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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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第91話「説明会が地獄:反対派も賛成派も同じ主張」

◆午前・ひまわり市役所 異世界経済部


 ひまわり市役所の会議室には、たまに「空気が重い日」がある。

 机の上の書類が重いわけでも、椅子が壊れそうなわけでもない。人の気持ちが、まとまってそこに座っている。だから、音が少ない。ペンの先が紙をなぞる音や、コピー機の排気音まで、いつもよりはっきり耳に入ってくる。


 今日は、その日だった。


「主任……今夜、住民説明会をお願いします」

 総務課の担当職員が、資料の束を抱えて異世界経済部にやってきた。顔が少し引きつっている。頼みに来たというより、決意表明をしに来たみたいな顔だ。


「何の説明会ですか」

「天空橋周辺の“安全対策工事”です。昨日、巨人の方が応急復旧してくださった件も含めて、今後の整備計画を説明します」

「……なるほど。話題が多い。しかも熱くなる要素が多い」

「はい。熱くなり方が……いつもと違うんです」


 勇輝が視線だけで続きを促すと、担当職員は、言いにくそうに息を吸ってから言った。


「反対派も賛成派も、同じことを言ってます」

「同じこと?」

「“子どもが安心できる町にしてほしい”です」


 勇輝は、思わず資料の表紙を見直した。何かの冗談が挟まっていないか確認したくなる。

 隣で美月がぱっと顔を上げる。目の奥がきらっとしているのが分かる。こういう「言葉は同じ、結論は逆」みたいな状況は、彼女の好奇心を刺激しやすい。


「え、なにそれ。すごい……同じ旗を掲げて別方向に走るやつだ」

「面白がってる場合じゃないよ、美月。……でも、状況がイメージできてしまうのが怖いな」


 加奈がコーヒーを差し出しながら、担当職員に穏やかに聞いた。

「同じ言葉の中身が違う、ってことだよね。具体的には、どんな声が出てるの?」

「閉鎖してほしい、という声と、閉鎖するな、という声が同時に出ています。どちらも“子どものため”で、どちらも本気なんです」

「本気同士が正面衝突すると、会場がつらいことになる……」


 そのタイミングで、市長が入ってきた。いつも通りの歩幅、いつも通りの落ち着いた顔。最近は異界絡みの案件が増えたせいで、彼の「いつも通り」が逆に頼もしく見える。


「説明会の件だな。資料はもう届いた?」

「はい。届いたばかりです」

「揉めるのは避けられないか」

「揉めるのは分かるんですけど、今日は“揉める理由”が見えにくいタイプです。言葉は同じですから」


 市長は短く頷いた。

「なら、言葉をほどく。行政はそこからだ」


 勇輝は資料を受け取り、ページをめくる。予想通り、書かれているのはきれいな日本語と、きれいに並んだ不安だった。


 ・工事に賛成:安全が最優先。早くやってほしい

 ・工事に反対:安全が最優先。危ないからやらないでほしい

 ・工事に慎重:安全が最優先。まず説明してほしい

 ・工事に疑問:安全が最優先。誰が責任を持つのか示してほしい


「……全部、“安全が最優先”なんだよな」

「そうなんです。だから、司会が“安全第一です”って言った瞬間、全員がうなずいて、次の瞬間に全員が別の方向へ話を運ぶんです」


 勇輝は資料を閉じ、椅子の背にもたれた。背中に重みがのる。目を閉じると、同じ言葉がいくつも重なって聞こえる気がした。

 だが、ここで曖昧なまま会場に入れば、もっと曖昧が増える。増えた曖昧は、誰かの不安になって戻ってくる。


「よし。今日の勝負は“定義づけ”だ。言葉の中身を、具体に落とす」

 勇輝が言うと、美月がすぐ手を挙げた。学校の授業みたいに素直だ。


「具体って、どうやって作るんですか?」

「数字とルールと手順。あと、例外の扱い。役所がいつもやってることだよ」

「……それ、なんか安心します。いつもの土俵に戻れる感じ」

「戻れるけど、油断はできない。今日は相手が“気持ち”だ」


 加奈が頷く。

「みんな同じ言葉を使ってるときほど、噛み合ってないことが多いよね。たぶん、見てる景色が違う」

「そう。だから、同じ言葉を“同じ意味”に寄せる。寄せたうえで、分かれるところは分かれると明言する」


 市長が言った。

「橋の件は、すでに現場が先に進んだ。今夜はそれを正直に出した方がいい。隠すと、別の憶測が育つ」

「正直に出します。ただし、“正直=丸投げ”にならないようにします」


 勇輝はホワイトボードに大きく書いた。


 安全=①構造(壊れない)②交通ぶつからない③生活(困らない)④安心(不安を減らす)


