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第97話「広報炎上:美月の訂正が一番拡散する」

 ひまわり市役所の広報は、基本的に平和な仕事――のはずだった。

 イベント告知。災害情報。窓口案内。

 「○○課は○階です」みたいな、地味だけど大事なやつ。


 だが、異界転移してからというもの、広報は“戦場”になった。

 何を出しても注目される。

 何を言っても解釈が増える。

 そして、一番怖いのは――訂正だ。


「課長! やばいです!」

 美月が走ってきた。声のトーンで分かる。やばいやつだ。


「何がどうやばい」

「私の投稿が……炎上しかけてます!」

「しかけてるじゃなくて、もうしてるだろ!」


 加奈がコーヒーを置きながら言う。


「何を投稿したの?」

「ドラゴン停留所の案内です!

 “市役所裏の駐輪場は使えません、河川敷へ”って」


「それ自体は正しい」

 勇輝は即答した。

 条例案も運用も、その方向で進んでいる。


「でも、コメントが……“ドラゴン差別だ”って……」

「来たか……」

「さらに“市役所がドラゴン追い出した”って切り抜きが……」

「切り抜きはやめろぉ!」


 市長が入ってきて、さらっと言った。


「ドラゴンは追い出していない。移動してもらっただけだ」

「その“だけ”が燃えるんですよ!」


 美月の投稿は、こうだった。


『【重要】市役所裏の駐輪場は自転車専用です。

 ドラゴン等の大型生物は河川敷の停留所をご利用ください。

 皆さまの安全のため、ご協力をお願いします!』


 文章は一見、丁寧だ。

 だが、コメント欄は戦場になっていた。


「ドラゴンも住民なのに排除?」


「河川敷って遠すぎ」


「子どもが怖がるから賛成」


「子どもを盾にするな」


「そもそもドラゴンを“生物扱い”してるの失礼」


 勇輝は目を閉じた。


「正しい情報ほど燃える、最悪のパターン……」


 美月が泣きそうに言う。


「課長、私、訂正します! すぐ訂正すれば収まるって聞いた!」

「待て。訂正は薬じゃない。場合によっては燃料だ」


 加奈が頷く。


「うん。言い方ひとつで“火に油”になる」

「でも、放置はもっと危険」


 勇輝は、ホワイトボードを出した。


「まず、何が誤解されてるか整理する」


誤解①:追い出し(排除)


誤解②:河川敷=隔離


誤解③:ドラゴンを下に見ている


誤解④:安全の理由が曖昧


誤解⑤:決め方が不透明(誰が決めた?)


「これを全部、一回で説明しようとすると長文になる。

 長文は読まれない。

 読まれないと、また切り抜かれる」


 美月が震えた。


「詰んでません?」

「詰んでない。分ける」


 勇輝は、広報の基本に戻った。


事実(何が変わる)


理由(なぜ必要)


代替(どこを使う)


安全(誰のため)


手続き(決め方・問い合わせ先)


