第8話「異世界からの視察団」
■ひまわり市役所・異世界経済部
曇ったガラス窓越しに朝日が差し込み、いつもの雑多な書類とコーヒーの匂いが漂っていた。
しかし空気はどこか落ち着かず、全員がいつもより背筋を伸ばしている。
ホワイトボードには太い字で来庁予定が書かれていた。
《王国商務院副大臣アラン=ベルネール》
《魔王領観光局長ベルグ=ドラーク》
《随行員 計6名》
美月はタブレットを抱えながら、眉間に皺を寄せる。
「王国と魔王領、両方同時って……ケンカにならないですか?」
勇輝はファイルを閉じ、深呼吸してから答えた。
言いながら、自分に言い聞かせているようにも見える。
「ならない。……いや、ならないでほしい。」
なのに、市長だけは異様に堂々としていた。
まるで“修学旅行の引率ベテラン教師”の表情だ。
「大丈夫だ。うちは“中立市”だ。」
「その根拠どこですか……」
「気合いと自治精神だ。」
「精神論だった!!」
「異世界の交流拠点として、双方に観光案内を提供する。
そして――この会議で“国際観光モデル都市”の認定をもらう!」
「会議っていうか、外交イベントですよね!? 庁舎の耐久度も心配なんですけど!」
「それは防災課の仕事だ!」
勇輝は遠くを見るように天井を見上げた。
「……肩書きばっかり増えていくな、うちの市。」
◆市庁舎前・午前11時
庁舎前は臨戦態勢のような緊張感。
報道、観光協会、商店街代表、市議会議員――とにかく視線が多い。
市庁舎玄関前に、二つの馬車(と一台の浮遊魔導車)が同時に到着した。
銀の装飾馬車から降りたのは金髪の紳士、王国代表アラン。
一方、黒い魔導車からは筋肉と威圧感だけで成立している男、ベルグが降りる。
「王国代表、アラン=ベルネール卿、参上。」
「魔王領観光局、ベルグ=ドラークだ。よろしく頼む、人間ども。」
どちらも威圧感たっぷり。
一瞬、空気が凍りつく。
緊張で息を止めた職員たちの肩が、ぴくりと揺れた。
だが――
「――ようこそ、ひまわり市へ!」
軽快な音楽と共に、浴衣姿のリリア登場。
手には町のゆるキャラ「ひまリス」のぬいぐるみ。
周囲はざわつき、視察団すら一瞬固まった。
ベルグが目を細める。
「第二魔王よ。なぜその格好を?」
「これがこの世界の“外交装備”。笑顔を守る魔道兵装よ。」
■会議室
空調が効きすぎて少し寒い会議室。
壁には市の観光ポスターと、なぜか「がんばろう異界対応」の手書き横断幕。
勇輝がスライドを操作しながら説明する。
「こちらが“魔物共生区域マップ”です。
スライムが下水を浄化し、ドラゴンの吐息が温泉を加温しています。」
アランは興味深そうにメモを取りながら頷く。
「おお……“生態系を活かす観光資源化”とは見事だ。」
「次に、こちらが“観光インフラにおける異界間通貨対応”。
魔石・ルビア・円を一括換算できる端末を導入しました。」
「……この“10%税”とは何の呪いだ?」
「消費税です。」
「呪いじゃな。」
勇輝は聞こえない声でつぶやいた。
「全国民がそう思ってるよ……」
■昼食:市役所食堂
会議は順調に進んだ――が、問題は昼食休憩中に起きた。
食堂で供された“ひまわり特製カレー”を食べた王国側代表が、思わず叫ぶ。
「辛っ!? 舌が燃える!!」
「魔界の料理はもっと熱い。こう食べるのだ!」
ベルグが豪快に笑い、カレーをがつがつと食べ始める。
「うむ、これは良い! 舌が再生する!」
「再生しないでください!?」
王国側の随行員は涙目。
魔王領の随行員はおかわりしている。
美月は震える手でメモを取る。
「……これ議事録書くの……?」
勇輝は言った。
「削除でいい。」
結果、昼食会は異界激辛対決へと発展。
報道カメラが入っていないのが唯一の救いだった。
■午後・本協議
議題は“異界恒常拠点の建設”。
「我が王国は、ひまわり市に“王立商館”を開設したい。」
アラン副大臣が提案する。
「では魔王領は“魔界直送市場”を作る。」
ベルグも負けじと対抗。
勇輝の胃が軋む音が聞こえそうなほど顔が青い。
「……えっと、それ、同じ場所に作ります?」
「もちろん!」
「いや絶対揉める未来しかないから!!」
そのとき、リリアが静かに立ち上がった。
「待って。――どちらも悪くない。
でもこの町は“どちらか”じゃなくて“どちらも”なの。」
スクリーンに映されたのは、商店街の写真。
エルフのパン屋、ドワーフの整備屋、人間の八百屋が並び、
子どもたちが一緒に遊んでいる。
「争うより、並べましょう。
“王国通り”と“魔界横丁”――そして、真ん中に“ひまわり広場”。
それがこの町らしい形。」
静寂。
そして――拍手。
「……なるほど。両方の顔を持つ町、か。」
アランが微笑む。
「気に入った。王国も協力しよう。」
「魔王領も異論なしだ。」
ベルグも腕を組んでうなずいた。
市長は息を吐き、小さくガッツポーズした。
■夕暮れ
庁舎の外では、三国旗が並んで掲げられた。
「こうして、“異界共生都市ひまわりモデル”が誕生した。」
「市長、やりましたね!」
「まだこれからだ。――行政は、ここからが長い。」
「そういう現実的なこと言わないでください!」
笑い声が、沈む夕陽の中で響いた。
次回予告
第9話 「転移省の査察官」
新たな敵(?)は“転移省”の官僚!
「この転移は違法です。解体手続きを開始します」
ひまわり市、最大の危機!? 町を守るため、立ち上がるのは――!