「この四つを、最初に提示します。会場が“安全”って言ったとき、どれの話かを毎回こちらで確認する」

「確認するだけで空気が落ち着くかもしれないね」

「落ち着かないかもしれない。でも、進む道筋は作れる」


 美月が、メモを取りながら小声で言う。

「“安全って何ですか”って、今まで一番怖い質問かも」

「怖いけど、逃げない。逃げたら、橋がまた泣く」


 市長が少しだけ口元を緩めた。

「巨人の言葉が混ざったな」

「混ざりました。……でも、割と本質です」


◆午後・説明会準備 資料づくりと“翻訳”


 午後は、ひたすら準備だった。

 スライドを作る。配布資料を整える。質問想定を作る。誰が答えるかを決める。答えられない質問が出たとき、どう受け止めるかの言い回しまで、あらかじめ言語化しておく。


 総務課の担当職員が、机に付箋を並べながら言う。

「“子どもが安心できる町に”って言われたとき、どう返すのが正解なんでしょう」

「正解は一つじゃない。でも“返し方の型”は作れます。まず同意。次に確認。最後に具体の提案」

「同意、確認、具体……」

「うん。“その気持ちは分かります”で止まらない。“分かったから、次に進みましょう”まで持っていく」


 加奈は、住民目線の言葉を整えてくれた。

 専門用語を噛み砕くと、逆に誤解が生まれることもある。その境目を、彼女は感覚で分かっている。


「“耐荷重”って言葉、説明会だと引っかかりやすいよ。人によっては“壊れるかもしれない”ってだけ受け取っちゃう」

「じゃあ、“今の橋は大きな車が通ると負担が増えるから、しばらく車両に制限をかけます”って言い方にする」

「うん。制限する理由を先に言うと安心する」


 美月は、視覚の翻訳を担当した。

 注意書きのピクトグラム。通行規制の時間帯を色分け……いや、色は印刷で差が出るから、模様で区別。矢印とアイコンで、迂回ルートを一枚で理解できるようにする。


「主任、これ見てください。『工事中でも通れる時間』と『完全に止まる時間』を、時計の形で表しました」

「分かりやすい。ありがとう。これなら“止まるのか止まらないのか”の議論が、少しは前に進む」

「あと、異界の見学者にも分かるように、文字を減らしてます。ドワーフさんも、エルフさんも、図なら読みやすいはず」

「助かる。今日の会場は、町内だけじゃないからな」


 市長は、最後に“責任の線”を整えた。

 誰が判断するか。誰が点検するか。もし問題が出たら誰が止めるか。曖昧を残すと、そこに不安が住み着く。


「“巨人が直した橋を使うのは怖い”という声は必ず出る。だから、正式検査の位置づけと、暫定利用の条件を明確にする」

「はい。“暫定”の範囲を、具体に言います。大型車両は制限、通学時間帯は誘導員配置、夜間は照明強化。点検は週次で報告」

「週次報告は、公開するのか?」

「概要は公開します。詳細は個人情報や防犯上の配慮があるので調整しますが、“見える形”にします」


 勇輝は、配布資料の表紙に最後の一文を足した。


 『言葉が同じでも、困りごとは違います。違いを見える形にして、一つずつ解消します。』


 それは住民向けでもあり、役所向けでもあった。


◆夜・ひまわり市民ホール 住民説明会


 夜の市民ホールは、明るいのに落ち着かない。

 椅子の並びは整っているのに、足元のざわめきが止まらない。町が異界に転移してから、説明会の出席率は明らかに上がった。自分の生活が、昨日までより“町の決定”に近くなったからだ。


