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まおうのおうこく  作者: 石原にしん
28/33

まおうのおうこく27

「貴様ら! こんなところで何をしている!?」

「ベル爺・・・みんな・・・」


 アリアナは慌てて声を上げたが、ミリスは至って冷静だった――猫目族は他人の気配には敏感である。恐らく事前に察知していたのだろう。


「攻撃が止んだとは言え前線(ここ)は危険です!」

「まぁまぁ・・・そうは言っても、このままでは山羊からは逃げ切れますまい・・・」


 頭に血の上った様子のエルシィを、デーベルが優しい口調で嗜める。


「ベル爺、このままじゃジリ貧なんだ。

 どこかでヤツらを引き離さないと・・・」

「分かっておる。

 エルキアの山羊は頭が良い。恐らく儂らが逃げ切れぬだろうと踏んで、弱らせてからじっくり始末しようと考えたのであろう・・・」


 デーベルはミリスの言葉に全てを理解したように頷くと後ろを振り返り、村人達に意味ありげな目配せをした。

 村人達は横にいる者達と頷き合うようにして何かを確認する。

 よく見ると、村人の凡そ半数の手には武器が――と言っても、ナイフや無理矢理抜いた自分の牙を棒の先に括り付けたような、急ごしらえのものでしかないが――しっかりと握られていた。


「まさか、戦うつもりですか・・・?」

「そんなバカな。

 エルフの娘さん、残念ながら私達にはあなた方のような力はない・・・」

「では・・・」

「荷を全て捨てて逃げるのですよ――全力で」


 デーベルはエルシィにそう答えると、ミリスに向かって一枚の植物の繊維で出来た小さな紙のメモを差し出す。


「ここから西に下って河を渡り、北の岩山に沿って半日程歩いたところに教会の跡がある・・・」


 ミリスがその(パピルス)を広げると、中にはよれよれの字と下手くそな絵で、簡単な地図が描かれていた。


「教会? 聞いたことないけど・・・」

「100年前に建てられたものじゃからな。尻の青い若造のお前さんは知らなくて当然かもしれんな。

 取り敢えず雨風は凌げるじゃろう・・・」

「ちょっと待ってください! 逃げるって・・・子供達はどうするんですか!」


 ミリスと老人の間で交わされる会話の内容に、やがて耐えきれなくなったエルシィは珍しく激昂して犬人の老人に詰め寄る。

 大人達がもし全力で逃げ出せば、取り残されるのは体力のない女や子供達なのだ。

 猫目族や犬耳族などの獣人種は魔族の中でも繁殖力が高い。また生めばいいとでも思っているのか?――口には出さないがそんな怒りが透けて見えるようだった。


「おい、エルシィ」


 アリアナが慌てて止めに入り、エルシィはようやくそれ(・・)に気が付いた――エルシィの体の周り。緑の髪や衣服にまとわりつくように、赤や緑・茶色や青の蛍のような明滅する大小の光がゆらゆらと燃える火の粉のように飛んでいる。

 精霊ととりわけ相性のいいエルフの中でも有数の術者であるエルシィの怒りに呼応して、森の精霊達が姿を現したのだ――こんな事は滅多に起こるものではない。普段は物静かで冷静なエルシィの、その怒りがどれ程のものだったかということである。


 それは感のいい獣人の子供達や、精霊に親和性のある角族・小人族などの者達を怯えさせるには充分だった。


「す、すみません・・・」

「落ち着けよ姉御」


 長いエルフ耳をしゅんと下げたエルシィにミリスが優しく声をかける。


「いえ、私も説明が足りませんでしたな・・・。

 大丈夫、子供達を見捨てたりなどしませんよ。

 何せ、我らの半数がここに残り、囮になりますからな」


 ミリスはその言葉を半ば予想していたのか、何も言わずただ短いため息を吐いた。


「・・・それでは戦うのと変わらないじゃありませんか・・・!」

「いいえ、お嬢さん。

 戦うのではない。若い命を逃がすのですよ、我々は」


 エルシィには最早この老人の言っている言葉が理解出来ず、視線を送ってアリアナに助けを求めた。

 だがそのアリアナもただ黙るだけで、老人の言葉を否定しようとはしない。


「姉御に分かってくれとは言わないけど、あたしら獣人にとっちゃ、こんなの当たり前のことなんだよ。

 言ったろ? 生き残ったやつらがまた新しい群れをつくるって・・・」

「時間があるわけじゃないんだ。

 夜明けまでには少なくとも河を渡りたい。エルシィ、聞き分けろ」


 重い沈黙が下りる。誰もが次の言葉を選びあぐねている、そんな様子だった。

 だが、時間を無駄にしてもいられない。


「エルフのお優しいお嬢さん・・・、ありがとうございます。

 ですが、私たちはもう心を決めております、これを・・・」


 静かに口を開いたデーベルは、懐から子供の頭ほどの大きさの布にくるまれた何かを、エルシィにそっと手渡した。

  

