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神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす


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第九話「水面下の熱」①

 以下アーサーがウルフに渡した、村で増えている体調不良者に関する調査資料。


■診療所を受診した体調不良者の特徴(証言者ルーシー)


 主な症状は次の通り。

 ・激しい腹痛、嘔吐、急な高熱、倦怠感

 ・皮膚のかゆみ、紅斑かぶれ、炎症を伴う肌疾患


 腹痛や発熱を発症した患者については、いくつか共通点が見られる。

 ・食事の後、一定時間を経て発症

 ・料理の水は川から汲んだものを使用


 また、皮膚の炎症については、

 ・川での洗濯や農作業の後に発症

 という傾向が確認されている。


 受診後の様子は以下の通り。

 ・薬の処方:即効性は無いが、服用後に効果があったとの報告あり。

 ・教会による祝福:祝福の最中に回復の兆候あり


■祝福を施した司祭の意見(証言者アーサー)


 確かに僕は患者に対し按手や香油の塗布などの祝福は施しましたが、僕の私見としては、祝福が効いたというよりは時間経過で回復したようにも感じました。

 しかし、救いを求める患者にとって神の祝福は、一定以上の効果をもたらしたとも感じます。


■村全体を通した聞き取り調査(証言者アリス・ミルナー)


 呪いの疑いを発症した患者とそうでない村民の違いについて、次の点が分かりました。

 ・体調不良を訴えた患者のほとんどが、ウィンドル川の水に何らかの形で触れている

 ・井戸水のみを使用している者には、同様の症状はほぼ見られない

 ・発症者は主に、家事や作業に従事している子供、主婦、農夫


 さらに、水の汲み上げ位置を調べたところ、

 ・ミルナー家の施設より下流に被害が集中

 ・上流では被害は確認されていない


 もしかしたら水の問題が我が家の下流にあるのかもしれません。

 これは何かの参考になりますでしょうか。アリスより。


 難しい顔で報告書を読み込んでいるウルフの手元へ、アーサーが身を寄せた。紙の端を覗き込みながら、遠慮がちに口を開く。


「やっぱり、川の水に問題があるのかな……?」

「ん、まあそう考えるのが妥当だろうな」


 ウルフは視線を落としたまま答えた。


「清い水は穢れを祓いもするが、扱いを間違えれば穢れや呪いを溜めこむこともある……何らかの形で川の水に毒が混ぜられているのかもしれない」

「それに、まさかトーマスさんが関わってるかもしれないなんて……」


 アーサーは思わず声を落とした。厳格な法の番人として辣腕を振るってきた自分の師が、人々を苦しめる不正に手を染めているかもしれない――そう考えるだけで胸が締めつけられる。


「俺のような不逞の人間一人を追い払うにしては、少々手が込みすぎだな」


 ウルフは紙から目を離し、鼻で笑う。


「俺は別に、村から出てけとでも言われたらすぐにでも出て行ったのに……一体、何が目的なんだ?」


 アッシュワースに来る以前から、ウルフは危険人物として追い立てられることに慣れていた。そのたびに抵抗もせず場を去ってきた彼にとって、ここまで手の込んだやり方は理解しがたいものだった。


「やっぱり、僕の……」

「ん?」


 言いかけて口をつぐんだアーサーに、ウルフが怪訝そうに視線を向ける。

 アーサーは慌てて首を振り、話題を逸らした。


「ううん。えっと、水の毒……場所によってあるなしに差があるみたいだけど、どうしてだろう?」

「そうだな。同じ川の水を使ってるというのに、何故かミルナー家のあたりでは何も起こっていない」


 ウルフは顎に手を当てて考え込む。


「さすがの代官殿も粉挽きの家を敵には回したくないのだろう。そんな中で俺たちが川の水の危険を訴えれば、村民の不信は水車を使って粉を挽くミルナー家にも向けられかねない」

「確かに……川の水に何かあった時に真っ先に疑われるのは、水車のために村の最上流で水の管理をしているミルナー家だ」


 アーサーは苦い顔で頷く。


「でもそんなのはデタラメだ。……でも、そんなことになったら、もう誰も僕らの話を聞いてくれなくなる。アリスはもちろん、何も知らないおじさんやおばさんを危険にさらしたくはないよ」

