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第86話「空き家対策:勝手にリフォームするスライム」

 ひまわり市役所・異世界経済部。

 朝の会議室に、珍しく“前向きそうな議題”が並んでいた。


「空き家対策、進めたいんだよねー。町の景観、正直もったいないし」

 市長がホワイトボードに“空き家バンク”と書いて、満足そうに頷く。


「市長、言ってることは正しいです。

 ただ、空き家対策は“地味に重い”です。権利関係が」

 勇輝は資料をめくりながら、いつものツッコミに力を込めた。


「でも今は異界の移住希望者もいる。いいタイミングだろう?」

「タイミングはいい。問題は“ルール”です。勝手に住むな、勝手に直すな、勝手に――」


「勝手に直すな、なら……もう遅いかも」


 加奈が、窓の外を見ながらぽつりと言った。


「え?」

「今朝ね、喫茶の常連さんが言ってた。

 “空き家が勝手に綺麗になってる”って」


 美月が椅子から跳ねた。


「えっ!? ビフォーアフター系ですか!? それ絶対バズるやつ!」

「バズらせるな! まず止めろ!」


 そこへ、まるでタイミングを計ったかのように内線が鳴った。

 出ると、住宅政策担当の職員の声が裏返っている。


『主任! 空き家の現場で……なんか、動いてます!』

「動いてる?」

『壁が……ぷるぷるしてます!』

「壁がぷるぷる!? それはもう家じゃない!」


 勇輝は立ち上がった。


「現場行く。市長、加奈、美月――」

「行く!」美月。

「行くよ」加奈。

「もちろんだ」市長。


 全員ノリが軽い。軽いけど、行くしかない。


 問題の空き家は、商店街から少し外れた住宅地にあった。

 築四十年くらいの木造。庭は草が伸び放題、雨樋は歪み、外壁もくすんでいる――はずだった。


「……え?」


 現地に着いた瞬間、勇輝は声が抜けた。


 外壁が、白い。

 塗りたてみたいに均一。

 しかも、つやつやしている。光を反射している。


「昨日まで、こんなんじゃなかったよね?」

 加奈が近所の人に聞くと、おばあさんが頷く。


「昨日はボロかったよぉ。今朝見たら、ピカピカでねぇ。

 でも、怖くて近寄れなくて……だって……」


 おばあさんの指さす先。

 玄関の脇で――何かが“にゅるっ”と動いた。


 透明な、ぷるんとした塊。

 スライムだった。しかも一匹じゃない。

 小さいのが二匹、玄関の段差をぴょこぴょこ上っている。


「……スライムが、リフォームしてる?」

 美月が目を輝かせる。

「かわいい! 職人スライム!」

「かわいいで済ますな。所有権!」


 市長はなぜか感心していた。


「技術力が高い。均一な塗りだ」

「市長、感心してる場合じゃないです。

 勝手に他人の家を改修したらアウトです!」


 住宅政策の職員が、泣きそうな顔で言った。


「しかも……中、見ました? 床、張り替わってます……」

「中まで!? 侵入してるじゃん!」


 勇輝は深呼吸して、玄関先に声をかけた。


「……えっと。スライムさん? 聞こえますか?」

 スライムは、ぷるん、と揺れた。


 返事はない。

 ないが、明らかに“作業中”だ。


 スライムの一匹が壁にぺたっと張り付き、じわーっと広がる。

 次の瞬間、壁の色ムラが消え、さらにツヤが増した。


「塗料じゃない。体で塗ってる……」

 勇輝が呟くと、加奈が小さく笑う。


「スライムって、粘膜で覆うから……コーティング?」

「コーティングでも勝手にやるな!」


 美月がスマホを構えかける。


「課長、これ撮って――」

「撮るな! 撮った瞬間、全国から“うちの家もお願いします”って来る!」


 そのとき、家の中から「にゅぽっ」という音がして、

 スライムがもう一匹、窓から顔を出した。顔というか、丸い凸。


 そして――何かを“差し出して”きた。


 紙だ。

 ぬるぬるしてるけど、紙だ。


「……え、書類?」

 勇輝が恐る恐る受け取る。


 そこには、見事に整った文字でこう書かれていた。


『しんせいしょ

 りふぉーむ したい

 このいえ きけん

 なおした ほうが いい

 すらいむ』


「……申請書だ」

「申請書!?」

 住宅職員が叫び、加奈が口元を押さえる。


 市長が満足げに頷いた。


「ほら。ちゃんと手続きしようとしている」

「手続きの順番が逆です!!」


 美月が興奮して言った。


「スライム、字が上手い! 行政適性高い!」

「褒めるな! 増える!」


 勇輝は申請書を見つめ、頭の中で条例とマニュアルを高速で引っ張り出した。

 空き家対策。危険家屋。緊急措置。所有者不明。現状変更。無断侵入。

 全部が絡む、地獄のミルフィーユだ。


「……まず確認。

 この家、所有者は?」

 住宅職員がタブレットを見ながら答える。


「固定資産税の納付先は……県外の親族。連絡つきません」

「連絡つかないのが一番しんどい!」


 加奈が近所の人に聞いて補足した。


「ここのおじいちゃん、去年亡くなってね。空いたまま。

 台風のとき屋根が一部飛んで、危ないって言われてた」

「危険家屋扱い一歩手前……ってやつか」


 市長が腕を組む。


「つまり、スライムは“危険だから直した”」

「善意っぽいのが厄介なんですよ!

