表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/161

第8話「異世界からの視察団」

■ひまわり市役所・異世界経済部


 曇ったガラス窓越しに朝日が差し込み、いつもの雑多な書類とコーヒーの匂いが漂っていた。

 しかし空気はどこか落ち着かず、全員がいつもより背筋を伸ばしている。


 ホワイトボードには太い字で来庁予定が書かれていた。


 《王国商務院副大臣アラン=ベルネール》

 《魔王領観光局長ベルグ=ドラーク》

 《随行員 計6名》


 美月はタブレットを抱えながら、眉間に皺を寄せる。


「王国と魔王領、両方同時って……ケンカにならないですか?」


 勇輝はファイルを閉じ、深呼吸してから答えた。

 言いながら、自分に言い聞かせているようにも見える。


「ならない。……いや、ならないでほしい。」


 なのに、市長だけは異様に堂々としていた。

 まるで“修学旅行の引率ベテラン教師”の表情だ。


「大丈夫だ。うちは“中立市”だ。」


「その根拠どこですか……」


「気合いと自治精神だ。」


「精神論だった!!」


「異世界の交流拠点として、双方に観光案内を提供する。

そして――この会議で“国際観光モデル都市”の認定をもらう!」


「会議っていうか、外交イベントですよね!? 庁舎の耐久度も心配なんですけど!」


「それは防災課の仕事だ!」


 勇輝は遠くを見るように天井を見上げた。


「……肩書きばっかり増えていくな、うちの市。」



◆市庁舎前・午前11時


 庁舎前は臨戦態勢のような緊張感。

 報道、観光協会、商店街代表、市議会議員――とにかく視線が多い。


 市庁舎玄関前に、二つの馬車(と一台の浮遊魔導車)が同時に到着した。


 銀の装飾馬車から降りたのは金髪の紳士、王国代表アラン。

 一方、黒い魔導車からは筋肉と威圧感だけで成立している男、ベルグが降りる。


「王国代表、アラン=ベルネール卿、参上。」


「魔王領観光局、ベルグ=ドラークだ。よろしく頼む、人間ども。」


 どちらも威圧感たっぷり。


 一瞬、空気が凍りつく。

 緊張で息を止めた職員たちの肩が、ぴくりと揺れた。


 だが――


「――ようこそ、ひまわり市へ!」


 軽快な音楽と共に、浴衣姿のリリア登場。

 手には町のゆるキャラ「ひまリス」のぬいぐるみ。

 周囲はざわつき、視察団すら一瞬固まった。


 ベルグが目を細める。


「第二魔王よ。なぜその格好を?」


「これがこの世界の“外交装備”。笑顔を守る魔道兵装よ。」



■会議室


 空調が効きすぎて少し寒い会議室。

 壁には市の観光ポスターと、なぜか「がんばろう異界対応」の手書き横断幕。


 勇輝がスライドを操作しながら説明する。


「こちらが“魔物共生区域マップ”です。

スライムが下水を浄化し、ドラゴンの吐息が温泉を加温しています。」


 アランは興味深そうにメモを取りながら頷く。


「おお……“生態系を活かす観光資源化”とは見事だ。」

 

「次に、こちらが“観光インフラにおける異界間通貨対応”。

 魔石・ルビア・円を一括換算できる端末を導入しました。」


「……この“10%税”とは何の呪いだ?」


「消費税です。」


「呪いじゃな。」


 勇輝は聞こえない声でつぶやいた。


「全国民がそう思ってるよ……」



■昼食:市役所食堂


 会議は順調に進んだ――が、問題は昼食休憩中に起きた。


 食堂で供された“ひまわり特製カレー”を食べた王国側代表が、思わず叫ぶ。


「辛っ!? 舌が燃える!!」


「魔界の料理はもっと熱い。こう食べるのだ!」


 ベルグが豪快に笑い、カレーをがつがつと食べ始める。


「うむ、これは良い! 舌が再生する!」


「再生しないでください!?」


 王国側の随行員は涙目。

 魔王領の随行員はおかわりしている。


 美月は震える手でメモを取る。


「……これ議事録書くの……?」


 勇輝は言った。


「削除でいい。」


 結果、昼食会は異界激辛対決へと発展。

 報道カメラが入っていないのが唯一の救いだった。



■午後・本協議


 議題は“異界恒常拠点の建設”。


「我が王国は、ひまわり市に“王立商館”を開設したい。」


 アラン副大臣が提案する。


「では魔王領は“魔界直送市場”を作る。」


 ベルグも負けじと対抗。


 勇輝の胃が軋む音が聞こえそうなほど顔が青い。


「……えっと、それ、同じ場所に作ります?」


「もちろん!」


「いや絶対揉める未来しかないから!!」


 そのとき、リリアが静かに立ち上がった。


「待って。――どちらも悪くない。

 でもこの町は“どちらか”じゃなくて“どちらも”なの。」


 スクリーンに映されたのは、商店街の写真。

 エルフのパン屋、ドワーフの整備屋、人間の八百屋が並び、

 子どもたちが一緒に遊んでいる。


「争うより、並べましょう。

 “王国通り”と“魔界横丁”――そして、真ん中に“ひまわり広場”。

 それがこの町らしい形。」

 

 静寂。

 そして――拍手。


「……なるほど。両方の顔を持つ町、か。」


 アランが微笑む。


「気に入った。王国も協力しよう。」


「魔王領も異論なしだ。」


 ベルグも腕を組んでうなずいた。


 市長は息を吐き、小さくガッツポーズした。


■夕暮れ


 庁舎の外では、三国旗が並んで掲げられた。


「こうして、“異界共生都市ひまわりモデル”が誕生した。」


「市長、やりましたね!」


「まだこれからだ。――行政は、ここからが長い。」


「そういう現実的なこと言わないでください!」


 笑い声が、沈む夕陽の中で響いた。



次回予告


第9話 「転移省の査察官」

新たな敵(?)は“転移省”の官僚!

「この転移は違法です。解体手続きを開始します」

ひまわり市、最大の危機!? 町を守るため、立ち上がるのは――!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