「……そんな事態を避けるためにも、俺たちはかなり慎重に動かなくてはならない」


 ウルフは低く言い、報告書を指で軽く叩いた。


「動きづらいことこの上ないが、そこまで計算して川の水に仕掛けをしていたとしたら……あの男、だらしない体の割に随分狡猾なんだな。そして陰湿だ」


 辟易しながらも、ウルフはふと、口調を緩める。


「それにしてもアリスは、自分の身が危険にさらされるというのに、水質の危機について正直に報告できるのは大したものだな。女のわりに勇気と根性がある」

「アリスは僕よりしっかりしてるよ」


 アーサーは思わず表情を緩めた。


「粉挽きの家のことで何か言われると、おじさんやおばさんより先にアリスが怒るからね」


 友人を褒められ、少し誇らしげに続ける。


「生きるための小麦とお金を管理するミルナーの家をよく思わない人も多いけど、少なくとも彼女はとても誠実で……そう、勇気がある人だよ」

「だから、お前みたいな不良神父の友人が出来るんだな」


 からかうように言われ、アーサーはむっとした顔をした。


「そろそろ『お前』じゃなくて、ちゃんとアーサーって呼んでよ、ウルフ」


 だがウルフはその訴えを無視し、話を戻す。


「とりあえず、川と水の毒についてもう少し詳しく調べる必要があるな。この様子なら証拠はすぐに見つかりそうだが……」


 そこで一度言葉を切り、皮肉っぽく問いかける。


「しかし、皆の体調不良の原因が川の汚染だとしたら、もしかしなくても重罪だろ。これが証明出来たら、あの忌々しい代官殿を黙らせるどころか免職にだって出来るんじゃないのか?」

「うーん……仮にそうだったとしても、それにトーマスさんが直接関わってるとは限らないし……」

「確かにまだ証明はされていないが、ずいぶん庇うんだな」


 ウルフは横目でアーサーを見る。


「奴が居なくなったら嬉しくないのか? 代官殿に思うところがたくさんあるんだろう」


 その問いに、アーサーは苦笑した。


「トーマスさんは……確かに意地の悪い人だけど、村や領地のために一生懸命働いてるのは本当なんだ。僕の先生としても納得できない事はたくさんあったけど、大事な事もたくさん教わってる」


 少しだけ視線を伏せる。


「だから、そう簡単に罷免されればいいとは思えないし、言いたくないかな」

「そうか。俺だったら、俺に酷いことをした奴らは酷い目に遭えばいいと思うし、何ならぶっ殺してやりたいけどな」

「そんな。私怨による報復は負の連鎖を生むだけだよ。主も、自分の敵を愛しなさいとおっしゃられてる」


 ウルフは肩をすくめる。

 トーマスに対し、功罪を分けて語るアーサーの感覚は、彼には理解しづらいものだった。だが同時に、それが彼の育ちと立場によるものだということも分かっている。

 神の子という枷が、アーサーから人間らしい感情を削ぎ落としている――そんな風にさえ思えた。


「キリストの事は知らんし、俺たちにも無暗な報復はするなって教えはあるが、俺はやられたらやり返したい……まだ報復出来てない相手だっている……」


 そう言って、ウルフはじっとりとアーサーを睨みつけた。

 その視線に、アーサーは一瞬息を呑む。自分が何かしたのかと考えかけて、すぐに思い至った。

 イングランド人がウェールズ人やケルト人に対して行ってきた弾圧のことだ。

 胸が苦しくなる。だがそれを口にすることはできず、ただ俯くしかなかった。

 アーサーはウルフに対して、負い目ばかりを感じている。

 彼の許可なく『教会の庇護』に入れてしまったことも、こんな事態に巻き込んでしまったことも――。

 もしトーマスが意図的にウルフを悪役に仕立てたのだとすれば、それは身分を越えた振る舞いを繰り返すアーサーに立場を分からせるためだろう。

 そんなこと、ウルフには言えない。

 先ほど言い淀んだ言葉も、その思いからだった。



 教会の裏手、低い石垣の向こうに村の道が見える場所で、幼いアーサーは一人立っていた。

 通り過ぎる人々は軽く頭を下げるが、誰も足を止めない。声をかけていい相手なのか分からない、そんな距離の取り方だった。

 子供たちも同じで、遠巻きに様子を窺うだけで近づいてはこない。

 アーサーはみんなと遊びたいが、トーマス先生に『あなたは伯爵の子、貴族として村の子と関わってはならない』とキツく言われているため、素直に飛び込むのは躊躇われた。

 それでも、何か抜け道は無いかと考えるが何も思い浮かばず、結局何も言えずにただ立っている時間だけが過ぎていく。


「またそんなとこにいる」


 アーサーの背後から、気の抜けた声がした。振り返ると、アリスが腕を組んでこちらを見ている。

 自分の胸くらいしかない背丈の幼い彼女が、不意にアーサーの手を引いた。


「来なよ。みんなあっちにいるから」


 当然のように言って、返事も待たずに歩き出す。

 アーサーが戸惑って、周囲に大人の目が無いかきょろきょろしていると、アリスが少しだけ振り返って眉をひそめた。


「ほら。立ってても何も起きないでしょ」


 言い方はぶっきらぼうだが、声色に迷いはない。

 そのままついていくと、子供たちの輪の中に自然と混ざる形になる。

 最初はぎこちなかった空気も、アリスが何事もないように話しかけているうちに、少しずつほどけていった。

 気づけば、誰も何も言わずに、そこにいていいことになっている。


 ――あの頃も、いつもそうだった。


 アーサーよりずっと小さなアリスの背中の何と頼もしい事か。

 自分からは踏み込めない場所に、アリスが当然みたいに道を作る。

 その後ろについていけば、何とかそこに居場所ができたのだった。


(まあ、後でトーマスさんにバレて怒られるまでがセットで、その内僕と遊んでくれるのはアリスとルーシーだけになっちゃったんだけどね……)

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