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まおうのおうこく  作者: 石原にしん
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まおうのおうこく24

 ざりっざりっと、雪の入り交じった落ち葉を踏みしめる音が響き渡る。

 皆ただ黙々と、深い木々に囲まれた薄暗いもはや街道と呼べるかも怪しい道を、黙って歩き続ける。

 100にも満たない、みすぼらしいぼろを纏った村人の行列――両外側には大人が、内側に子供を挟むようにして列を組んでいた。

 その顔には例外なく疲労の色が浮かび、目の下には薄黒いくまのように影が差していたが、誰一人として文句一つ口にせず、そしてその歩みを止めるものはいなかった。


『ミリスさん。ここで少し休息を取りましょう』


 殿を務めるエルシィが風魔法を使い、先頭のミリスに囁きかける。


「ああ」


 ミリスは小さく頷くと、左手を挙げ後ろに〝止まれ〟の合図を出した。

 隊列はやがて静かに停止し、前と後ろの両端から順に、伝言ゲームのように耳打ちで指示が伝えられ、皆が静かに荷物を下ろす。


 子供達は、足元の寒さを凌ぐためだろうか、停止した荷車の背に登り、縮こまるようにして暖を取り始めた。


 モンスターなど余計な敵になるべく察知されない為に、大きな音は立てず静かに行動すること――それは冒険者としてこの半生を生きてきたミリスが一番最初に村人達に課したものだった。


 これだけ多くの非戦闘員を抱えた護衛というのは、ミリスも未だかつて経験したことがない。商隊の護衛でさえ神経を使うというのに、体力の無い子供や女を連れた、しかも今回はエルキア越えなのである。いくら整備された街道とは言え、普段は使われない魔物道にも等しい。いつモンスターが襲ってきてもおかしくないのだ。

 しかも7~80人をたった3人で守らなければならない――神経質になるのは必然だった。


 そして猫目族の〝目〟や〝耳〟は、魔術よりも優れた策敵装置と言われる程に鋭い――冒険者においても実際、猫目族はその特性からシーフになることが多く、ミリスが今回斥候役と前衛を買って出ていたのである。


 しかし村を出て4日。エルキアの山を目前にして、それも限界を迎えようとしていた。


「だいじょうぶか?」


 背後から掛けられた声にミリスは思わず苦笑する――神経を張って周囲の気配を探っているのだ、背後に誰が立っているかは分かっていたが、その言葉までは予想できなかった。


 さらさらの絹糸みたいな金色髪のお人形さんみたいな、お貴族様の令嬢を絵に描いたような13の少女(こども)が、神妙な顔でミリスを覗き込んでいた。


 ・・・こんな子供に心配されちまうなんてね。


 と心の中だけで呟く。

 このアリアナという少女は〝年頃の13歳〟の例に漏れず、自分が子供扱いされることを極端に嫌う――それはこの4日間の旅で得た、ミリスなりのアリアナに対する教訓だった。

 とは言えこの少女、実は13歳とは思えないほど聡明で思慮深かったりもするのだ。普段の短期でガキ臭い性格からは想像もできないが、それもこの4日間で得たアリアナに対するミリスのまぎれもない評価であった。


「ああ。大丈夫さ」

「少し休め。周辺の警戒はエルシィの魔術でも可能――」

「いいや、猫目族(あたし)の方が確実だ」

「そうではない、ミリス」


 アリアナはいつになく丁寧な様子でミリスに向き直ると


「もう山に入る。

 そうなれば、エルキアまで貴様にまともに休息をとってもらう時間は恐らく無くなる――」


 この場合〝エルキア〟とはエルキア山脈の頂上付近にある、吸血亭キルギスが治める国境の街エルキアを指す――山も街も同名である為、紛らわしいことこの上ないのだが。

 

「山に入れば山羊がいるからな」


 そう言ってアリアナは慣れた仕草で外套を尻に敷き、ミリスの横に腰を下ろした。


「今は、エルシィが、風の魔術で策敵を行っている。

 兎に角貴様は少し休め。私も少し寝る。

 いざとなった時この中で最も強いのは私だ。皆を守らねばなるまい?」


 そう言って、わざとらしく笑った。


「あん? なに寝ぼけてんだい」


 笑いながらミリスも木の根に腰掛ける。


「あんたは、あたしの事を嫌ってるもんだと思ってたんだけどね」


 それはケーナ村で、まだゲルニカと別れる前、アリアナが敵愾心に満ちた視線でミリスを見ていたことに起因する――アリアナとしては、説明されずともゲルニカの考えを理解しているようなどこか〝訳知り顔〟のミリスにただやきもち(・・・・)を焼いていただけなのだが、本人達がそれを知る由もない。