 善意でも違法は違法!」


 スライムがぷるぷる揺れ、さらに紙を差し出してきた。

 追加書類。濡れてるけど。


『かってに した

 でも まち きれい

 みんな うれしい

 すらいむ は そうじ すき』


「言い分が“善意100%”だ……」

 勇輝はこめかみを押さえた。


 この状況でスライムを追い払えば、近所は「せっかく綺麗にしたのに」と言う。

 放置すれば、他の空き家にも勝手に入る。

 しかも“勝手に直すスライム”が定着すると、所有権と責任が崩壊する。


「落としどころが要る」


 勇輝がそう呟くと、加奈が小さく頷いた。


「“やっちゃダメ”を言うだけじゃなくて、“やっていい形”を作るんだよね」

「そう。役所はいつもそれだ」


 美月が手を挙げる。


「じゃあ、スライムを“公式リフォーム隊”に――」

「しない! って言いたいけど……」


 市長が真顔で言った。


「できるなら、する価値はある」

「市長、さらっと公的制度を増やさないでください!」


 でも、現実問題。

 空き家が増える町で、異界の“修繕できる存在”は強い。

 強いが、暴れたら終わる。


 勇輝はスライムに向かって、できるだけわかりやすい言葉で話した。


「スライム。

 この家を直したい気持ちはわかった。

 でも、“勝手に入る”のはダメ。人の家は、人のもの」

 スライムが、しゅん……と小さくなる。分かってるっぽい。


「直すなら、まず役所に言う。

 そして、役所が“この家は直していい”って決める。

 それからやる。順番」

 スライムがぷるん、と頷いた。頷いたように見えた。


 市長が口を挟む。


「条件付きで、協力してもらうのはどうだ。

 “危険家屋の応急措置”として」

「応急措置なら、法的に説明しやすい……

 ただし、作業範囲を限定。勝手に内装全部やるな」


 住宅職員が言う。


「今、すでに内装やってます……」

「やってるものは止められないとして、今後のルールを作る!」


 加奈がスライムの前にしゃがんで、優しく言った。


「ねえ、スライム。

 掃除が好きなの、すごく助かる。

 でも、勝手にやると、怒られるし、悲しむ人もいるんだ」

 スライムは、ふにゃっと形を崩して、申し訳なさそうに揺れた。


「だから、お願い。

 “役所のお願い”のときだけ、手伝って」

 スライムが、ぷるん! と勢いよく跳ねた。

 やる気が全身から漏れている。


「……やる気出しすぎ」


 美月が小声で言った。


「かわいい……」

「かわいいで済ませるな、契約だよ契約!」


 市役所に戻ると、すぐに臨時の調整会議になった。

 議題はもちろん――


「勝手にリフォームするスライムの扱い」


 勇輝はホワイトボードに太字で書いた。


無断侵入・無断改修はNG(所有権)


ただし危険家屋の応急措置は行政裁量で可能


スライム協力は“ボランティア”ではなく“委託”相当の管理が必要


作業範囲・責任・安全基準の明確化


 美月が手を挙げる。


「“スライム建築課”つくりません?」

「作らない」

「“スライム修繕班”は?」

「作らない」

「じゃあ“ぷるぷる応急隊”!」

「ふざけるな! ……いや、名前はあとでいい!」


 市長が真面目に言った。


「名前は大事だ。住民が受け入れやすい」

「その前に規定です!」


 加奈が静かにまとめる。


「まずは試験運用。

 危険家屋だけ、役所が立ち会って、外側だけ。

 勝手に中まで触らない」

「そうだな。外壁・雨樋・屋根の応急だけ。内装は禁止」


 住宅職員が頷く。


「所有者には、役所から通知を出します。連絡取れない場合は公示も」

「その手続きも忘れずに。善意で踏み抜くと後で地獄を見る」


 市長は最後に決裁のように頷いた。


「よし。“スライム協力による危険家屋応急措置(試行)”として、進めよう」

「名称がもう条例っぽい!」

「役所だからな」


 勇輝はため息をつきつつも、腹をくくった。


「――ただし。絶対に、勝手な“フルリフォーム”は止めます。

 景観と安全は守る。でも権利も守る。

 そのうえで、町が助かる形に落とす」


 美月がにやっと笑う。


「課長、これ“地域活性化ファンタジー”っぽいですね」

「ファンタジーに落とし込むな。現実だ」


 加奈が、柔らかく言った。


「でも、助かったのも本当だよ。

 空き家って、放っておくと町の気持ちが沈むから」

「……そうだな」


 その日の夕方。

 例の空き家には、役所の立ち会い札が貼られ、作業範囲の線が引かれた。

 スライムはその線の外にぷるんと待機し、合図が出ると外壁だけを丁寧にコーティングした。


 近所のおばあさんが、ぽつりと笑った。


「なんだか、町が明るくなったねぇ」

「明るくなるのはいいんです。

 でも、勝手に明るくなると困るんです」


 勇輝がそう返すと、

 おばあさんは「難しいねぇ」と笑った。


 難しい。

 でも、その難しさを“運用”に落とすのが、役所の仕事だ。


 帰り道、市長がぽんと勇輝の肩を叩いた。


「いい一日だったな」

「市長、今日も制度が増えました」

「町が生きている証拠だ」

「……まあ、そうですね」


 美月が後ろから叫ぶ。


「課長! スライムが“申請書の形”で提出してきたの、写真撮っていいですか!?」

「ダメ!! それは全国の自治体が真似する!」


 加奈が笑った。


「でも、ちょっと見たい」

「加奈まで!?」


 ひまわり市の空き家対策は、今日から少しだけ前に進んだ。

 ぷるぷるする現場と、かっちりした書類の間で。


次回予告


商店街にエルフが出店、値札がまさかの「葉っぱ3枚」!

通貨じゃない、気分だ――価格表示が崩壊する。

「商店街にエルフ出店、値札が『葉っぱ3枚』」――勇輝、値札で胃がやられる!

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