第18話 俺だけ蚊帳の外のいさかいの気配
約束していた日がやってきた。
今日は、カスミに魔法への適性があるかどうか、アオに確認してもらう。
魔術師っていいよな。夢があると思う。
俺も、今みたいなダンジョン探索者になる前に、魔法に憧れをもっていた時期がある。手をかざすだけで火の玉を出したり、氷のつぶてを発生させられるのって格好いいよな。
だが、残念ながら俺には魔法の適性がなかった。
初級中の初級、相手に眠りをもたらす魔術も使えない。
罠解除でも必要になる、魔力の流れを感じ取る能力だけは身につけたが、自分の意志でそれを操作しようとするとどうにもならないのである。魔力を集めたり散らしたりする能力が絶望的だったのだ。
自分にはできなかっただけに、カスミに才能があると嬉しくなれそうだ。
さて。
俺とカスミはダンジョンの1階にきていた。
入り口の近くのスペースで、アオと合流する手筈になっている。低層階ではスマホが使えるので、連絡を取り合いながらの合流だ。
特に支障はない。
……はずだったのだが。
遅れてきたアオに、カスミを紹介したところ。
「えっと、はじめまして。私のことはアオちゃんって呼んでください……ね?」
「…………」
なぜかカスミがアオのことを睨みつけている。
さらに、アオの挨拶に対して返事をしようともしない。銀髪の前髪の下から、じっと見つめて、ただ無言。
「お、おい」
俺はカスミの肘を軽くつつく。
「ん。……ああ。よろしくお願いします」
すると、カスミはすっと頭を下げた。
特に問題がある態度ではない。さっきのは、何か調子でも悪かったんだろうか。と、俺が思ったとき。
「《《これ》》に教わるの?」
小さな、本当に小さな声で。
カスミはそう呟いた。
「おま……」
俺はアオの表情を窺った。今のが聞こえていただろうか、それとも……。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
どうやら聞こえてはいなかったらしい。
アオの表情は曇ってはいない。平常の態度だ。よかった。
「はい」
カスミは平然としているが、俺は冷や汗をかいていた。
対人関係での常識がない……のだろうか。何だかトラブルの予感がしてくる。
「……じゃ、じゃあ行くか」
ひとまず、俺はカスミに改めて注意するようなことはせず、二人の背中を押すようにして歩き出す。
「今日は人が多いですねー」
「そうだな」
ダンジョンの一階には人が溢れていた。
渋谷ダンジョンは平均的に人が多いのだが、特に、今日のような休日には人でごった返すことがある。週末探索者という、本業を別に持ちながら週末だけダンジョン探索に乗り出すような人たちもやってくるからだ。
「小部屋とれますかね?」
「無理そうだったら2階まで降りるしかないな」
俺とアオの会話が続く。
カスミは俺たちの会話に参加することなく、静かに着いてきている。特におかしな様子はない。
今回の魔法講習の場所は、ダンジョン内の小部屋にする予定だった。小部屋にはモンスターがいることがあるが、逆に言えば、モンスターを掃討した後の小部屋は安全空間になるからだ。
それに、小部屋ならプライバシーを保ちやすい。
まあ、何か特別に隠さなきゃいけないことがあるわけではないのだが。通路だと行き交う探索者とすれ違うことがあって集中しにくいってのもあるしな。
というわけで、適当な小部屋がないか、しばらく歩き回って探したのだが。
「これは諦めて2階に行ったほうが早そうだな」
「そうしますか」
流石に休日のダンジョンは人が多すぎた。
安全性がずば抜けて高い1階だからというのは当然ある。平日でも、モンスターよりも人が多いような階層なのだ。あくまで比喩的な表現だけれども。
とにかく、どこの小部屋に入っても先客がいるような有様で、とても自分たちが自由にできるスペースはなさそうだった。
俺たちは2階に降りる道に足を向けた。
そこそこの経験があるダンジョン探索者なら、1階の構造はほぼ全て頭に入っている。つまり、俺とアオはどちらもだ。
ただ、どちらかというと、1階を根城にしていない俺の方は、自分が行かないような袋小路の道などについての記憶は曖昧かもしれない。
移動中、会話はあまり弾まなかった。
ダンジョン探索中の会話が危険だとかではない。初心者でもなければ、1階でそんな警戒をすることもない。
ではなぜ会話が弾まなかったかというと。
カスミがあんまり喋らないのである。
初対面のアオからはカスミに話しかけにくいだろうから、俺が何度か話を振ってみたのだが、はい、とか、うん、とかの短い返事しか返ってこなかった。
体調が悪いのかと聞いてみたぐらいなのだが、別にそういうことではないようで。
理由は何だか分からないが少し重い空気の探索行となっていた。
2階に降りた。
たった1階の差だが、人の数が一気に減った。
俺と会う前のアオが、パーティー以外では2階に降りたことがなかったように、ある程度慣れた探索者であっても、1階から降りない人は多い。
出てくるモンスターの質からしても、1階と2階で大きく危険性が変わるわけではないのだが、人が多くモンスターが掃討されきってる1階と、そうではなくどこからでも接敵の危険がある2階だと安全性はかなり変わってくる。
実際、調子に乗った初心者が、2階にすぐに挑戦して大怪我したり、亡くなってしまうことも以前は良くあったそうだ。
過去にそういう事実があったせいで、2階に降りる探索者がますます減っている面もあるかもしれない。
俺からすれば、別に危険性のある階層ではないのだが……。
2階に降りてすぐの近くの小部屋に入る。モンスターもいなければ、人もいなかった。ここがいいだろう。俺たちは簡易的な拠点を作る。
いくつかの木片を薪にして、着火剤とライターを使って火を起こす。焚き火というにはあまりにもささやかな炎だがこれで十分だ。
火中にモンスター除けの香を放り込む。
甘さの中に少しつんと来るものがあるような、特徴的な香りが漂い始める。
これで準備はできた。
アオに魔法の講習を始めてもらうことにしよう。
「じゃあ、カスミ」
促すと、俺の後ろ側にいたカスミがじりっと進み出た。
「アオの説明をよく聞いてくれ。説明した通り、魔法のセンスがあるかどうか確認するから」
「うう」
呻いたのはカスミではなかった。
見ると、アオが何やら緊張した面持ちになっている。
「どうした?」
「いや、人に教えたことないんですよねー……ちょっと不安」
はは、と軽く笑うアオ。
なるほど。そういうことか。
元々、そこまでプロっぽいことをアオには期待していない。できる範囲での確認だけで構わないのだ。
「そんな緊張しなくても——」
「頼りにならない人」
俺が緊張をほぐそうと口を開いた瞬間。
カスミがぴしりとした声でそんなことを言った。
「う……」
アオの表情がこわばった。
「カスミ、失礼だぞ」
さすがに看過できず、俺はカスミをたしなめた。
「む。シリュウがそう言うなら……」
俺のその言葉に、カスミは視線を伏せながらも続けた。
「教えてくれる?」
「う、うん……」
頷いたアオは、ダンジョンポーチに手を入れて、書籍やら、曲がった針金——ダウジングロッドのような棒やら、その他細々としたものを取り出し始めた。
それらの物品には見覚えがあった。
俺も、魔法のセンスの測定の時にこういう感じのものを使った記憶がある。
……しかし、大丈夫かな?
なんか二人の間の空気が重いけれど。
どうやら、カスミはアオに教わることが不満らしい。
それは伝わってくるのだが、一体何が原因なのだろうか?
俺はただ首をひねるのだった。