「う゛・・・それは・・・」


 この4日間見せたことのないような、年相応の表情でアリアナが狼狽える。


「だって、貴様・・・。

 ・・・あのボンクラ悪魔が一人で囮を勝手出た時、随分と物分かりが良かったではないか。というか、話を聞く前から知っていたような・・・」


 と、尻すぼみにもごもごしだした。


「はぁ? あんたそんなことで妬いてたのかい?」

「バっ! 妬くとかそういうことではない!」

「しー。 声がデカイ」

「す、すまん・・・」


 しゅんと項垂れるアリアナに、ミリスは小さく苦笑した。


「いや、物分かりが良いとかそういうんじゃなくて・・・なんていうかさ。あたしら獣人族の強いオスには多いんだよ・・・ああいう一人で抱えこんじまうタイプの奴?っていうのかな・・・・」

「は?・・・・・・え?」


 なんだそれは? と心底信じられない様子でアリアナが聞き返す。


「いや、ちょっと待て、貴様そんな理由で奴に何の文句も言わなかったというのか?

 そのせいで私も、なんか色々文句を言いそびれたんだぞ?」

「知らないよ。そりゃあんたの勝手さ」

「うぐ・・・」


 アリアナのその様子にミリスが、赤いさらさらの髪を揺らしながらくつくつ笑った。


「それに、あたしらにとっちゃ、それが当たり前なのさ」

「当たり前?」

「ああ。 群れのボスが群れの未来の為を思って決めたことさ。誰も逆らいやしないよ」

「いや、ちょっと待て。いつから奴が群れのボスになったんだ?」


 そんなことは聞いてないぞとアリアナが、ミリスにジト目を向ける。


「はぁ? 何言ってんだい? この村を救ったのはゲルニカの旦那だし。この村で一番強いのも旦那だ。

 それに村長の弟さんだって逆らわなかっただろう」


 そして、木の傍に停めてある荷車の荷台の端、小さくくるまる(・・・・)ように眠るルルの姿に目を細め、


「それにルルのパパさんだ――誰も文句は言わないさ」


 そう優しく微笑んだ。


「なるほど・・・それで皆、文句も言わず耐えているのか・・・」


 そう言ってアリアナは疲れ果てた様子の村人達に視線を向けた。

 彼らは、この4日間驚くべき事に根を上げることなくミリス達が設定したペースを守り、旅の行程を消化している――正直もう少し遅れが出るかと思っていた。

 見上げた根性だと、アリアナは内心感心していたのだ。


「まぁ、全てが全てそういう訳じゃないけど、少なくともあたしら猫目族や、ルルのような犬耳族は一番強いオスが群れを率いることが多いんだ。

 だからルルも、自分がボスの娘だって理解してるんだよ。

 パパさんがいなくても、弱音一つ吐かない」


 確かにルルはここまで弱音どころか、他の小さな子供の手を引き、励ましたりしている。

 村での別れのシーンを考えると驚くべき変化だ。


「それにみんなきっと分かってるのさ――旦那が優しい奴だって。

 最初は、あんな(なり)だし、みんなおっかないって思ってたんだろうけど」


 ミリスはそう言って笑った。


「まぁ、あいつ程甘い悪魔は、世界のどこを探してもおるまい」

「違いないね」


 二人して静かに笑い合う。


「さ、お喋りもそこそこにしておかないと」

「ああ、寝る間がなくなる」

「ガールズトークで眠れませんでした、じゃあのエルフの姉御(・・)になんて言われるか分かったもんじゃない」

「む? なんだその〝がーるずとーく〟とは?」

「へ? ああ、ゲルニカの旦那が言ってたんだけど、なんでも女の子同士が夜な夜な開くサバトみたいなもんらしい。なんでも殊更、男のことについての密談や儀式を行うんだって・・・」

「ほう・・・。たしかにゲルニカの奴は生物学上はオスだしな・・・そうか。

 ま、さっさと寝るとするか・・・」


 しかしアリアナがそう呟いた瞬間。



――きるきるきるきるきるきる


 不意に、気味の悪い唸り声が聞こえた。


『アリアナ!! ミリスさん!!』


 エルシィの焦りに滲んだ声が、風魔法に乗って耳元に響く。


「っ・・・!!」

「なんでこんな場所に!!」


――メ"ェェェェェェェェェェェェ・・・


 街道を囲む深い森に、おぞましい鳴き声が木霊した。


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