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第80話「結界の“音漏れ”問題:静けさゾーンに屋台の声が侵入する!」

 温泉まつりは盛り上がった。

 賑やかゾーンは賑やかに。

 静けさゾーンは静けさに。

 ——“選べる祭り”、成功!


 ……のはずだった。


「主任……静けさゾーンから苦情です……」


 観光担当が、今度は別の顔で言った。

 成功の次は、だいたい細部で刺される。


「内容は」


「……『静かに休めない』

『屋台の呼び込みが聞こえる』

『太鼓の音が胸に響く』

『結界があるのに音が入る』です」


「音漏れ!? 結界って防音壁じゃない!」


 美月がスマホを見て言う。


「主任、来てます。

『静けさゾーン詐欺』って言い方、やばいです」


「詐欺はやめろ!」


 加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日は“耳栓”が山ほど。

 完全に防音対策の気配。


「静けさゾーンって言ったら、期待値が上がる。

期待値が上がると、少しの音でも裏切りになる」


「そう。言葉が強すぎた。

“静けさ”は絶対じゃない。相対だ。

今日は、期待値と現実のギャップを埋める」


 背後から、のっそりと市長が現れる。不敵な笑みが今日は普通だ。


「境界線の争いか。祭りは政治だな」


「政治って言うな! でも、うん!」


現場:静けさゾーンに、屋台の魂が侵入してくる


 休憩所。

 ベンチに座る人たちが、確かに疲れている。

 湯上がりの人もいる。子どもを抱えた親もいる。

 ここは落ち着ける場所であってほしい。


 ……なのに、外から聞こえる。


「いらっしゃい! 熱々だよー!」


「ドラゴン串、今だけ安いぞー!」


 太鼓がドン。

 笑い声がワッ。


 静けさゾーンのはずなのに、祭りの熱が漏れてくる。

 それは“音”というより、“気配”だ。


 美月が小声で言った。


「主任、これ……結界が“感情の刺さり”は弱めても、物理音は止められないってことですよね」


「そう。結界は気持ちの尖りを丸める。

でも空気の振動は空気だ。

太鼓は太鼓。屋台は屋台。現実は強い」


 加奈が耳栓を配りながら言う。


「でも、耳栓配るだけだと『結界って何だったの』ってなるよね」


「なる。だから、対策は二段階」


二段階対応:1) 期待値を調整 2) 物理対策で補う


 勇輝はまず、言葉を整理した。


1) 「静けさゾーン」の呼び方を変える


“静けさ”は絶対っぽい。

なら、現実に合わせる。


「静けさゾーン」→ 「休憩・回復ゾーン」


“無音”ではなく“落ち着ける”を目標にする


「名称変更、地味だけど効きます。詐欺って言われにくい」


 美月が頷く。


「言葉の期待値、コントロール大事。炎上予防になります」


 加奈が言う。


「“回復”なら、少し音があっても許容される。

人は目的が分かると我慢できる」


2) 物理対策(運用)を入れる


結界に頼らず、現実で守る。


休憩所の入口を一つにして、外気が直通しないようにする


屋台の“呼び込みライン”を会場中心側に下げる(境界から距離)


太鼓の演奏位置を、休憩所から遠い方向へ移動


休憩所の背面に「布の衝立(簡易)」を設置(音を散らす)


案内係を置いて「ここは回復ゾーンです」を周知


耳栓・ブランケットを“貸し出し”にする(救済策)


 市長が頷いた。


「結界ではなく、配置で解決するのだな」


「そうです。音は配置で勝ちます」


交渉:屋台側は“声を奪われる”のが嫌


 呼び込みラインを下げると言うと、屋台側が反発する。

 売上に直結するからだ。


 ドワーフ店主が言った。


「声を下げろってか!? 祭りだぞ!」


 勇輝は即答しない。

 ここで禁止すると揉める。

 だから代替策を出す。


「声を下げろじゃない。“場所を変える”です。

呼び込みは、賑やかゾーンで思いきりやっていい。

でも回復ゾーンの前だけは避けたい。

代わりに、回復ゾーンの出口に案内看板を置きます。

『休憩後はこちらへ』って誘導して、客を戻します」


 加奈が補足する。


「休憩した人って、また食べるよ。

戻り導線があると、売上も落ちにくい」


 ドワーフが腕を組む。


「……戻ってくるなら、いい」


「戻す」


 美月が小声で言った。


「加奈の一言、商売人に効きますね」


「喫茶の血です」


ドラゴンの工夫:境界に“柔らかい膜”を置く


 グラン=ドゥルが現れた。

 呼んでないのに来るのは、もう日常。


「音は止められぬ。だが、角は丸められる」


「角?」


「太鼓の“胸に響く”感じ。

あれは衝撃だ。衝撃を散らす膜を置く。

無音にはしない。だが、苦になりにくくする」


「それ、まさに欲しいやつ」


 ドラゴンが休憩所の周辺に、薄い“膜”を置く。

 すると確かに、太鼓のドンが、ドゥンくらいに変わる。

 ゼロじゃない。だが刺さらない。


 休憩所の人が、少し息を吐いた。


「……さっきより楽」


 加奈が頷く。


「これなら“回復”できる」


仕上げ:美月の現場アナウンスで誤解を止める


 美月がマイクを握る。今日も握る。慣れてきたのが怖い。


「皆さん!

こちらは“休憩・回復ゾーン”です!

完全な無音ではありませんが、落ち着けるよう運用しています。

気になる方は耳栓の貸し出しもありますので、スタッフに声をかけてください!」


 “静けさ詐欺”の火種が、一段落する。

 言葉を変え、対策を見せ、逃げ道も用意する。

 これが行政の火消しだ。


 「境界線は、硬いほど争いを生む。柔らかくすれば良い」


「今日は市長が哲学を現場に落とした!」


まとめ:結界は万能じゃない。だから“言葉と配置”で補う


 静けさはゼロにできない。

 祭りは生き物だ。音も匂いも漏れる。

 だから、“無音”を約束しない。

 “回復できる”を約束する。


 加奈が耳栓を袋に戻す。


「耳栓、結局役に立つね」


「役に立つ。現実は現実で勝つ」


 美月が笑う。


「主任、次は『回復ゾーンでもっと盛り上げろ』って言われますよ」


「言われるなら、もう何でも来いだ」


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、境界線は柔らかく。


次回予告(第81話)

「水道が聖水認定!? ただの水が神格化した日」

異界の巡礼者が「この水は聖水だ」と拡散!

観光客殺到し、水道課パニック!

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