姫君の思い、魔法使いの溜息
歩くMr.残念。それが、私が好きな人のあだ名だ。
彼の残念伝説は暇がない。
購入したばかりの皮の財布をお手洗いに落とした。勿体無いので、洗って使っている。
沖縄への修学旅行時に、水着を忘れた。
生徒達と戦隊漫画について、夜遅くまで語り合い、風さん(=教頭)に説教を食らった。
極めつけは、家が焼けて、魔女姫と言われる私と同居することになったことだろうか。
あまりの残念伝説に、生徒の一部では、彼の写真を携帯の待受画面に使っている。
生徒たちいわく、「待受に浸かっておけば、災厄もそちらに行くでしょう。」
私も彼の写真を待ち受けに使っているが、そういった意味で使っているわけではない。断じて。
三沢知之。30歳。私より3つ年下の彼に好意を抱いたのは、何時だったろうか。
いつの間にか惹かれていた。その笑顔に。
そして、同居するようになって、彼に抱きしめられるようになって、私はますます彼を好きになっていっているのを自覚している。
「あれ?京子センセも俺の写真、待受に使っているんですか?」
私の携帯を手にとった彼が、待受を見た。
「ええ。厄払いに。」
「酷いなあ。でも良いですよ。京子さんなら」
笑いながら、彼に背後から抱きしめられた。
ひゅ、と自分が喉を鳴らしてしまったのに、気がつく。だが、彼は笑顔のままだった。
「京子さんが傷つくの見るの、俺嫌だもん。」
耳元に低い声で囁かれた。腰が砕けるかと思った。不味い。
「こらこら。年上女を誂わないの」
彼の鼻を摘み、私は無理やり笑った。
「大好きだよ。京子さん」
その真っ直ぐな眼差しはいつか、若くて可愛い女の子にいくのでしょう?だから、どうかお願い。これ以上私を貴方の虜にさせないで。
「はいはい。私も君が好きですよ。明後日のお弁当、何にします?」
「むう。厚焼き玉子は必ず入れてください。」
拗ねた彼のために、私は彼から離れ、珈琲を淹れた。
部屋に戻り、服を脱ぎ、鏡に映った自分の姿を見つめた。
胸元に大きな傷跡がある。
この傷は私がまだ幼い頃、事故に遭い、その時に負った傷跡だ。この時の事故で、私の両親は亡くなり、私は祖父母に育てられた。その祖父母も、数年前に亡くなった。
「生きているだけで、めっけもん・・・か」
祖父の言葉を思い出して、私は少しだけ笑った。
今の医学でなら、形成手術を受ければ、綺麗に消せるだろうが、私はこの傷は消すつもりはない。
この傷は、私の両親が命がけで私を守ってくれた証でもあり、祖父母が育て上げてくれた証でもあり、私の歴史そのものだ。
だが、世間的に見れば私は、天涯孤独で身体に傷をもつ女。そんな女性と恋愛し、結婚まで考えてくれる奇特な男はいるだろうか?
ーあんな傷、俺にとっては大したものじゃない。
ー今だって、部屋に連れ込んでタオルひん剥いて抱きたいの我慢しているんですからね。
・・・知之さんの馬鹿。ヘタレ。
頭に浮かんだ考えを振り切るため、軽く頭を振った。
「ま、明日は大家として挨拶するだけだし、大丈夫でしょ」
私と彼は恋人同士ではない。断じて。
私はそう言いながらも、明日着る着物を考えた。
僕は、京ちゃんが着物を選ぶ姿をこっそり眺めた。
さて。どうなるか。
「姫君を救うのは、王子様の特権ですものねえ。魔法使いのアタクシができるのは、王子様を僅かに手伝うだけだわ」
黒いブラウスにズボン姿の彼女は、一人呟き、王子様の元に向かった。




