう」

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