第99話「公園の落書きが魔法陣:消すと増える」
ひまわり市役所の朝。
勇輝は、いつも通り“困りごと”の書類をめくっていた。
だが今日の一枚は、紙の匂いが違った。
――焦げ臭い。
「主任! 公園が、やばいです!」
都市公園係の職員が、息を切らして飛び込んできた。
「公園がやばいのは、だいたい犬のフンか遊具の破損だ」
「違います! 落書きです!」
「落書きなら消せ」
「消したら増えました!!」
「増えるなぁぁ!!」
美月が目を輝かせる。
「落書きが増殖!? ホラー回!」
「ホラーにするな! 清掃回だ!」
加奈が心配そうに言った。
「公園って、どこ?」
「中央公園です……フェスの会場にもなる、あそこです」
市長が通りがかりに、さらっと言った。
「落書きは許さん」
「その一言で片づくなら苦労しないんですよ!」
現場――ひまわり市中央公園。
芝生の一角に、円形の模様がいくつも描かれていた。
白い粉のような線。花びらのような幾何学。
中心には、小さな光がちかちかしている。
「……これ、落書きじゃない。魔法陣だ」
勇輝は即断した。
公園係が震え声で言う。
「昨日、清掃業者が高圧洗浄で消そうとしたんです。
そしたら……夜のうちに倍になってました……」
「掃除がトリガーか……最悪だ」
美月がカメラを構えかけて、勇輝の目で止まる。
「撮るな」
「撮りません! でも、映える……」
「映えで火をつけるな!」
加奈が模様を見つめて言う。
「これ、危ないの?」
「分からない。分からないものが一番危ない。
まず“用途”を確認する」
市長が腕を組む。
「使用禁止にするか」
「早い! でも、部分的に囲うのはありだ」
勇輝は公園係に指示した。
「今すぐ“立ち入り制限”のテープ。
注意看板。
そして、触らない。消さない。踏まない」
「はい!」
子どもが近づこうとして、親が止める。
その光景だけで、胃が痛い。公園は安心の場所のはずなのに。
市役所に戻ると、緊急会議が始まった。
参加者は、公園係、教育委員会、消防、そして――異世界経済部。
「落書きの犯人は?」
勇輝が問うと、公園係が首を振る。
「夜間に描かれたようです。監視カメラは、角度が……」
「角度が弱いって、前にもあったな……」
美月がすぐ言う。
「カメラ増設しましょう! そしてSNSで注意喚起を――」
「SNSは燃えるから慎重に!」
加奈が言った。
「魔法陣って、誰が描くの?」
「異界側の“魔法使い”か、“魔族”か、“子どものいたずら”か……」
「いたずらで魔法陣描くな!」
市長が淡々と提案する。
「専門家を呼べ」
「専門家……」
勇輝は即座に思いついた。
「ドワーフ連合の工匠、エルフの薬師、魔族の文官――
“用途判定会議”をする」
公園係が青ざめる。
「公園の落書き判定に、異界の専門家が来るんですか……」
「来る。来ないと危険度が分からない」
その日の午後。
中央公園の現場に、異界の専門家が集まった。
エルフの薬師は目を細める。
「これは……浄化の陣に似ている」
ドワーフの工匠は鼻を鳴らす。
「いや、これは整地の陣だ。地面を固める」
魔族の文官リュディアは腕を組む。
「どちらでもない。これは……“招待”の紋様だ」
「招待!?」
公園係が悲鳴に近い声を出す。
「誰を招待するんですか!」
リュディアが冷静に言った。
「小さな精霊だ。
公園に集めて、遊ばせる。
悪意は薄い。だが――」
勇輝が続ける。
「増える理由が問題だ。
消すと増えるってことは、陣が“反応”してる」
エルフの薬師が頷いた。
「消そうとすると、“守る”ために複製する。
自己修復の術式」
「自己修復の落書き、やめろ!!」
美月が小声で言う。
「落書きがオートバックアップ……」
「例えが現代的で腹立つ」
ここで勇輝は、行政の視点に戻した。
「目的が精霊の招待で、悪意が薄いとしても、
公園は公共施設。
許可なく魔法陣を描くのはアウト。
そして子どもの安全が最優先」
市長が頷く。
「では、消す」
「消すと増えます」
「増えない形で消す」
ドワーフ工匠が、にやりと笑った。
「増えるのは“刺激”に反応するからだ。
なら刺激せずに、上から覆う」
「覆う?」
「板だ。石だ。舗装だ。
上から“別の面”を作れば、陣は地面に触れない」
公園係が言う。
「え、芝生の上に板を?」
「仮設でいい。
そして“精霊を招待する場所”を別に作れ」
加奈が目を丸くする。
「精霊を招待する場所……?」
「要するに、ルール化だ」
勇輝は頷いた。
「勝手に描くから問題になる。
なら“描いていい場所”を作る」
美月が即答した。
「“魔法ラクガキ広場”!」
「名前が軽い!!」
市長が笑った。
「いいじゃないか。分かりやすい」
「市長、悪乗りしないでください!」
結果、対応は三段構えになった。
①安全確保
立ち入り制限
注意看板(絵本式アイコンで)
監視カメラの仮設増設(角度を増やす)
②増殖を止める(短期)
魔法陣の上に“仮設デッキ”を設置
芝生は養生シートで保護
陣に触れない、刺激しない
③再発防止(中期)
公園内に“許可制・魔法表現スペース”を設置
申請簡易化(当日申請OK)
ルール:危険な術式は禁止、夜間禁止、清掃方法も指定
「公共施設で“魔法表現スペース”って……」
公園係が遠い目をした。
勇輝は肩を叩いた。
「異界だ。起きた問題に合わせて、公共のルールを作るしかない」
「胃が……」
「胃はみんなで守る」
市長が満足げに頷く。
「公園が文化の場になるな」
「文化って言うと聞こえはいいんですけどね!」
翌日。
仮設デッキが設置され、魔法陣は“増えなくなった”。
――増える余地がなくなった、と言うべきか。
そして公園の端に、暫定の掲示が出た。
『魔法ラクガキは ここで(申請制)
※危険な術式は禁止
※夜間は禁止
※精霊の招待は“ほどほど”に』
「ほどほどって何だよ!」
勇輝が突っ込むと、美月が笑う。
「曖昧さも、行政の優しさです!」
「優しさで済む範囲にしろ!」
加奈がデッキの上を見て、ふっと笑った。
「でも、これで子どもが安心して遊べるね」
「そう。そこが一番大事だ」
勇輝は、公園の風を吸い込んだ。
芝生の匂いと、どこか甘い異界の匂いが混ざっている。
落書きが魔法陣になる町。
消すと増える町。
それでも役所は――消せない問題を、管理していく。
次回予告
夜間騒音の最終兵器――加奈の「常識」が刺さる。
騒ぐ相手は、異界の宴会集団。理屈が通じない……はずが?
「夜間騒音の最終兵器:加奈の『常識』が刺さる」――静かに怒る加奈、最強。




