第9話 俺だけ教える剣術授業
今日もカスミに剣術を教える。
ダンジョンでの戦い方の基本で重要になってくるのが体捌きだ。ダンジョン内で戦闘する際、通路には十分な広さがある。
複数の敵が出現することが多いわけだが、フットワークを活かして戦うことで、対面している敵との距離を一定に保って、他の敵に囲まれるのを避けることができる。
「重心を常に意識した方がいい。切りかかった勢いで体が流れると危険だから、前のめりになりすぎないこと」
「はい」
「かといって、腰が引けてるようじゃだめだ。後ろに重心があると、剣が手打ちになって打撃力を十分に伝えられない。移動と攻撃を同時に行うように」
「こういうこと?」
「うん……まあ」
人に剣を教えることで分かったことがある。
どうやら俺は教師が下手だ。
口で教えるスタイルは諦めて、自分自身で例を示していく方向に切り替える。
「つまりこんな感じでな。だーっといって、ガッとする。そしたら、敵から一旦バッと離れるんだ」
「はい……?」
「いやだから、ぎゅーんってやってからばしゅって感じで、そしてぴょん」
「???」
「よし。一旦休憩にしよう」
俺は手を挙げて休憩宣言をする。なかなかうまくいかない。
一旦方針を見つめ直す必要があった。
目の前には汗を流して肩で息しているカスミがいる。
タオルをとってきてやる。
「ほら」
投げたタオルを受け取り、カスミが首筋の汗を拭った。肌が上気して、白い首が赤く染まっている。
艶かしい姿だが、彼女もまだ俺からすれば子供だ。変な気持ちになることはない。
水を渡す。受け取った水を浴びるように飲んで、カスミは一息つくと聞いてきた。
「シリュウはいつもこんなことをやっているの?」
「いや、剣の練習はあまりしてないな」
正直に答える。
「でも覚え始めの頃は毎日練習したよ。今じゃイメージトレーニングだけで済ませてるけど……」
より厳密に言えば。
今の俺は剣士ではないので、剣を振り回す系のイメージトレーニングはしていないのだが、それは余計だろう。カスミには剣士としての基本を教えているのだから。
「そう……」
カスミがほうっと息を吐いた。
「私、向いてないのかな?」
俺の教え方が悪いのだが、ちょっと不安になったらしく、カスミはそんなことを言った。
「いや、大丈夫だ。ダンジョンは正直慣れと気合いだよ。いきなり実戦ってわけにもいかないから基礎を教えているけど、現地に行ってみればすぐ慣れるさ」
「シリュウの足を引っ張ったりしないかな?」
「……最初はそういうこともあるだろうけど、覚えていけばいいんだ」
変に自信をつけるようなことを言うのも不誠実なので、俺は正直に言う。
「シリュウのね、力になりたいの」
カスミが健気なことを言う。
現実的には、そうなるのは難しいだろう。なんたって俺はダンジョン探索を十年ぐらいやっているのだ。初心者のカスミが俺を手助けするのは、そう簡単なことではない。
「まずは地道に取り組むことだよ。安全に、少しずつ探索に慣れていく。そうすれば……いずれそうなれるかもしれない」
でも、将来のことは分からない。
今はまだ無理でも、鍛えていけば可能性はひらけてくる。
俺がそんなふうに考えていると。
「他の子に負けたくないの」
「他の子って……?」
誰のことだろう。村には他の探索者はいない。カスミが興味を持っているくらいで、村人たちはもっと地に足のついた職についている。
それとも、俺の知らないところで探索者に憧れを持っている子がいるのだろうか。
ああそうか。
時々村で会う子供たちなんかには、探索者志望の子がいるかもしれないな。
「ううん、なんでもない。さあ、そろそろ練習に戻りましょ」
カスミが首を振って、俺に練習の再開を促した。
俺は頭を切り替えることにする。
ちょうどいい。あれを試してみよう。
「新しい練習をしよう。こっちにきてくれ」
カスミを連れて、俺は農場の一角にやってきた。
そこには、俺が最近鶏の飼育エリアを作ろうと、等間隔に並んだ木の杭が刺さっている。
「ちょっと待っててくれるか」
俺は農場に戻ると、大工道具を手にして戻ってきた。
そして、杭の配置を変更する。
カスミの手も借りて、ブロック上に2x3で並べ変えて打ち直す。
最後の杭を打ち込んで、額の汗を拭った。
「いいか? この木の杭を敵に見立てる。こっちの杭——」
俺は手にした木剣で、杭の一つをこんこんと叩いた。
「これが最初の敵として、こいつに一撃を入れた後、いったん敵の杭がいないこっちに動いて、それで——」
と、杭を敵に見立てた場合の、一連の動きを説明した。
仮想敵を相手に、攻撃、離脱、そして攻撃の流れを確認するための配置だ。これで何もないところで、ただイメージだけで剣を振り回すよりはなんぼかわかりやすくなっただろう。
実際、なんとなく雰囲気は掴めたのか、俺の説明にカスミが頷いていた。
「分かったか?」
「うん、大体は……?」
「じゃあ、とりあえずやってみよう」
完全には理解できていないようだが、別にそれは構わない。分からない部分は、練習の間に調整すればいいのだ。
そんな感じで、俺とカスミはひとしきり汗を流して二日目の剣の練習を終えるのだった。
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