 前列には子ども連れの親。少し後ろに学校関係者。商店街の人。高齢者のグループ。脇の通路側には、異界からの見学者が固まっている。エルフの商会関係者らしい人が数名、ドワーフの職人が腕を組み、魔族は姿勢よく座っていた。誰も騒いでいないのに、静かに圧がある。


 司会の総務課担当がマイクを握る。声がわずかに上ずるのは、責められない。彼は深呼吸して、最初の言葉を丁寧に置いた。


「本日は、天空橋周辺の安全対策工事についてご説明します。昨日の応急復旧の状況、今後の工事計画、通行制限の考え方、見守り体制について、順にお話しします」


 言い終える前に、手が上がった。

 一本、二本ではない。会場のあちこちから、同時に上がる。司会が一瞬だけ固まりかけたのを見て、勇輝は“想定通り”と自分に言い聞かせた。


「はい、まずそちらの方」

 司会が当てると、前列の男性が立ち上がった。声が大きい。怒っているというより、守りたい気持ちが前に出ている。


「子どもが安心できる町にしてください! 危ない橋なんて、今すぐ閉鎖すべきだ!」


 次の瞬間、別の女性が立ち上がる。こちらは、切実さが強い。


「子どもが安心できる町にしてください! 通学路が遠回りになるから、閉鎖は困ります!」


 さらに隣の高齢者が続く。


「子どもが安心できる町にしてください! 橋が壊れたままでは危ない。早く工事してほしい!」


 後方から、商店街の人の声が飛ぶ。


「子どもが安心できる町にしてください! でも、工事で昼間ずっと通れなくなったら、買い物の流れが変わってしまう!」


 会場がざわめく。けれど、不思議と罵声はない。誰もが同じ言葉を盾にして、同じ言葉で相手を押し返している。だから、強く言い返しにくい。強く言い返せないまま、熱だけが上がっていく。


 美月が隣で小さく呟いた。

「……みんな、正しいこと言ってるように聞こえます」

「正しい。だから、整理が必要なんだ」


 勇輝は、司会の目を見て頷いた。司会は、救われたようにマイクを勇輝に渡す。


「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。異世界経済部の主任、勇輝です」

 勇輝は一度、会場全体を見回した。視線が合う人も合わない人もいる。合わない視線の向こうにも、不安はある。


「今、たくさんの方が同じ言葉を口にしました。“子どもが安心できる町にしてほしい”。これは、全員の目標です。そこは、まずはっきり一致しています」


 会場の空気が、ほんの少しだけ静かになる。

 “一致している”と言われると、人は一度立ち止まれる。立ち止まれた瞬間に、次の言葉が入る余地ができる。


「ただ、今の段階では、“安心”の中身が人によって違っています。閉鎖してほしい方も、閉鎖は困る方も、工事を急いでほしい方も、工事のやり方を心配する方も、みなさん同じ目標を見ているのに、見ている景色が少しずつ違う。その違いを、まず見える形にします」


 勇輝はスライドを映した。大きな文字で四つの項目。


 安全=①構造(壊れない)②交通ぶつからない③生活(困らない)④安心(不安を減らす)


「“安全が最優先”という言葉は、もちろん正しいです。ただし、安全にも種類があります。橋が壊れないこと。通学時にぶつからないこと。遠回りで生活が困らないこと。見守りがあって不安が減ること。今日は、この四つをセットで扱います。どれか一つだけを最優先にすると、別の不安が増えるからです」


 前列の男性が言う。

「バランスとか言ってる場合じゃない。危ないなら閉鎖だろ!」

「おっしゃる通り、危険が高ければ閉鎖します。その判断の基準を、ここで示します。基準が見えないと、“閉鎖しないのは無責任”に見えてしまう。それを避けたいんです」


 勇輝は次のスライドへ進めた。数字と、分かりやすい言い換えを並べる。


 ・応急復旧:完了(巨人業者による一次復旧)

 ・暫定点検:実施済み(外観・簡易載荷)

 ・正式検査:本日から順次実施(下部工・接合部・材料確認)

 ・当面の制限:大型車両の通行制限/通学時間帯の誘導員配置


「まず大前提として、橋は“壊れたまま”ではありません。昨夜から今朝にかけて、一次復旧が行われ、暫定的な点検も終えています。ただし、正式検査が終わるまでは、負担が大きい通行を制限します」


