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神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす


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第十話「窓を開けた先には」①

 ウィンドル川。アッシュワース村西側の丘陵地から流れ出し、村の中心を東へ横切って、東の湿地帯へ注ぐ川で、村の主要な生活用水場となっている。

 粉挽き施設を抱えるアリスの家、ミルナー家は川の最上流に位置し、少し下れば代官のバートン邸、さらにアーサーの住む司祭館のある聖ヒュー教会、最下流の湿地帯付近にルーシーの家があると聞いた。

 ウィンドル――『曲がりくねった』という名の通り、この川はカーブが多く、流れの速さも水深も場所によってまちまちで安定しない。

 特に水気を帯びやすく乾きにくい粘土質の湿地帯は、夏になると背の高い草やガマが生い茂って視界が悪く、人も近寄らない。何かを仕掛けるにはもってこいの場所だろう。

 ウルフは胸元まである水の中から、川べりに繁茂したガマの群生地を見上げ、周囲へ視線を巡らせた。


「ここも何も無しか……毒を仕掛けるなら、水の汚れが溜まりやすいこういう場所に置いてるかと思ったが、そうでもないのか……おっと」


 不意に苔むした石を踏み、流れの速い水に体を持っていかれそうになりながら浅瀬へ向かった。

 川から上がり、服の水気を絞りながら上流を眺める。

(あれだけの体調不良者を出すような毒を、証拠も残さず大量に流す方法……いや、どこかに何らかの証拠はあるはずだ)

 しばらくその場に腰を下ろし、ウルフが考え込んでいると、背後から声が掛かった。


「流浪人の旦那!」


 振り向くと、森番のホッジがこちらへ歩いて来るところだった。


「あんたか。今日は別にウナギは獲っていないぞ」

「そうかい。また獲ったら頼むよ。あれからも、あんたの味付けをまた食べたいって妻がうるさくてよ」

「そうか。それなら何よりだ。用はそれだけか?」

「まあ、森の様子を見て回ってたら見かけたから、声を掛けただけさ。じゃあな」


 そう言ってホッジはさっさと立ち去ってしまった。森番の仕事として、この辺り一帯の様子を見て回るとなれば、暇でもないのだろう。

 ところで、ウルフは知らないことだが――代官のトーマスから賄賂を渡されていたホッジが、こうして気安く話しかけて来るのには訳があった。


 先日ホッジは、トーマスから、村で異変があってもしばらくは森番組合の番頭へ報告しないでくれと頼まれていた。だがその一方で、ウルフはウルフで、川の調査をするにあたって自分の行動を誰にも言わないで欲しいと、ホッジへ相談に来ていたのである。


 最初ホッジは大いに困った。トーマスからは番頭への口止めだけでなく、ウルフの様子もそれとなく見ておくよう頼まれていた。その当人から、今度は口止めを頼まれたのだから当然だった。

 しかも今回もまた、ウルフは手ぶらでは来なかった。


(火打石と兎か……)


 現金ではない。だが毎度こういう、買おうと思えば手間が掛かり、自分ではなかなか手に入りにくい物ばかり持って来るのだ。

 返事に困っているところへ、妻のヘザーが顔を出して「その方は?」と尋ねた。


「ウナギの奴だよ」


 そう答えた途端、ヘザーは顔を輝かせた。


「まあ、この前のあの美味しいウナギの?」

「また食べたいって、前から言ってただろうが」

「だって本当に美味しかったんだもの」


 その様子にホッジは頭を掻き、腹を決めた。


(俺は代官殿には、番頭に黙っていてくれと頼まれただけだ。こいつのことも報告しろとは言われたが──兎を狩っただの、川で魚を獲っただの、そんな話をしたところで、こいつも困りはせんだろう)


 そう解釈することにした。


「流浪人の旦那ァ……俺は今まで、兎や魚を獲るくらいで文句を言ったことは無いが?」

「まあ、そうだが。例えば、たまには鹿が食べたくなる時もあるだろう……」

「鹿か……俺はこの森を一人で管理している。村の周辺とはいえ、全部に目が行き届く訳じゃない。正直、俺が見ていない時に誰が何を獲ったかなんて把握しきらんのだよ。だけど鹿なんて、お前がどんなに体がデカくとも一人じゃ食いきらんだろう」