 粗末だが丈夫な麻布でくるまれ、紐で丁寧に何重にも結ばれている。


「これは?」

「あのお優しいデーモン様からです。

 何でも〝約束の品〟だとか・・・。エルキアを越えて腰を落ち着かせたら、貴女方に渡してほしいと」


 よく見れば、何かを包む麻布はぐっしょりと濡れて、下部から青色の液体が滴っていた。


「・・・おい、よこせ!」


 一番最初に表情を変えたのはアリアナだった。何か思い当たったのかエルシィの腕の中から奪い取るようにして両手でそれ(・・)を抱えると、乱暴に荷を解いていく。

 

「すみません・・・先程、血で汚れてしまっていたので・・・中身が壊れていてはいけないと、中を見てしまいました」


 青い液体を滴らせるそれを前に、デーベルは深々と頭を下げた。


 やがてそれが姿を現し、その場の誰もが息を飲んだ。

 アリアナとエルシィはようやく理解した――この何の力も持たない村人達に、こんなにも勇敢な決意をさせたその原因が何なのか。

 村が襲われた時、地下の薄暗い貯蔵庫で身を寄せ合い縮こまっているだけだった無力な彼らを何がこんなにも駆り立てたのか。

 これを見たから、彼らは恐怖を押して奮い立てたのだ。

 

「あの・・・阿呆め!」


 アリアナは槍の石突きを乱暴に地面に突き立て、震える声でやり場の無い怒りをぶつけた。

 エルシィは口元を手で押さえ目を潤ませていた。


「なんでも雪が溶けて春になる頃、きっと大貴族の領地にも値する価値を持つ・・・と、そう仰っておいでで・・・」

「もういい。分かった。これはエルシィが持っていてくれ・・・」


 アリアナは静かにそう言うと、エルシィの胸にそれを押しつけ背を向けた。


「アリアナ?」

「時間を無駄にするな。 デーベルとか言ったな。貴様らの気持ちよく分かった。悪いが犠牲にさせてもらうぞ、囮になれ、ここで死ね」


 身も蓋もなくアリアナがそう言うと、


「はっはっは。喜んで」


 と、デーベルが短刀を片手に愉快そうに笑った。 


「タダじゃ死なねぇよ」

「ああ、猫目族はもともと女の方が強いんだからね」


 後ろの村人達も口々に啖呵を切りそれに続く。

 村人達が口々に別れの挨拶を口にし、抱き合いながら今生の別れを惜しんだ。


「この子を頼みます」


 デーベルが最後に背を押して送り出したのは、あの村での夜、ゲルニカに食ってかかった角持ちの少年だった。


「ああ分かってる。

 テオ、付いてこれるかい?」


 角持ちの少年は、名残惜しそうにデーベルを見つめていたが何も言わない。ただ黙って、ミリスの言葉に頷き、泣き言一つ漏らさなかった。


 エルシィは、これが帝国内での、獣人族をはじめとする〝魔族〟達の現状なのだと今更ながら理解する――自分が何を言おうと言うまいと、彼らの気持ちは決まっている。それは動きようもないのだ。

 やがて覚悟を決めたのか、エルシィは自分の頬を両手で二回叩いて杖を構えた。


「悪いね。ここに残る奴は3方向に散って、山羊の気を引いてくれ!

 逃げる奴は私らと一緒に西に全力でダッシュだ、いいね?」


 ミリスが囮役の村人達に対し、冷酷な最後の指示を口にする。

 武器を持つ者は武器を構え、駆ける者はその体勢に入る――もう誰も言葉を発しなかった。

 衣擦れの音と息づかい、時折響く武器と武器とが重なる微かな音が鳴るだけ。


「みんないいかい?」


 やがてミリスがそう声をかけると、暗がりからいくつもの声がそれに応える。


「・・・じゃあね、みんな。ごめん。

 行くよ!!」


 そう言って全員が駆けだした。

 ある者は西に、ある者は東に、南に、北に。

 

 しかし、


「な!?」


 ミリスは一瞬、慌ててその足を止める。


 急いで振り向き、声を上げようとするが、しかし・・・

 ほんの一瞬、だが戦場では、それは永遠にも感じられる程の長い間。

 何かとじっと見つめ合い、そして無言で踵を返した。


「くそっ・・・!」


 小さく漏らしたその言葉を噛み締めて駆け抜けた。

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