 ここで、異界側のドワーフが手を挙げた。司会が一瞬戸惑うが、勇輝は頷く。


「はい、どうぞ」

「大型とは、どれほどの重さだ。人間の言葉は、幅が広い」

「具体でいきます。トラックなどの車両、観光用の大型荷車、そして……巨人の歩行も含みます」


 会場がふっと笑う。笑いは馬鹿にした笑いではなく、「そこまで言うのか」という驚きの笑いだ。笑いが出ると、肩が少し下がる。勇輝は、その隙を逃さず続けた。


「巨人の方にもお願いしています。危険箇所が見つかっても、まず役所に相談していただく。勝手に直してくださったこと自体は助かりましたが、次からは一緒に進めたい。これは、責任の線をはっきりさせるためです」


 後方から声が上がる。

「直してくれたんだから、もうそれでいいじゃないか!」

「気持ちは分かります。ですが、もし何か起きたとき、“誰がどう対応するか”が決まっていない状態が一番怖いんです。善意のまま放置すると、次の善意がもっと大きくなって、もっと手順が追いつかなくなる。だから今、枠を作ります」


 勇輝は、工事計画のスライドへ。


「次に、今後の安全対策工事です。結論から言うと、通行止めを完全にゼロにするのは難しいです。ただし、止める時間を短くする、止める時間帯を選ぶ、止め方を工夫することはできます。具体案をお見せします」


 スライドには、時計の図。通学時間帯の通行確保。音が出る工程は昼。音が少ない工程を夜。休日の集中作業。仮設の歩行者通路。誘導員の配置計画。


 反対派らしい男性が言う。

「夜工事はうるさいだろ! 子どもが寝られない!」

「だから、夜間に音が出る作業はしません。夜間は“音が少ない工程”だけに絞ります。音が出る工程は昼にやります。その代わり、昼の通行規制は時間を区切り、通学や買い物のピークを避けます」


 賛成派らしい女性が続く。

「そんな細かい調整、守れるの? 結局、現場が勝手に延びたりするでしょう」

「守らせます。守れない場合は、工事を止める判断も含めて契約で縛ります。今回の工事は、価格だけで決める方式ではなく、技術提案型で業者を選びます。時間管理と、安全管理の提案を評価に入れます」


 商店街の人が、手を挙げた。

「工事中、商店街の導線はどうなる? 遠回りが増えると、客足が変わる」

「導線は“工事計画の一部”として扱います。迂回路に案内板を増やし、誘導員の配置で“迷わないようにする”。これは生活の安全、つまり“困らない”の部分です。商店街の皆さんとは、個別にも調整します。ここでの説明会は全体像です」


 加奈が横で、ほっとしたように息を吐いた。住民の不安を“工事の外側”として切り捨てない、と明言できたのは大きい。


 しかし、空気が少し刺さったのは、その次の発言だった。


 若い母親が、手を挙げた。声が震えている。怒りではない。怖さだ。


「……子どもが安心できる町にしてほしいです。異界の人が増えて、正直、怖い。橋の近くでドラゴンが休んでたって聞きました。もし子どもが近づいたら、どうするんですか」


 会場の空気が、じわっと固くなる。

 誰かが否定すれば燃える。誰かが同調すれば分断が深まる。だからこそ、答え方が問われる。


 勇輝は、急いで言葉を切らなかった。息を整え、相手の言葉を一度受け止めてから、ゆっくり返した。


「怖いと感じるのは自然です。いきなり生活圏に、今まで見たことのない存在が増えた。戸惑いが出るのは当然です」

 母親が、少しだけ肩の力を抜く。


「だから、対策を工事とセットで出します。橋周辺は“見守り”を増やします。巡回、照明、注意喚起の表示。それから、橋のすぐそばを“休憩場所”にしないよう、ドラゴン側とも調整します。休むなら休む場所を作る。人間側の安全と、異界側の行動のしやすさを両立させる」


 ここで、魔族の見学者が手を挙げた。背筋がまっすぐで、言葉が丁寧だ。


「それは、我らへの監視か?」

「監視ではありません。事故防止です。人間も異界も、誰もが同じルールで守られるための仕組みです。たとえば、夜間の照明は人間にも異界にも有効です。巡回も、“誰かを疑うため”ではなく、“危ない状況を早く見つけるため”です」