「まあそうだな。その時はまた、お前にも分けよう。その代わり毛皮は俺が貰う。その方がお前も都合がいいだろう」

「まあ、俺も首が惜しいでよ。肉だけなら、それが鹿か兎かなんて分からんだろうからな」

「分かった。そうさせてもらう」


 それで十分、話は通じた。

 こうしてホッジは、奇しくも二重スパイじみた立場になってしまったのだった。

 

 最初の調査で水の汚染源を見つけられなかったウルフは、川をより詳しく調べるため、上流から区切って細かく観察することにした。

 ミルナー家の粉挽き施設周辺をポイントA、そのすぐ下流をB、バートン邸付近をC、村の出口にあたるルーシーの家付近をDと区切り、上流から順に調査をしてみることにした。

 手間は掛かるが、いっそ全て確認した方が確実だろうと思ったのだ。

 まずはポイントA。ミルナー家の粉挽き施設周辺だが──調べる前にひとつすることがあった。

 ウルフは粉挽き施設の周辺で作業をしていたアリスを捕まえると、嫌がる彼女を連れてミルナー家を訪れた。

 ミルナー夫妻は、急に現れた村で話題の男の登場に驚き、警戒心を露わにした。だが、ウルフの横に立つ、青褪めて気まずそうな娘の顔を見ると察するものがあったらしく、彼を大人しく中へ迎え入れた。

 ウルフはミルナー夫妻へ率直に、現在村で起こっている異変について説明し、そのために水質調査を行っていることを告げた。

 サイモンは一度咳払いすると、俯いて震えているアリスへじっとりと視線を送り、それからウルフに向き直った。


「確かに、村で体調不良者が出ていることも、その原因があなたではないかという噂も耳にしております──ところで、貴方の横に何故うちのアリスが……何か、ご迷惑をおかけしましたでしょうか?」

「アリス自体は迷惑ではないし、よくしてくれている。だが、こういう事態になって俺があちこち動き回る以上、彼女が俺に関わっていることは、ちゃんと伝えておくべきだろう」

「そうでしたか。うちの子がご迷惑を掛けていないのであれば何よりですが、アリスからあなたのことは伺っておりませんでしたので……なあ、アリス?」

「ひっ……そそそそその、パパ、これはね、ちちち違うの……この件については、ちゃんと順序立てて話そうと思ってたの」


 サイモンのこめかみに青筋が浮いた。椅子が軋む音と共に、彼は身を乗り出した。


「順序が間違ってるから、ウルフさんが説明しに来てるんだろうが! お前が雌鶏みたいにあちこち首を突っ込む癖があるのは、もう諦めてる。だが、せめてちゃんと相談しなさいと、いつも言ってるだろう。それに、言い訳の前に言うことがあるだろう!」

「ごめんなさい! 事後報告しようとしてごめんなさい!」

「まったく。後でしっかり話を聞かせてもらうからな」


 事情を聞いて怒られたのは、黙って危険なことに足を突っ込んでいたアリスの方だった。

 横で見ていたウルフが、ひとつ息を吐いた。


「はあ……まあ、でも一番悪いのはアーサーだ。アリスはちゃんと間に立って、調整しようと頑張ってくれていた」

「この子にはアーサー様のお世話をするよう言っておりますので、こうなっている以上、アリスのしくじりです。とりあえず、川の調査のことは了解しました。川に何か問題が起こっている可能性がある以上、私どもも当事者になりますので、協力できることは協力いたします。なるべく穏便に、代官殿を静められればいいのですが」


 小麦と金銭を扱うことで、普段から村人の敵意を向けられることの多いミルナー家にとって、水車の命である川の異変は、どんな小さなことでも放っておけない重要問題だった。


「それなら、きっと大丈夫よ」

「ん?」


 聞かされたばかりの事態に頭を抱えるサイモンに対し、俯いていたアリスが、そこで顔を上げた。背筋を伸ばし、揺らがぬ声で言う。


「アーサーが、最後は何とかしてくれるわ」

「アリス……」


 一度関わった以上、引く気はないと言わんばかりの娘の様子を、エディスが心配そうに見つめた。

 部屋に短い沈黙が落ちた。そんなアリスの様子を、ウルフは無表情のまま横目で一瞥した。

 サイモンはウルフに対し、調査への全面協力を約束した。ただし、事が済んで安全が確保されるまで、アリスとウルフが一緒に行動するのは避けて欲しいと言われ、ウルフは了承した。

 それからウルフはミルナー家を後にすると、早速、粉挽き施設のすぐ下流の水も調査したが、ここにも特に問題は見受けられなかった。


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