一枚目『worker』 【6】
【6】
しばらく、他にお客さんが来る気配を感じない。三十分ぐらいで、ランチ帰りの人とかふらりと立ち寄ってくれるだろう。
焼き菓子を籐籠の中に入れながら、作家さんがふいに話かけてきた。
「美術好きですか?」
「苦手です」
毎回同じ質問をされているので、答え慣れているなと苦笑を浮かべる。
「作っていいよと言われると、どれを作ればいいのか分からなくなります。選択肢が多すぎてまとまらない」
作っていいよと、白紙を渡されると何を作りたいのか、自分の中での考えがまとまらないと、オーナーに言った事もある。
彼女は、
『何も浮かばないわけじゃないなら、後は、一つにまとめる力がつけばいいんじゃない?技術は回数でなんとかなる部分もあるっていうから』
とほのぼのした口調で返してきていた。
「見るのは、好きです」
「好きですね」
「…はい」
美術の事が、避けたくなるほどの毛嫌いしているわけじゃない。オーナーにバイトの話をもちかけてきた時、即、断る事をしなかったのは好きだから、慣れていない仕事でもなんとかできる気持ちが浮かんだからだ。自分にとって、どうにもならないような仕事内容だったなら、即、断っている。長続きしない事が分かりきっているから。
「私の作品、どう感じますか?」
「……少し待ってください」
作品の感想を求められる事も、いつもの事だ。いつもの事なのだが、上手く言葉にまとめる事も苦手だ。丁寧に向き合う事を心がけていると、人よりも時間がかかってしまう。すらすらと流れるように言葉が出てくるルカが、こういう時、心底羨ましく感じる。どうしたらいいのか聞いたところで、オーナーのように『慣れ、だな』の一言しかかえってこない事は容易に想像できた。
台所の一番近くに展示されている作品を改めて見た。
布のキャンパスに描かれた作品は、緑が主となっている色の組み合わせの植物と風景の作品だ。日光を透かしたような明るく、心を癒してくれるような植物は、絵の雰囲気を包み込むような優しく感じさせる。
色の組み合わせ、構図から滲み出す雰囲気は、作家の内面がでると聞いた事がある。
下地に薄い黄色をしいているのも理由だろうと思う。ただ、濃い色も細かく描かれていて、存在感があり、生きていく強さも感じる。
「癒されます。家にあったら、疲れも忘れさせてくれそう」
「ありがとうございます。今回、売る事ができたら売ろうかと思っていたので、ほっとできるような絵を心がけて描きました。描いていて、心苦しく思う時もあります」
「『本当に描きたい気持ちに、嘘をついている気がして』…ですか?」
「はい」
仕事にする事を考えた時、相手にとって欲しい物を考える。
収入を考えた時、誰でもぶつかる壁のようなものなのだろう。このバイトをするようになってから、毎回、同じ事を聞いていた。
「嘘だ、なんて思わないでください」
私は、自分の作品を作れない。それでも、仕事について考えて見た時、似た感情を抱いた事がある。働く事が必要だから、誤魔化す方法を探して、自分の就きたい仕事に就けていない事に対して、嘘だと感じた事もある。
『じゃあ、楽しみ方を知らないだけだね』
普段のほのぼのした口調で、彼女はそう言った事もあった。
「限られた範囲内で、自分の納得できるところまで向き合った気持ちまで、否定しないでください」
驚いたように作家さんは目を軽く見開いた。
「意外と、情熱的な人ですね」
「…よく、言われます」
オーナーだけは、『意外』だとは言わなかった。
『やっぱり』と言っていた。