 ドワーフが頷く。

「ならば公平だ」

「はい。公平に安全を守ります」


 会場の空気が、少しだけ戻った。

 “怖い”を否定せず、でも“怖いから排除”にも流れない。その線を、言葉で引いた。


 勇輝は最後に、会場の人たちへ呼びかけた。


「今日の議論は、誰かを言い負かすためではなく、“同じ言葉の中身”を揃えるためにあります。もし『それは構造の話』『それは生活の話』と分けて考えられるようになれば、対策も整理できます。ここから先は、具体の話を進めます」


 質疑は続いた。

 通学路の誘導員を誰がやるのか。見守りはいつまで続くのか。工事中の救急車はどう通るのか。商店街の配送はどうするのか。夜間の照明で近隣が眩しくならないか。仮設通路は雨でも滑らないか。


 勇輝は、答えられるものは答え、答えられないものは“持ち帰って期限を切る”と言った。

 曖昧な安心を振りまかない。約束するなら、約束の形を作る。できないなら、できないと言う代わりに、どう検討するかを示す。


 終盤、市長が短くまとめた。


「本日の意見は受け止めた。安全は一つの言葉では終わらない。だから、市は手順で示す。検査の結果は公表し、工事は段階的に行い、生活への影響は最小化する。必要なら、計画は見直す。町は、住民と一緒に進める」


 会場から拍手が起きた。

 全員が納得した拍手ではない。それでも、“話を聞いた”という拍手だった。暴発しなかった。分断に落ちきらなかった。説明会としては、十分に前へ進んだと言っていい。


◆夜・控室 会議室の外でやっと息をする


 控室に戻ると、総務課の担当職員が椅子に座り込んだ。肩が下がり、やっと表情が人間の顔に戻る。


「主任……終わりました……」

「お疲れさま。あなたが司会を投げなかったのが一番大きい。会場って、司会が折れると一気に崩れるから」

「折れそうでした。でも、主任が“確認します”って言ってくれたとき、戻れました」


 美月が、配布資料の残りを抱えたまま言う。

「今日の学び、ひとついいですか」

「何だ」

「“みんな同じことを言うときほど、言葉の意味がズレてる”」

「それは確かに金言っぽいけど、掲げるなら“ズレを直すのが行政”までセットにして」


 加奈が紙コップの水を渡してくる。

「はい。今日は“妙な味のしない”普通の水」

「その言い方、何が混ざる想定なんだよ」

「最近、色々あるからね。普通がありがたい日もある」


 市長が、控室の隅で資料を閉じながら言った。

「良い説明会だった。言葉が同じだからこそ、具体に落とせた」

「具体に落とすまでの間、会場の熱が高かったですけどね」

「熱は、町が生きている証拠だ」

「生きている証拠はありがたいですが、次は“もっと楽に生きる方法”も探したいです」


 市長は頷いた。

「次は、仕組みの方を先に作ろう。今日出た不安は、仕組みで減らせる」


 勇輝は、会議室の外の廊下を見た。

 まだ数人、会場から出てきた住民が立ち話をしている。言葉の端々に“子ども”が出てくる。みんな、同じ未来を願っている。ただ、辿りたい道が違うだけだ。


 面倒で、重くて、ややこしい。

 それでも、言葉を揃えれば、歩幅は合わせられる。


 勇輝は、明日の自分のためにメモを一行残した。


 『安全の四分類を、説明会の外でも使えるようにする。掲示物とQ&Aに落とす。』


 会議室を出るとき、加奈が隣で小さく笑った。

「主任、今日はちゃんと“まとめ役”だったね」

「まとめ役じゃなくて、翻訳係だよ。町の言葉を、手順に翻訳する」

「それ、いいね。翻訳係」


 美月が、最後にぽつりと言う。

「主任、今日、異界の人たちも頷いてました。人間の説明会って、意外と面白いって顔してた」

「面白いで済むうちはいい。面白くなくなる前に、仕組みで整える」


 ひまわり市は今日も、言葉の重さを運びながら前へ進む。

 同じ主張がぶつかる夜を越えた分だけ、町の輪郭が少しだけはっきりした。


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