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神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす


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第五話「守るべき者」①

 その日の夕暮れ、一日の農作業を終えた男は、重い足取りで診療所に立ち寄った。

「……これを。寝る前に煎じて飲んでくださいね。楽になりますから」

 薄暗い診療所の軒先で、手伝いの女性から薬草の包みを受け取ると、男は軽く会釈をして家路を急いだ。

 家では、質素ながらも温かい家族との食事が待っていた。

 食後、妻が薪の火で丁寧に煎じてくれた薬を、男は何の疑いもなく飲み干した。

「ふぅ、これで明日には少しは身体が軽くなればいいんだが……」

 そう言って一息つこうとした、その直後だった。

 男の顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。

「……あ、がっ、う、ううぅ……!」

 突如として胃を掴まれたような激痛に襲われ、男は自分の腹を抱えたまま、椅子をなぎ倒して床に崩れ落ちた。

「あなた!? ちょっと、どうしたの!」

 妻が悲鳴を上げ、駆け寄る。

 男は全身から嫌な汗を噴き出し、喉をかき鳴らしながら、脂汗を浮かべて畳みかけるような苦しみにのたうち回った。

「お父ちゃん! お父ちゃん!」

 子供たちの泣き叫ぶ声と、狂ったように助けを呼ぶ妻の叫びが、静まり返った夜の村に響き渡った。

 戸を叩く音、駆けつける隣人たちの足音。

 倒れた男を囲んで「毒だ!」「診療所の薬を飲んだせいだ!」と叫ぶ野次馬たちの怒号が重なり、アッシュワース村は一晩にして、逃げ場のない不穏な熱狂に包まれていった。


 ルーシーが村人に毒を盛った――その報せを聞いた瞬間、アーサーは診療所前の広場へと飛び出していた。

 だが、そこまでだった。

「──……ッ!」

 野次馬の怒号を掻き分け、中心で震えるルーシーに駆け寄ろうとしたアーサーの足が、凍りついたように止まる。

 人垣の向こう、代官トーマスの冷徹な視線がアーサーを射抜いたのだ。

――(余計な真似をするな、坊ちゃん)

 声は聞こえずとも、その眼差しが明確に告げていた。これは『村の掟』による裁きだ。部外者が口を出す領域ではない、と。

 とっさに診療所の管理者であるシスターマーガレットの方に視線を送ると、彼女は首を横に振り、アーサーに対し表情で「今は抑えて」と訴えていた。

(くそっ……! 下手に動けば、ルーシーを救うどころか火に油を注ぐことになる……)

 高貴な血を引く者がこの騒ぎに介入するには、絶対に退けない『正当な理由』がいる。

 ただでさえルーシーは、孤児の分際で司祭に色目を使っていると後ろ指を指される立場だ。ここで感情任せに庇えば、彼女の罪状に不純な動機を上書きするだけになってしまう。

「アーサー様」

 不意に腕を掴まれ、肩が跳ねた。

 振り返れば、そこには苦虫を噛み潰したような顔のピーターが立っていた。

「ピーター、どうしよう、ルーシーが……!」

「分かっています。ですが、今は堪えてください。我々は本来、この村の物事に口を出せる立場にありません」

「……そんなこと分かってる。でも、どうすればいいんだよ!」

「それをこれから考えるんです。――とりあえずここから離れましょう」

 ピーターの厳しい声に、アーサーは力なく頷くしかなかった。

 背後で続く、ルーシーをなじる残酷な喧騒。それを断ち切るように、二人はその場を離れた。


村人の男が投げた石がルーシーのこめかみに当たり、既に傷だらけの頬に血が流れた。

「うっ」

 鋭い痛みに思わず呻いてしまうが、それ以上の声は堪えた。いや、出せなかった。

 悲鳴を上げたところで、怒り狂う群衆に油を注ぐだけだ。

 何より、目の前で自分を尋問する男と、それを監督する代官トーマスが、下層民の孤児に同情や手加減を加えてくれるはずもなかった。

 ルーシーが後ろ手に縄で縛られた石を投げられ、みじめに髪を掴まれ引き摺られる光景を、トーマスはただ冷たい眼差しで見下ろしている。

「話は聞いたぞ。薬に毒草が混じっていたらしいじゃないか。診療所の人間がそんな間違いをするはずはない。どうせ、ろくに教育も受けていないお前が勝手にやって間違えたんだろう。最近ずっと一人で野草を採っていたのは、みんな知っているんだからな」

「……」

 男の言葉に、周囲からも「そうだそうだ!」と罵声が飛ぶ。

「何とか言ったらどうだ!」

 詰問のたびに乱暴に揺さぶられ、男の手の中で、ルーシーの茶色がかった金髪がブチブチと千切れる。

 その感触に、彼女は痛ましく顔をしかめた。

「どうせ、自分だけが不幸なのが我慢できず、村の幸せを壊そうとしたんだろう! 施しを受ける身であるのが気に入らないのか!」

「違います……私は皆様の慈悲に感謝こそすれ、誰かに危害を加えようなんて、考えたこともありません……」

「しかし実際、人が一人死にかけたんだ。お前が図々しく診療所の仕事に踏み入ったから、こんなことになったんだろうが!」

「ぎゃんっ!」

 言い返した口を、容赦なく男の手が張った。

 地面に倒れ込んだ衝撃で口の中が切れ、血の味が広がるのを感じながら、ルーシーは途切れることのない罵詈雑言の中、泣きながら無言で首を横に振り続けるしかなかった。

告知しました通り、次回よりこの作品は週4更新となります。

更新の無い日には読み切りも予定してますので、楽しみにしてくださると幸いです。

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