「一つの投稿で全部やらない。

 **固定投稿(お知らせページ)**を作って、そこに整理して書く。

 SNSは短く、リンクで誘導」


 美月が目を輝かせる。


「固定投稿……! 勝てる!」

「勝てるとか言うな!」


 市長が言う。


「なら、市長名で出そう。権威を付ける」

「権威も燃えますよ! でも今回は市長名が必要かも……」


 加奈がそっと言った。


「ドラゴン側のコメントも入れよう。

 “ドラゴン代表も合意した”って」

「それ、重要。排除じゃなく“合意形成”だ」


 そして、問題の“訂正”だ。


 美月が作った最初の訂正案は、こうだった。


『【訂正】ドラゴンを追い出したわけではありません。誤解です。』


「ダメ!!」

 勇輝と加奈が同時に言った。


「“誤解です”って言い方、刺さる!」

「そう。“相手が悪い”に聞こえる」


 美月が固まる。


「じゃあ、どう書くんですか……」


 勇輝は、短く、事実だけにした。


『【補足】市役所裏は自転車用のため、ドラゴン停留は安全上できません。

 ドラゴン用停留所(河川敷)を新設し、合意のもと運用しています。

 詳細は固定のお知らせをご確認ください。』


「長い!」

 美月が叫ぶ。

「でも、これが最短だ。削ると意味が変わる」


 加奈が頷く。


「“合意”って言葉が効くね」

「そう。排除じゃなく協力」


 市長が満足げに言った。


「私は囁かない」

「今日は黙って投稿してください!」


 固定のお知らせ(市のページ)には、もっと丁寧に書いた。


市役所裏は職員・来庁者の導線で危険(幅が狭い)


自転車が多く、接触事故のリスク


ドラゴン側も“停留場所が必要”と要望


河川敷に停留所を整備(広さ・誘導・見守り)


運用は試行、改善の意見受付中


問い合わせ先(電話・窓口)


 その上で、美月がSNSに補足投稿を出した。


 ……出したのだが。


 数分後。


「課長……終わりました……」

 美月が青ざめて戻ってきた。


「何が?」

「補足の方が……拡散してます……」

「え?」

「“ドラゴン停留は安全上できません”の一文だけ切り抜かれて……

 『市役所がドラゴンを危険扱い!』って……」


「うわぁぁぁ!!」


 勇輝は頭を抱えた。

 訂正が一番拡散する。

 広報あるあるの最悪形。


 加奈が冷静に言った。


「……じゃあ、次の手。

 “画像”にする」

「そうだ。文章は切り抜かれる。

 図解なら、切り抜いても意味が残る」


 美月が顔を上げた。


「図解……! 私、得意です!」

「今こそ発揮しろ!」


 美月は即席で“1枚画像”を作った。

 タイトルはこうだ。


「ドラゴン停留所のご案内:安全と共生のために」


市役所裏:自転車・歩行者が多く危険(×)


河川敷停留所:広い・誘導あり・見守りあり(〇)


ドラゴン代表と合意済み


試行運用:ご意見受付中


問い合わせ先


 そして、最後に大きく入れた。


「ドラゴンは住民です。排除ではなく“場所の整理”です。」


 投稿すると、コメントの空気が少し変わった。


「わかりやすい」

「図だと納得」

「河川敷なら安全か」

「代表と合意してるならいい」


 もちろん、まだ荒れている人はいる。

 だが、燃え広がる速度は落ちた。


 勇輝は、ようやく息を吐いた。


「……よし。鎮火方向」

 美月がぐったりする。


「課長、私、もう訂正したくない……」

「訂正は悪じゃない。

 “訂正の出し方”が難しいだけだ」


 市長がぽつりと言った。


「広報も、行政だな」

「今さらですか」


 加奈が笑う。


「でも、美月、よくやったよ。

 図解、すごく良かった」

「……褒めると燃える火もいるけど、褒めると伸びる人もいますね」

「その言い方、やめろ!」


 その日の終業後。

 勇輝は広報の机に、新しいルールメモを貼った。


「炎上時の広報ルール(暫定)」


まず固定情報を作る(一次ソース)


SNSは短く、誘導する


“誤解です”は禁止(対立を生む)


文章より図解(切り抜き耐性)


反論より説明(感情より手順)


 美月がそれを見て、弱々しくピースした。


「課長……次からは、最初から図解にします……」

「最初からやれ」


 そして、なぜかその瞬間に通知が来た。


「“訂正が一番拡散する女”って呼ばれてます……」

「称号にするな!」


 ひまわり市役所の広報は、今日も戦場だった。

 でも、戦い方は少しだけ上手くなった。


次回予告


多言語観光案内、最終的に“絵本”になった。

言葉が通じないなら、絵で伝えるしかない。

「多言語観光案内、最後は絵本になる」――役所、ついに絵本作家デビュー!

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