一枚目『worker』 【5】
【5】
お客さんは若い2人組だった。
一人は、格好いい雰囲気の服装で、もう一人は、お姉さんのような雰囲気の服装だ。
作家さんのお客ではなく、このギャラリーに定期的に訪れて来てくれている常連さんだ。近くにバイト先の喫茶店があり、一度、偶然ふらりと立ち寄ってからは、展示者が変わる頃、見に来てくれている。
「こんにちは」
「こんにちは、珈琲淹れますね」
「ありがとうございます。いだきます」
「どうぞ、ゆっくり見てください」
2人は会釈をして、作品を見て行く。
「夏美さんも出せばいいのに、写真たち。だいぶたまってきているでしょ?」
「まだ、人に見せるには、抵抗があります」
オーナーは普段のほのぼの口調で、お姉さんのような雰囲気の夏美さんに声をかけている。
「初めてだけだって、見られるのが恥ずかしいのなんて」
珈琲をコップに注ぐのを、一瞬こぼしそうになってしまう。
妄想できるきっかけの言葉を聞いただけで、あらぬ方向に妄想してしまえる自分の思考回路をどうにかしてしまいたい。どんな事を妄想してしまったのかは、言わないけど想像にまかせます。
「じゃ、コレ、持って行くな」
もう一人の格好いい雰囲気の方は、人の頭の中をのぞいたかのような反応でニヤニヤしながら珈琲を受けとると、オーナーと夏美さんにコップを持って行った。
「はい」
「うん、美味しい」
オーナーは満足げに言い、夏美さんは何も言わずに頷いている。
よし!と心の中でガッツポーズをする。
「それは、俺が教えたからな」
「教え方だけは上手いよね、ルカは」
「教え方だけは、って。他にも上手い事あるだろう」
苦笑を浮かべて、作品を見ていたルカは、作家さんに作品についての質問をいくつかして談笑している。
ルカ自身も画材について、詳しい知識があるわけではない。それが例え、本当に何も知らない事であったとしても、会話が広がっていくのは知的好奇心が強く、会話の中で出てきた専門用語について質問をしていて、まるで相手にインタビューをしているかのような話の展開をしていけるからだ。
あれで、どうして人見知りなのだろう。
ついでに、接客業をしているのが謎だ。
オーナーは適度なところで、ルカに話しかけた。
「ルカって、今日は休日?」
「休日だよ、特にこの後の予定もない」
「二階で夏美さんの写真の展示について交渉してもいい?」
ため息を吐き出しながら、夏美さんは諦めの表情を浮かべている。
私よりも2人とつきあいの長い夏美さんには、すでに決定事項にされた事に対して、本気で嫌だと思った事は別にして、変更する事が無理だという事を知っている。
「本人ぬきに話をすすめようとしないでください」
「だって、もったいないから」
オーナーは、明るく笑顔を浮かべている。
「本人の意志を聞いてください」
「1回は展示してみていいと思うぞ」
意地悪な笑みを浮かべたルカに、困惑した表情を浮かべている。
写真をはじめてから日が浅い。趣味で撮り始めた写真でも、上手く表現したいと思うようになり、作品を展示したいと感じるようになってきていたらしい。
「上手くなるためには、とにかく人に見てもらうといいですよ」
作家さんが背中を押すような事を言った。
実感があるからに、経験のない人の言葉よりも重みが違う。
「じゃ、話を聞くだけなら」
「2階に行っているね。あと、よろしく」
「あ、はい」
3人が2階に上がっていく後姿を見送った。